神が宿る木に






サァァ…


「うわぁ…!!」


夜の神社。やっぱり、寄り道して正解だった。すごい綺麗…!!


俺は鳥居にもたれ掛かって幻想的な雰囲気を独占できるこの情景を楽しむ。

今日、獄寺くんの家でリボーン主催の勉強会が開かれた。俺はその帰り道みんなと別れてここに来たのだ。

なんだか無性に桜が見たくて堪らなかった。それも、夜の桜を。

とても綺麗。純粋にこの光景が美しいと感じる、でもそれとは別に何故か沸き起こる不思議な…感情。

これはなんだろう?怒り?それとも悲しみ…罪悪感?とにかくいい感情ではない。

何でだろう…とても綺麗な風景なのに。


「あれ?」


一際太い桜の木から黒いものが見えた。

なんだか誘われている気がして俺はそちらにフラフラと歩み寄る。


「やっぱり、雲雀さん。」

「…………ああ、君か。」


木に凭れて目を閉じていた雲雀さんがゆっくりと身を起こす。

…あれ?


「今日だと…思ったよ。やっぱり来てくれると思った。」

「……雲雀さん?」


風が強い。彼の長い前髪が彼自身の瞳を隠してしまう。

全然表情が読み取れないのが何故か怖くて俺は彼の顔を見ようと一歩前進する。

しかし彼はとても自然に、でも明らかに避けるように桜に向かう。


「君は桜が好きかい?」

「?あ、はい。」

「今でも?」

「は…」


YES、そう答えようとした瞬間に湧き上がるこれは何?

狂おしい…罪悪感…憎悪…愛しい…独占…殺意。

何…!?これは、何!?

覚えのない感情。そして僅かに感じる心臓の痛み。

例えじゃなくて、本当に、痛い。


「はっ…」

「ああ、ごめんね。発作を起こさせる気は無かったんだ。」

「発作…?」

「君は心臓が悪いんだ…ごめん、気をつけるべきだった。」


そう言って背中を撫でてくれる孤高の黒。

俺は心臓が痛むのを堪えて顔を上げた。

何…言ってるんだ、雲雀さん。

俺は!健康なのぐらいが唯一の取り柄で…!!

そう、言おうとして。

俺は言葉を飲み込む。


「貴方は…だ、れ。」


漆黒の髪。全てを跪かせる黒瑪瑙。化粧石の肌。いつもの黒衣。

雲雀さんを構成する全てがあるのに。拭いきれない強い違和感。


「僕は僕だよ、変な子だね、君は。」

「貴方は…!!」






「僕は…君を」






ザアアアアアアア……!!







「…れた僕だよ。他の何者でもない。」

「?今なんて…」


風と舞い上がる桜のせいで肝心な言葉が聞こえなかった。

なんと言ったの、もう一度…


「今なんて…言ったんですか?」

「…………君を裏切る気は無かった。」

「え?」

「傲ってたんだ、僕は。」

「雲雀、さん…?」

「失うなんて、考えたこともなかった…!」


雲雀さんは桜の幹を撫でる。俺も誘われるように桜に触れた。

強まる心臓の痛み。


「は…はあ…!」

「そこに」


白い彫刻のような指が俺の足元を指す。

俺は聞きたくなくて耳を塞ごうとしたのに体が金縛りのように動かない。


「埋まってるんだ。ベタだけど亡骸がね。だからこの木は今年も咲き誇る…」

「はあっ…!!はっ…!!」

「僕がこの町から離れられないのはそれのせい。大事な君を死なせた僕の罪だ。」

「そんな、こと…!!」

「これが枯れたら僕は許されるのかな。」

「ひば…!!」

「許されたら…僕は解放されるのかな。」


がつん、と。

頭を殴られるような衝撃。

体中の血が沸騰したような熱と痛み。

湧き上がる。止まらない。…止まらない。


「「駄目。」」


感情のままに俺は彼の人に飛びかかる。倒れ込む黒の人のからだに乗り上げて胸倉を掴んだ。


「「また裏切るの?また置いてくの?駄目!!貴方はここにいなきゃ!!」」


言葉が勝手に口からこぼれでる。俺じゃない俺の声と紛れもない俺の声。

雲雀さんの首筋にかかるひ弱な指。

何、しようとしてるんだ、俺。


「綱吉…違う、僕はどこにも…」

「「嘘だ!!苦しかったのに!!痛かったのに!!貴方は止めてくれなかった!!」」

「綱吉。」

「「償うんだろ、全部をくれるって言った!!俺のなのに!!解放を望むなんて!!」」

「そうだ、君のだ!」


俺の声に負けない強い瞳。俺はすぅっと感情が覚めるのを感じた。

首にかかる手をほどく。雲雀さんの手が俺の頬を包み込む。


「…だから、僕はここにいるんだ。いまでも愛してる。信じてくれなくてもいい。」

「俺は憎いです。」


湧き上がる思いが消えてもこの憎悪と愛しさは消えなかった。これは誰の思い…?

さわさわ揺れる桜を見上げた。

これは、この木の、感情?


「それでいい。」

「雲雀さん…俺…」

「その裏の思いも僕は分かっているから。」


頬をなぜる手を掴んで口を付ける。堪らなく幸せだった。でも「なら何故」と叫ぶ声が俺の中に木霊する。


「次はないです。裏切れば埋まる死体が二体に増えるまで。」

「分かっているよ、僕の」












ザアアアアアアア…














* * * *

「うわ!!遅刻!!」

「走ればギリギリ間に合いますって!」

「だな。」


ここまで聞こえてくる群れの声。全く朝から喧しい…


「セーフ!」


始めに走り込んできたのは野球部。次は爆弾の彼で最後は…


キーンコーンカーンコーン…


「危な〜…」


校門にギリギリ着いて息がまだ落ち着かない彼に近づく。

綱吉は僕に気づくと怯えた顔で後ずさる。


「お、おはよう御座います、雲雀さん。」

「…うん。」

「そ、それじゃ…」

「待って。」


すぐに走り去ろうとする体を呼び止める。

恐れながら振り向く瞳に夕べの狂気はない。


「な、なんでしょうか…」

「ネクタイの結び目がおかしい。」


逃げ腰の彼を捕まえてネクタイを一度ほどく。結び直してやっている間彼は所在なさげな顔であちこちを見ている。


「はい、できた。」

「あ、ありがとうございます。」

「ねぇ、君、桜は好き?」

「?花は好き…ですよ?」

「今も?」

「?はい」


きょとんとした顔。…やはり、昨夜の彼とは違うのか。


記憶は罪人だけに。

君は日常へ。


当然の報い。


「もう行っていいよ。」

「はい…」


ぱたぱたと走っていく彼。それを見送って僕は校門に向き直る。


「あ、雲雀さん。」

「…何?」































「神社の大きな桜。」




















目を見開く僕に君は綺麗な笑顔を浮かべる。

幸せそうな顔。でも僕は背筋が凍るのを感じた。








「あの一番綺麗な桜。あれは嫌いです。あれは根元に貴方がいるから。」








あはははは!

悪戯が成功した幼子のように無邪気に笑いながら走る少年。

その姿が前の世に愛した君と重なる。

君はそうやって僕が忘れないように束縛するんだ。僕が君の手を離すわけがないのに。












「今でも愛しているよ、本当に。嘘じゃない。僕の…支配者。僕の。僕だけの桜の精。」








END





人様に初めて差し上げた文章でした…
何をとち狂ってこんな暗いのにしちゃったんだか…

09'夏企画として連載用に作り直してますんで興味持たれましたらどうぞ。