感謝の気持ち!






電子レンジを覗く。まだ固形を保つバターが回っている。

溶け始めたらすぐに止めなくてはあっと言う間に液状になってしまう。

ケーキには溶けかけたバターが必要なのだ。目を離す訳にはいかない。

角が溶けかけた所で電子レンジの「取り消し」を押して扉を開ける。

…うんいい具合だ。


「骸〜。これいつまでやってればいいの?」

「角が立つまでです。」

「角?」

「……とにかくまだまだだという意味です。」


クリームを泡立て器でかしゃかしゃやりながら綱吉くんがうんざりした顔をしている。

仕方がないでしょう。あの牛ガキが電動の泡立て器壊してしまったんですから。

バターを電子レンジから取り出す。

他の材料の入ったボウルにそれを投入し、泡立て器で粉を崩すようにしながらそれらを混ぜ合わせる。


「腕疲れる〜…」


隣で生クリームをかき回す綱吉くんの速度が落ちてきた。

疲れる原因は君にもあるんですがね…

泡立て器を垂直に持ってぐるぐるとかき混ぜてたんじゃいつまでたっても角はできない。


「綱吉くん、泡立て器は斜めに!
ボウルを斜めにすると混ぜやすいんで…あ、腕は動かさない!
手首を使いなさい。細長い楕円を描くように動かすんです。」

「こ、こう?」


泡立て器はいいですが…ボウルを持つ手が危なっかしい。

抱えさせた方が安定しますかね…

ぎこちないながらも綱吉くんはボウルを覗き込みながらかしゃかしゃと手首を動かす。


「そんな近付いてると髪が入りますよ。」

「え?」

「……こっちを向きなさい。」


無意識にやっているようだ。これは注意したところで直らないな。

スポンジのボウルを置いてポケットからそれを取り出す。

綱吉くんの前髪を柔くつかんでそれをぐるぐる巻きつけて止める。


「んあ!?」

「はい、これですっきりしましたね。」

「何した!?」

「何って邪魔な前髪をまとめてあげたんですよ。おでこも丸いんですねぇ、君。」


頭の上でぴょこぴょこ揺れる髪とポンポンがより一層彼を幼く見せる。

形のいい額に音を立ててキスをすれば顔を真っ赤にして両手でそこを隠す。


「お、おおおお前なぁ!!」

「あ。取っちゃだめですよ。邪魔なのは本当ですから。」


さあて気分もいいところでサクサクとケーキを作ってしまおうか。

カシカシと泡立て器を動かし始めると綱吉くんも渋々といった感じでクリームを泡立てる作業に戻る。

時たまこちらを睨みつけながらではあったが。





しばらくするとようやくクリームがある程度形になってきた。角が立つまであと一息といったところか。

こちらもスポンジ生地が良い感じになったところでケーキの型の準備に移る。

……とその前にトレッシングペーパーはどこでしたっけ。

流し台の下だったか上の棚だったか…


「わきゃーっっ!!」

「!」


悲鳴に続いてガッシャンと響いた音に驚いて振り返る。

そこには何時の間に帰ってきたのか綱吉くんにへばりつく雲雀がいた。


「……何してるんですか。」

「見ての通りスキンシップさ。」

「音もなく入ってくるのはいいですがケーキの材料ひっくり返すのは止めてくださいよ。」


「そんなことしないさ」といわんばかりの表情で雲雀は持っていたボウルをテーブルに置いた。

床に転がるのはクリームのついた泡立て器。さっきの音はあれを取り落とした音だったのか。


「も、邪魔しないでくださいぃ!!」

「やだ。綱吉甘い匂いがして美味しそう。」


スキンシップと言う名のセクハラに綱吉くんはじたじたと抵抗している。

しかしその男は君が抵抗するほどに燃え上がると思いますよ…学習能力のない子ですね。

何時ものじゃれ合いを後目に雲雀が放り出していたビニール袋の中身を覗く。

頼んでいたシュガーパウダーとノンアルコールのシャンパン、シリコン製のケーキ飾り、それに形のいい苺。


「奮発しましたねぇ。」

「酸っぱい苺は嫌だから。
ところで綱吉、そのポンポン可愛いね。学校もそれで来れば?」

「い・や・で・す!!もう、クリームへたっちゃう!!離れてくださいってば!!」

「生温いクリームは確かに困りますね。雲雀、助手を解放しなさい。」


いつもの「やだ」が出るかと思ったが案外あっさりと離れる雲雀。

……もしやケーキ好き、なのか…?


「あ〜もう!勿体ないなぁ…ちょっとこぼれちゃったじゃないですか!」


綱吉くんはブツブツ文句を言いながら泡立て器を拾い上げる。

見れば確かに床にクリームが点々と落ちている。

ティッシュの箱はどこに…


「そうだね、勿体ないね。」


カウンター越しにダイニングを覗き込んだ時だった。


「うえ?…っふにゃああああああ!?」


また綱吉くんの甲高い悲鳴があがる。

何事かと視線を向ければ……








雲雀が綱吉くんの頬に噛みついていた。







……当然この後の流れは分かっている。

僕は冷静にスポンジケーキのボウルを遠ざけると雲雀の魔手から逃れてきた綱吉くんのタックルを受け止めた。


「むくろ〜!!!!!!」

「はいはい。」

「始め、ベロってしてきて…!んで甘いって噛みつかれたぁ…!」

「………………なに、やってるんですか君。」

「顔についたクリーム取ってあげただけだよ。あと美味しいかなって。」

「……まあ、美味しいでしょうね。」


だが何故なめるところでやめない。

噛みつかなきゃお約束の甘い展開になるというのに…


「とにかく!ケーキが出来上がるまで君はキッチン立ち入り禁止!」

「やだ。」

「ヤダじゃない!ハウス!」

「やだ。」


綱吉くんにロックオンしたままの雲雀をどうにかキッチンから追い出す。

口では嫌がりながらもさして大きな抵抗もせずに出て行く雲雀に首を傾げながらも背中に張り付いて離れない綱吉くんに目を向ける。


「綱吉くん。雲雀は追い払いましたからそろそろ離れましょうか?
ケーキがいつまで経っても焼き上がりませんよ?」

「………行った?ホントに?隠れてない?」

「大丈夫ですよ、階段上がっていく音しましたし。」


そろそろと様子を窺う綱吉くんのポンポンから生える髪をつつく。

ぴょこりぴょこりと揺れるのが楽しくて何度もつつくと「やめろって!」と反撃を胸に受けた。が大して痛くもない。

巨大なものに無謀に挑みかかるポメラニアンみたいだ…

とニヤニヤしているとそれが気に食わなかったらしい。

ポカポカと攻撃なのかじゃれたいのか判断に困る連打を背中に受ける。

親に構えと食らいつく子犬みたいだ…


「クフフフフ!」

「笑うな、縮め、ムカつく!」

「あ、もうちょっと右」

「肩叩きじゃない!!」


前言撤回。

かぶりつきたくなりますね、これは。

まだ諦めない綱吉くんがギャンギャンと背中で吠えている。

それを聞き流しながらケーキの型を手に取る。

さあて、ちゃっちゃとケーキを焼いてしまいましょうかね、猛獣のいない隙に。


「聞いてんのか!骸!!」

「クフ。」


子犬はうるさいですけれどね。











END





ものっそい久々だよ…!!
クリスマスに間に合った!!何年ぶりだ!!クリスマスらしいことやったの!!
でも間に合う自信が無かったので言い訳が通るように本編では一言も『クリスマス』を出していないという(笑)
それもこれも、誕生日が休みで誕生日を祝ってくれた人達と誕生月にイラストをくれた人達のおかげさ!
そしてイチさん、あなたのイラストがあったからコレが書けた!感謝!!








































ん?







































なんだよ。







































終わりだよ







































何も無いって。














































キュル、キュル


「雲雀さん、ケーキでき…」

「今忙しい」

「………」


カタカタカタ…


扉を開けると、異様な光景がそこにはあった。

こういう時ってなんて言うんだっけ…

そうだ、絶句。これが一番ぴったりな表現かもしれない。




だって、あの雲雀さんが、一心不乱にミシンに糸かけしてる。

しかも眼鏡掛けて眉間にシワ寄せて。

異様だよ。

異様過ぎる…全部が!!


「………て、手慣れてますね。」

「当たり前だろう。一番の得意科目だよ。」


家庭科が。

家庭科が得意と。

家庭科が得意なんですか…!!

アットホームって言葉から一番遠いあなたがですか!!

そりゃ確かに今までいろいろ着せられたことあるけど製作過程を見たのは初めてだ。

本人からお手製って聞いてたけどホントに作ってるとこ見た感想を言うならば。

雲雀さんに、ミシンは似合わな過ぎ…!


カタタタタタタタタ…


「え〜と…何を作ってるんですか。」

「アレ。」


雲雀さんが指差す方向に視線を向ける。

そこには…




見慣れたキャラクターを模したぬいぐるみが、山積みされていた。

しかもなんかみんなちょこちょこ見たことある特徴が…

真ん中のニ体なんか特徴的過ぎて明らかに誰か分かるし。


カタタタタタタタタ…


「……雲雀さん、なんですかこれ。」

「見て分からない?」

「カピバラですね。」

「だろう。」


いや、そうなんだけど!

俺が聞きたかったのはそういうことじゃなくて…

ってまさかあの長い学ランもこうやって作ってたんじゃないよね…?

…………………………………

夜なべして長ラン縫う雲雀さん……ちょっとヤだな。


カタタタタタタタタ…


近寄ってカピバラ達をよくよく見ると本当にみんなの特徴を抑えている。

その中の一匹を持ち上げる。黒いヤツだ。

この、眉間の縦線と首の羽根……………ザンザス、か?

もみあげくるりんとか目の下の模様とか…


「雲雀さん、ホントになんでこんなの作ってるんですか…」

「来年は辰だよ。」

「……はい。」


また脈絡ないし…

戸惑う俺を無視してジャキジャキと裁ちバサミで迷彩柄の布を切りながら、雲雀さんは先を続ける。


「mixiニュースで竜のカピバラがあった。干支カピバラって可愛いよね。」

「……そういえばそんなのありましたね。」

「カピバラにすればなんでも可愛いかなって。」

「はあ。」

「それがムカつくヤツでも。」

「………………」


確かになんでこのチョイスなんだろうって顔ぶれだったけどそういう訳かぁ。







と、納得出来る訳がない。







「なぜ、俺もあそこにいるんですか!?ムカつくリスト入り!?」

「違うよ。ほら、僕のもあるじゃないか。試作品だよ。」

「にしては俺のカピバラだけ大分ダメージが…」


近くで見ると所々ほつれてるし、擦り切れてるし…

抱き上げると他のはピンとして真新しいのにこれだけくたっとしてるし…


「それは愛玩用だからだよ。本物の代わりの。」

「愛玩してなんでこんなになるの!?一体これで何やってるんですか!」





ガタッ…






「聞きたいの?」


作業音が止むと、室内は静かになる。

俺は自身を模したカピバラを抱き上げたまま固まる。振り返れない。

だって、雲雀さんの声のトーンが僅かに変わった。

ちょっと猫なで声で楽しい感じに弾んだ声。


俺は、雲雀さんがこういう声を出すときを知ってる。



「それとも………」


後ろでゆらりと立ち上る不穏な気配。

それがじりじりと近付いてくる。


「やってほしいのかな、小動物。」

「…………け。」

「ん?」

「結構ですううううう!!!!」


飛びすさった地点に突き刺さる手錠。雲雀さん本気だああああ!!


「待ちなよ!」

「嫌です!!」


弾丸の勢いで部屋から飛び出す。

目指すはリビング!!

骸に到達するかその前に追い付かれるかで今日の俺の命運が決まる!!!!

とにかく逃げろおおお!!!!!!













END








はい、というわけでおまけ(?)でした〜。
誕生日の翌日からこれ書いてたんでその途中でカピリボが来たんですよ。
だから続けてみました(笑)
一枚目は当サイト三大画伯のイチさん。
二枚目はマイミクでピクシブで暗躍中の文人さんからもらいました!

ありがとう!!