第一話






「…何を読んでるんだ?」


突然かけられた声にぴく、と肩が揺れた。

夢中になりすぎたようだ。彼が近づいているのにも気付かないなんて。

僕は本を開いたまま後ろを振り返る。


「どうも、綱吉くん。」

「お前な…また待ち伏せかよ…堂々とこんなとこで読書すんな…」


並盛中の図書室。

秩序はいろいろと問題があるが普通の学校であるここの図書室は静かで気に入った。

黒曜はそもそも教室が図書室として機能していませんからね。入る気も起こらない。

本の貯蔵量も通常の図書館並みにあり、種類も豊富だ。


「大丈夫です。君以外の人間が僕に気づくこと無いようにしてありますから。」

「まあ、そうだろうけど。ん…何?」

「童話ですよ。」


持っていた本の表紙を見せる。

ペローやグリムといった有名どころの話を集めた童話集だ。

綱吉くんはまじまじとそれを見つめている。


「僕はこういったものとは無縁だったので。」

「…面白い?」

「それなりに。原作に近い残酷な描写のものよりこちらの方が好みです。」

「ふうん、よかった。」

「何がですか?」

「俺もそう思うから。」


よいしょと隣に座ると綱吉くんは僕が積み上げた本をパラパラとめくる。

読む気は無さそうだ。彼は幼い頃から触れてきたものだろうから今更読み直す事も無いんだろうが。


「前に、話題になったから白雪姫の原作ってのを読んだんだ。あれは好きになれないよ。」

「まあ…あの性格ではね。」

「骸、今何の話?」

「赤ずきんです。」


今は祖母になりすました狼に赤ずきんが質問を投げかける描写だ。

人間を丸呑みにするだとか毛むくじゃらの変装に気付かないだとか…

いろいろと有り得ない描写が文字の世界では成り立ってしまうのが面白い。


「この狼の変装はお粗末ですね。

日本の童話の『うりこ姫』を見習ってほしいですよ。

天邪鬼は姫を騙して死なせた後」

「ストップ、嫌な予感がする。残酷系禁止。」

「おや、この後が本題なのに。」

「童話、お子様向け。そんな話に嫌なリアリティ求めるな。

それにお前、どんな本読んだんだよ…俺の知ってる『うりこ姫』はそんな話じゃなかったぞ。」

「そうですか?」


童話の狼の出没率はとても高い。

さほど人気な動物ではないと思うのですが…悪役だから当然か。

パラリと次のページを捲る。

…ん?


「おや?」

「んん?」


僕と同時に綱吉くんが疑問符いっぱいな声をあげる。

顔をあげると食い入るように本を見ている。


「どうしたんですか?」

「七匹のこやぎ見てんだけど…挿し絵がおかしい。」

「…君もですか?」


僕が開いたページも丁度挿し絵のページなのだが、文章と絵が合っていない。

赤ずきんが一人ベッドに話しかけているのだ。文章では狼と話している筈なのに。

綱吉くんの方も似たような状況で狼がやぎの家の扉をノックしているシーンの筈が扉しか描かれていない。

パラパラとめくってみるもどのページの挿し絵も狼だけがいない。


「…さっきまで確かに狼は描かれていたのに。」

「なんで?トリック?いや、これはうちに昔あったのと同じ本だし…」

「誰かのいたずら…な訳はないですよね…」


んん?と二人で首を捻る。

綱吉くんが他の本を取ろうと立ち上がる。

その拍子に一冊本が机から落ちた。

黒い表紙の印字の無い本。

…あんな本を持ってきただろうか?

気になる本を端から積み上げていたから気付かなかった。

綱吉くんがその分厚い本を両手持ち上げる。かなりの大きさがあるので重そうだ。


「これ何の本?骸。」

「さあ?無差別に持ってきたので。でもこんな本を取った記憶は無いんですがね…。」


バタンと重い本を開く。

やはり童話のようだ。

いや、童話どころじゃないな…

目次を見る限り、不思議の国のアリス、ピーターパン、ピノキオと絵本の定番がぎっしりだ。

ページを捲ろうと手を伸ばす。

すると、バラバラと風に吹かれたかのように本のページが流れてゆく。


「うわっ!」

「な!?」


ピタリとページが止まる。白紙の、何もないページだ。

覗き込むと突然、カッと強い光が目を貫いた。


「「!!」」


がくん、と体が落ちていく感覚。

何が起きている!?

光に焼け視界いっぱいに緑が散る。

視力が回復していない。瞼を開けても全く状況が掴めない。


「うわあああああ!!」


…取りあえず道連れは居るようだ。いくらか気休めにはなる。

落下し始めて数秒か数分か。

かなり経ったような気もするがポフンという気の抜ける音と共にそれの終わりが来た。


「…キノコ、ですかね。これ。」

「あうう…」


落下してる途中で治った視界に入る変な物体。

僕らの落下地点にあったカラフルな巨大キノコ。

…なんなんだ本当に。

周りを見渡せばどうやら森の中のようだ。

キノコから滑り降りる。


「どこだ、ここ!?」

「さてね。僕にもさっぱり。」

「あなた達、現実の人?」


背後からかかった声に振り向くと金髪の少女が立っていた。

少し勝ち気そうな顔に青いエプロンドレス。

……どこかで見た格好だ。


「…現実…?」

「そう。違うの?」

「骸、骸。」


無意識に背後に押しやっていた綱吉くんがひそひそと囁く。


「あの子、なんか不思議の国のアリスみたいな格好してない…?」

「…そういえば。」

「あら、よく分かったわね。」


…なんですと。

顔を見合わせる僕らに少女はにこりと笑った。


「ようこそ、作りものの世界へ。」








続く…





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