第二十話









…呆気ない。

槍を振り扉をくぐる。内部も外と同じく倒れ伏した人間が転がっている。

弱すぎる。軽い幻覚を見せただけだというのに。

マフィアどもの方がまだ耐性がありましたよ。


「…いや、違うか。」


足元に転がる男を見下ろす。

まだ若い。服も新しく、まだ見習いから正式な団員になったばかりのようだ。

誘い込む為にわざわざ頭数だけを揃えた…そんなところか。


「さて…」


塔の内部は大した広さではない。学校の普通教室程の広間の中央に女神と百合姫の像がある。ただそれだけだ。

振り返れば扉のすぐ脇に上がる階段がある。

僕はその階段を一瞥すると二体の石像に足を進めた。

上では無い。そんなことは分かりきっている。


「…………」


台座の前に立つ。

笑みを浮かべて百合姫に腕を差し伸べる処女神。

その女神を真っ直ぐに見上げる幼い子ども。

両手を胸の前で握り女神の降臨に目を奪われているようだ。

石像に触れる。白く汚れも欠けも見当たらない。

これもこの塔同様に新しい。僕が逃亡してから出来たのだろう。

何か不審な点は無いかと像の裏側へと回る。


「!」


………まったくよくできている…だれが作ったのか、この石像。

姫の像の影に隠れるようにして佇む一羽の鴉。そして女神の片手に握られた短刀。

正面から見れば女神の降臨だが裏側から見れば鴉を差し出すように迫る女神と鴉を庇う子どもの図だ。

裏神話を象るとは…僕の未来を暗示しているつもりでしょうか。

嘲笑を顔に貼り付け、石の鴉に触れる。

ふむ……これか。

鳥の頭を掴み時計回りに捻る。

ガコンという稼働音が室内に響く。歯車かなにかがいくつも軋む音を立てながら台座が二体の像を分断するように割れていく。

その割れ目から下へと続く階段が姿を現した。


「……我が姉ながらベタですねぇ。」


僕も人のことを言えませんが。

ぽっかりと口を開けた大きなネズミ取りに自ら足を踏み入れる。

さて、早いところ大事な『餌』を返してもらわないといけませんね。


* * * *


長い袖に隠れてしまう手を持ち上げられる。

小瓶に浸した細い刷毛で爪をなぞられる。ヒヤリとした感触と濡れた刷毛がちょっと気持ち悪い…

五本の爪に一通り刷毛を走らせると命さんは満足そうに俺の右手を持ち上げて息を吹きかける。


「ふふ…可愛い。」


可愛くない。

爪までピンクにされた…さっきは口紅だった。

目が覚めてからずっとこんな人形遊び状態だ。

薬のせいで完全に自由を奪われてるから鏡なんて当然見られない。

見られないけど今自分がどういう格好なのかはなんとなく分かる。

命さんが逆の手をとりそっちにもマニキュアを塗り始めると修道服姿の若い女の人が二人入ってきた。


「失礼します、命様。」

「なんですか?」


左手にも息を吹きかけられる。

何か気に入らなかったらしくひんやりする液体でマニキュアをぬぐい去る。

もう一度ひんやりとした刷毛が爪を這う。


「入り口の仕掛けが作動したようです。」

「そう。流石は我が弟ですね。仕掛けに気付きましたか。」


視界から命さんが消えた。

髪に何かが差し込まれる。地肌にあたるこのチクチク…櫛、かな?


「穢れの結界は完成しましたか?」

「命様の言いつけ通りに。」

「ではこちらに通してください。お迎えは丁重に、ね。」

「はっ。」


一礼して、女性の一人が部屋を後にする。

くん、と髪の毛が引っ張られる。命さんが俺の髪を指に巻きつけて遊んでいるようだ。


「ふふ…ぴょこぴょこしてて子犬みたい。この癖毛は直りそうにないですね。」


髪から指が離れた。ぽすりと何かを被せられる。パチリパチリと何かを止めて…

……………首筋にあたるこれって、髪??もしかして、カツラ…?

頭に付けられた髪を櫛で梳かれる。

結構頭重い気がする…どんくらい長いんだ…

最後に耳の上あたりに何かを差し込まれた。

百合の匂い…花だろうか?


「さあ、出来た。やっぱり白がよく似合いますね。」


正面に周り満足そうに笑う佳人。

人形遊びされた俺は心の中で顔をしかめる。好き勝手されて嬉しい訳がない!


「命様、お時間が。」

「そうでしたね。」

「お衣装はこちらで宜しかったでしょうか。」

「ええ。」


やっと命さんが離れてくれた…

ほっとするけど相変わらず動けないのは困る。

骸来てるって言ってたし…やばいよ。

ここの人たちは骸の心臓を欲しがってる。

あいつの強さは分かってる。分かってるけど…!!


無茶は、しないでくれよ…?


* * * *



カン、カン、カン……



大分深いな…

薄暗い螺旋階段は、たまにある窪みに灯された蝋燭以外の灯りがない。

なにかあるかと警戒していたのですが…敵の一人も現れないところを見るとやはり誘っているのか。


「く…」


この先に間違いなくアレがいる。

底に近付く程に血流に氷を流されたような不快さと悪寒。

これ以上進みたくないと奥底で叫ぶ声がする。

だがそれに従う訳にはいかない。額に滲む汗を拭いまた一歩を踏み出す。


カン、カン、カン……


行く先には深く暗い奈落。

さて…僕としたことが何も仕込み無しの本体で来てしまいましたが。


「…どう考えても一度入ったら無事で済むわけないですよねぇ。」


正にとおりゃんせの通りになる。

だから普段なら本体を動かすなどと論外なのですが。

しかし憑依弾を使ったところであの女には意味はない。

せめて逃走経路だけでも確保しておきたいところなんですが……

もう入り口も見えない頭上を見上げて息を吐き出す。

まったく、調子が悪い…実体を掴ませぬ幻影たる者がなんて様だ。

それもこれも全てあの子のせいだ。


「ホント…君に会ってから僕の計画は狂いっぱなしですよ…」


まったくこの責任をどうとってくれるのか。


「!」


下から聞こえる微かな衣擦れの音。

誰かがこの螺旋階段を登ってくる。

どうしようかの考えたのは一瞬で、蝋燭のある壁の窪みに肘を付き相手が姿を現すのを待つことにした。

あんな大掛かりな仕掛けだ。

どうせ侵入したことなど当にバレているだろう。隠れるだけ無駄だ。


「ようこそいらっしゃいました、Crow様。」


暗がりから姿を現したのは修道女に似た巫女装束の女。

能面のような無表情にガラス玉の瞳。………どこかで見たような顔つきですね。

彼女は胸に両手を合て軽く屈むような礼をすると無機質な顔で今来た道を指し示す。


「Crow様、我が主があなた様をご招待したいと。一緒に来ていただけますか。」

「喜んでお受けしますよ。」


にっこりと笑ってそう答える。

願ってもない。どうせ目的地は一緒なのだから。









続く…





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