第一話






突如射した黒い影。

背後に何やらバサリとはためく黒いもの。


「さて。」


…聞きなれた男の色気あふれる美声。

俺は振り返らずにダダッと走って距離を取った。

トンファーの射程範囲――最近知ったが鎖出るようになって範囲が広がった――から外れた所で振り返る。


「何の御用でせうか、雲雀さん。」

「知恵が付いてきたね、草食動物。」


最近、この人は補習やら片付けやらで一人学校に残ると必ず現れる。

ただ現れるだけならいいんだけど…必ず「遊ぼう」と言ってくるんだよね…

もちろんそれは俺にとっては遊ぶなんて可愛いもんじゃあなくてサバイバルだ。


「さて草食動物、遊ぼうか。今日は鬼ごっこにしよう。

僕が鬼だから君は絶叫映画の主役の如く逃げ回ってね。」

「本日のルールはどのような…」


もう逆らってどうにかなるものではないので俺は雲雀さんの特別ルールを確認する。

いいんだ、リボーンのしごきと同等と思えばこれも耐えられないこともない。

特別ルールとは雲雀さんの考える毎回違うルールでこっちから聞かないと訳の分からないペナルティを食らうのだ。

こないだはかくれんぼでその前は警ドロだったけどオリジナリティ溢れすぎて違うものと化していた。


「僕は1分は動かない。更に1分経つまで走らない。君は逃げるのは校内のみ。

渡り廊下は可だけどそれ以外で外に出るのは禁止。あと割らなきゃ君は窓を通ってもよし。

僕は扉だけ。一時間たっても捕まらなかったら君の勝ちね。」

「いえす・さー…」

「あ、それと。」


逃げるフォームに入っていた俺に雲雀さんは愉しげに付け加えた。


「今日は武器禁止で。」

「?いいんですか?」

「ふふふ…たまには素手でねじ伏せて虐めるのもいいよね。」


怖っ!!

確かにこの人が武器使わないくらいで弱くなるとは思えない…

むしろグローブ使えない俺のが不利?


「じゃあいくよ。」


ストップウォッチ片手の雲雀さんの声に俺は慌てて構える。


「よ〜い…始めっ。」


* * * *


手元のストップウォッチはもう直ぐ50秒になる。

あと10秒。

あの子、今日はどんなことしでかしてくれるのか。

わざわざあんなもどかしい追加ルールを加えたのは小動物の無きに等しい抵抗が楽しいからだ。

こないだのかくれんぼでは赤ん坊の隠れ家を駆使してくれたし

警ドロじゃあ大抵一度僕に捕まればみんな懲りるっていうのに何度も何度も脱獄を図っていた。

なんだか猫に噛みつくハムスターを見ているようで飽きない。全く面白い子だよ。


「さて…まずは1分。」


組んでいた腕を解くと走り去っていったあの子の経路を辿って歩き出す。

今すぐ走っていって怯えて変な奇声を発する草食動物を追い回したい…けど我慢。

獲物は耐えるほどに美味しくなるからね♪

渡り廊下にさしかかる。

軽い足音に顔を上げれば丁度上階の渡り廊下を走っていく小動物。

ばちりと目が合うと更に加速する。

全く…まだこんなとこいるなんて1分何やってたんだか。僕は呆れて肩を竦めた。


しかし。


「……わお。」


職員室にあった各教室の鍵がごっそり無くなってる。

風紀委員で管理していた鍵束もない。

これは多分…事務室のも無くなってるな…


「…やるじゃないか沢田綱吉。」


あの短時間で。まさかこれは予想してなかった。

僕はわくわくするのは炎を灯した草食動物の方だけだと思っていたけどどちらも本質は同じというわけか。


「本当に、楽しませてくれるじゃない…」


ストップウォッチは2分を越えていた。

僕は気分が高揚するのを感じながら長い廊下を駆けた。

草食動物の皮を被った未知の生物。さあて、どうやって遊ぼうか。








続く…





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