第一話






ありふれた人形劇。子ども向けの、有名な童話を題材にしたものだ。

公園の野外ステージの客席に座り、彼はそれをじっと見つめている。

…面白いのだろうか。

尋ねてみれば「馬鹿馬鹿しくて面白い」という返答。


「君はどう?」

「面白すぎて涙が出ますよ。」

「だろ?これでめでたしめでたし…なんてね。」


彼が振り向き笑う。

そうして冷たい眼差しを舞台に向ける。


「確かに彼女は満足だったのだろうね…とばっちりを食らった者たちの気も知らず、さ。」

「…そろそろ行きましょう。」

「もう?」


不満そうな口調とは裏腹に差し伸ばされる腕。

くだらない人形劇に飽きたのだろう。


「まだ時間あるよ。」

「あの男を待たせると面倒なので。」

「それもそうだね。」


小柄な体を抱き上げて人形たちの舞台に背を向ける。

彼は大人しく俺の首に手を回す。

しかし目線は舞台に向けたままだ。


「…あの話はお嫌いなのでは?」

「うん。大嫌い。でも」


きゅ、と回された腕に力が籠もる。


「羨ましい。」

「……………」


主の呟いた本音をさも聞こえなかったのように歩き出す。

彼も返答は期待していなかったのだろう。そのままステージを見つめている。

等身の低い人形達が演ずるは「人魚姫」。

俺たちにとっては「童話」と呼ぶにはあまりに近すぎる物語。

歩いていくうちに高い木々に阻まれステージが見えなくなる。

彼は体勢を変えて視線を前に移す。


「人間って悲劇好きだよね。」

「他人事だからでしょう。俺は好きませんよ。」

「……そーだね。」


くすくす笑う主につられて歪な笑みを浮かべる。

――あなたも同じだろうに。


「早く、行こう。さっさと終わらせるよ。」

「はい。」


* * * *


見た目を裏切る乱暴な仕草でガラス戸を蹴り開ける長身の青年。

いっつも手で開けてねって言ってるのに〜。

まあ、それも無理な話か。腕塞がってるし。


「やっと来たね。待ちくたびれちゃったよ。」

「ああ?時間より早く着いてんじゃねぇか。」

「やだな、挨拶みたいなものじゃない。相変わらずガラ悪いね〜。」


見た目は絵に描いたような王子様なのに口を開けばヤクザか何かにしか見えないよ。


「獄寺くんが反応するから面白がってるんだよ…相手しなきゃいいのに。」

「やあ綱吉クン。久しぶりだね〜!」

「どうも。」


抱えられた少年がペコリと頭を下げる。

この子も相変わらず視線合わせてくれないんだよねぇ…もう長い付き合いなのに。

僕が「close」の札を表に出している間に獄寺は勝手に店の奥に入り込んで応接用のソファーに綱吉クンを降ろしている。

まだ店閉めてないのに。全くせっかちだなぁ。

店内が見えないようにブラインドを閉めて僕は奥の間の『お得意様』に笑いかける。


「さて今日は何をお探しかな?お客さま。」

「分かってんだろ。いちいち聞くな。」

「獄寺くん。」


綱吉クンが軽く手をあげて制すと椅子の後ろに立っていた獄寺はふいと僕から視線を逸らす。

よく躾られてるね。主の言うことしか聞かないけど。


「君はせっかちでいけない。こういうお客サマとの交流も大切なんだよ?僕ら商売人にはね。」

「…よく言うぜ。」


ここは日中はアンティークや外来の品を扱う家具店だ。

けれど夜になれば薬に銃に普通では手に入らない様々な『最新情報』、そして「現実では有り得ない」とされるものに公には出来ない職場紹介などを売り物にする何でも屋になる。

趣味でやってるんだけどね、なかなかに面白いよ。

商品も興味をそそられるけどなによりここにくる「もの」たちが面白い。

中でも彼らは今一番気に入ってるお得意様なんだ。


「何か手掛かりになるようなものは?」

「残念ながらまだ無いよ。」

「…そう。」


ふうとため息をついて綱吉クンは気だるげに椅子にもたれ掛かかった。

返答が分かりきっていても聞かずにはいられないんだよね、君は。

この若君、探しているものも素性も変わっていて興味深いけれど彼自身の性格も気に入ってるんだよね。

――だから少しサービスしちゃおうか。


「探し物の情報は無いけど…最近やたらと聖笛やら破呪の毛皮が市場に出回ってるんだよねぇ…」

「……」


ひく、と綱吉クンの肩が揺れた。

僕は机の引き出しから白い大きな封筒を取り出した。


「今は架空生物は禁猟になってるはずなのに出回ってる品々は総じて真新しいらしいよ。おかしいよねぇ。」

「白蘭。国内の一角獣の生息地が知りたい。」


綱吉クンが僕の顔を見る。視線が合った。

食いついてくれたみたい。

ニコリと笑い封筒を差し出す。


「はい。」

「…用意周到なこった。」

「やだな。備えあれば憂い無しってね。」

「白々しい。」


獄寺が吐き捨てるように言うのを綱吉クンが手をあげ黙らせる。

目線は封筒から取り出した書類に向けたままだ。

絶対気に入ってくれると思ったんだよね〜、この件。


「…聖笛は一角獣の角から、破呪の毛皮も一角獣から採れる…これ、いつから?」

「2週間くらい前からだよ。たてがみや血も加工されてる。個人の仕業じゃあないね。」

「…そう。この資料欲しいな。」


ぱん、と綱吉クンが手の甲で紙面を叩く。

勿論、端からそのつもりだ。僕は「いいよ」と手を振る。


「お代はいらないよ。いつかまとめて返してもらうからね。その体でさ。」

「…なんかその言い方いやらしい…」


うんざりした顔の綱吉クンの顎を軽く掴んで上向かせる。

気色ばむ獄寺を手で制して彼は僕を睨みあげた。


「あなたも諦めないね。」

「幻の逸品が目の前にあるのに諦められるわけないじゃないか。

綱吉クンに初めて会ったときからこの細い首に枷を嵌めてあげるのが楽しみで仕方無かったんだからね。

君の為の素敵な檻もすぐに用意してあげるよ。

君がお客様の手に渡るまで大事にしてあげる。」

「…ばら売りされるのはごめんだ。」

「そんなことしないよ〜。僕だってお客は選ぶよ?」

「やだ。変態に売られそうだもん。」


いい眼。これも気に入ってる。

手を離すと空かさず獄寺が僕らの間に割って入った。

失礼だなぁ…僕は『お客様』には手を出さないよ?

――彼が『客』である限りは、ね。


「じゃあ、これ貰っていきます。」

「もうお帰り?お茶も出してないのに。」

「お構いなく。」


来たときと同じく獄寺が綱吉クンを抱えあげた。

この子いっつも座ってるか抱えられてるかしてるんだよねぇ…車椅子使えばいいのに。


「白蘭。」

「なに?」

「なんで俺にこんな『情報』を?珍しい品が増えていいんじゃないの?

このあと俺がどうするか分かってるんだろ?」

「商売心をわかってないなぁ、若君。

珍しい商品は『珍しい』から価値があるし血眼になって欲しがる者が出てくるんじゃないか。

これじゃあ、楽しみも半減だよ。密猟はこっそりちまちまやってくれなくちゃ。」

「…あなたらしい理由だね。」

「でしょ?」

「10代目、そろそろ。」

「うん。それじゃあ、また。」


封筒を腕に抱え綱吉クンはまたぺこりと頭を下げた。

獄寺は眉間の皺を隠しもせずこちらを睨んでいたが、綱吉クンが首に腕を回すとあっさりと視線を外し出口に向き直った。


「またのお越しをお待ちしているよ、綱吉クン。」

「来ますよ、『客』として必ず。」


ヒラヒラと手を振る。扉が締まった。

二人の姿が見えなくなると僕はガラスケースの上に肘をついて彼が座っていた椅子を見やった。


「…いつでも待っているよ。君の為の水槽も用意して、ね。」








続く…