第二話 パシャ… 飛沫の音を聞きながら書類を捲る。 今は10代目が近くにいないので煙草をくわえていられる。 やはりこれが無いと落ち着かない… ザプン 「ね。どう?」 俺が最後の一枚を読み終えると主が水面に顔を出した。 どうと言われてもなぁ… 「これは奴らで決まりですね。一角獣の生息地に入れてこんなこと出来る奴と言えば…」 「そう、『怠惰』の彼だけだ。」 一角獣の生息地はこの世であってこの世ではない場所にある。 …少し似合わないが言うなればそう、『おとぎの国』といったところか。 偶に迷い込む子供や極一部の大人がいて、俺はそいつらが今の『童話』と言われるものを作ったのではないかと考えている。 っと話が逸れた。 とにかくだ。『おとぎの国』には邪心のあるものは入れない。 密猟目的など論外なのだ。 だからこそ今回のこれは殺しを悪と思わず無邪気に標的を切り刻めるあいつしかいない… 「でも実行者が分かってもどこから入ってるのか…」 「それも大体分かってる。」 ん。と主が腕を伸ばす。 俺は煙草を消すとバスタオルを手に立ち上がった。 プールから主を引き上げると今まで自分の座っていた椅子に下ろしてその体を拭いていく。 「月の夜にしか開かない場所で見張りがいない。 そして狩った一角獣も運べる大きさの『扉』。」 「それだけでかなり絞れますね。」 一通り拭き終わると新しいタオルで体を包む。 「今日はもういいんですか?」 「うん。夜は行かなきゃいけないし。」 主はくんくんと自身の腕を匂い、顔をしかめた。 「プール臭い…」 「風呂も沸かしてありますよ。」 「入る。」 プールに塩素を入れるのは仕方ないことなのだがどうにも10代目はそれが嫌らしい。 「そうだ。次から食塩水にしてよ。」 「……それ、俺が作るんですか…?」 「海水に似てない?」 「入ってる時はいいですがあがった後べたついて気持ち悪くなりますよ。」 「じゃ、いい。お風呂入る。」 「少し待ってください。」 濡らさぬよう散らかした書類を纏める。 そうして10代目の元に戻ると彼はぴんと両足を伸ばしてそれを見つめていた。 「…まだ慣れませんか?」 「うん。変な感じ…二本尾っぽがあるみたい…」 彼はばた足をして不思議そうにまた足を見つめる。 確かに彼と同じ種族は容姿も様々で尾が二つに別れている者もいたらしい。 初めて会ったとき10代目は絵本で慣れ親しんだ姿だったが。 くしゅん、と小さなくしゃみが起きた。 体を冷やしてしまったか…空調には気を使っていたんだが… 「風邪を引いてしまいますよ。さあ。」 「う〜…人間って体弱すぎ…」 文句を言いながら大人しく抱きかかえられる10代目。 人ではなく、あなたが脆弱なのでは? そう思うも苦笑するだけに留める。 むくれられても後が大変だ。 「…何笑ってるの。」 「いえ。なんでもありません。」 * * * * 渡された地図を頼りに洞窟をくぐり抜けて錆びた鉄製の鳥居の前に立つ。 「めんどくせー…」 「サボる気かい?僕はそれでも構わないよ。」 「やーだね。」 そしたら俺の報酬ごっそり持ってく気なのバレバレ。 黒く変色した鳥居の裏に回る。 祠の裏にある岩盤を蹴ると俺が匍匐前進で通れるか通れないかくらいの穴が開いた。 「あちら」側に行ける通り道だ。 「そいじゃよろしく〜。」 「これは別途料金を頂くよ。」 ぶつくさいいながらふよふよとチビが穴に飛び込んで行く。 ちまい奴いるとこういう時便利。 5分くらい穴の前でぼ〜っとしているとガコン、と言う音と共にさっき蹴った巨大な岩盤が地に沈んでいった。 象が二匹は並んで通れそうな穴がぽっかりと開いた。 ヒューと口笛を鳴らして穴に入る。 途端、視界を眩い光が焼くがそれも一瞬のこと。 次に気がつくと森の中に立っていた。 白い幹にラベンダー色の葉をつけた現実では有り得ない風景が広がる。 「すっげ。」 「ここを開発すればもっと儲けられるとは思わないかい?」 「またそれかよ。」 マジがめつい。 どっちにしろ「大人」じゃここに入れねーし。 そう言えば「なら通れるようにするまでさ」と得意顔をされた。(顔見えないけど) 「どうやって?」 「いろいろ手は考えてある。ただ実用するとなるとまた費用が嵩むのさ。 それが悩みでね。」 「そこまでする必要あんの?いーじゃん、次の獲物に変えれば。」 「ふう…全く君は分かってないね。 ユニコーンが居なくなればこの土地は空になるんだよ? そのままにしておくなんて勿体無いじゃないか。」 「守銭奴。」 「ふん。僕には誉め言葉にしか聞こえないね。」 また小馬鹿にしたように…ムカつく。 ガサガサと茂みを掻き分けて進むと湖が見えてくる。 その湖畔に立つ純白の一角獣。 俺が言うと我ながら似合わないけど一枚の絵を見てるような幻想的な風景だ。 「まずは一匹…」 「ストップ。」 すかさずナイフを取り出そうとするとチビに制される。 「なんだよ。」 「一頭やったら警戒される。まとめて仕留めるほうがいいよ。しばらく待とう。」 「ちぇっ。」 指の先にナイフを引っ掛けくるくると回す。 俺あんまこれ乗り気じゃないんだよね…一角獣って獰猛で立ち向かってくるけど単純で面白くないし。 どうせなら強い奴がいい。 例えば…そう、東洋の竜とか楽しそう。 うん、次はそうすればいい。 確か竜は背の筋も強いし鱗も装飾に使える。 骨も薬になるんじゃなかったっけ? 一角獣より稼ぎになる筈じゃね?上に掛け合ってみよっと。 俺がそんなことを考えながら木の根っこを枕に寝転がっているとジャブジャブと水音が聞こえてきた。 体を起こすと純白の一角獣が10頭くらい集まっている。 「集まってきたじゃん。もうよくね?」 「…そうだね。これ以上は期待出来そうにない。」 「ししっ。じゃあ、行ってきま〜す!」 茂みから飛び出すと一角獣のリーダーが警戒するように嘶く。 今更注意しても遅いっての! ワイヤーのついたナイフで一角獣の周囲を囲む。逃げられちゃ困るしぃ。 「ベル。血も貴重だからあまり流血させないでよ。」 「んなヘマしないって。」 素人じゃあるまいし。あーあ、今日の仕事もつまんねーの。 ナイフを投じようと腕を振りかぶる。 ドンッ! 「!」 「なに!?」 ワイヤーを張り巡らせていた木が突然燃えて…いや爆発したぜ、今! たわんだワイヤーの上を飛び越えて一角獣たちが逃げていく。 「どうなって…」 「ベルっ!!」 感が命ずるままに横に飛ぶと俺たちの立っていた場所で小規模な爆発が起こる。 何が起こってんだ、これ…! 「君がベルフェゴール?」 「!!」 声のした方を振り向く。 湖畔に食い込んだ巨大な岩。 それの上に座ってぱしゃぱしゃと素足で水面を蹴る子供。 いつの間に…?人の気配なんて感じなかったのに… 「こんばんは。いい夜だね。」 首を傾げにこりと笑んだ子供はペラリと手に持った書類をまくり楽しそうに声を上げる。 「ベルフェゴールって本名?『怠惰』の悪魔なんて変なの。 世が世なら王子様なんでしょう?確かにそう見える。 でも切り裂き王子って異名はいただけないな。」 「お前、何者…?」 「な・い・しょ。」 よく分かんないけどこいつ敵だよな…そんな感じがする。なんかムカつくし。 まあ、違っても構わないよな。王子がそう思うならそうなんだから。 パラパラと両の袖からナイフを出す。 ワイヤーを繰って大量のナイフで周りを覆い尽くす。 「わ〜、凄い。」 「手品みたいじゃね?まあタネも仕掛けもあるけど、なっ!」 指揮者のように腕を振ればナイフが一斉に子供に向かって飛んでいく。 千本刺しサボテンの出来上がり〜、なんちゃって。 正体は後からじっくり聞かせてもらえばいい。もちろん遺体から、ね。 トプン… 「!」 ところがナイフが子供の体を切り裂く前にその姿が岩から消えてしまった。 どこに、と思ってキョロキョロしていたらまた頭の中で警鐘が鳴る。 ……上か! ドゴォ…ン! 木の上に飛び上がる。また爆弾かよ… ザザ、と葉が揺れる音が後ろから聞こえてきた。 「いい加減にウザイっての!」 「!」 振り向き様にナイフを投じる。今のはちょっと掠った? 地面に降り立つと相手もさっきまでちまいのがいた岩に着地する。 「…あれ。」 あいつじゃない。てっきりさっきの奴かと思ってたのに。 岩の上に居たのは銀髪で目つきの悪いスーツ姿の男…こいつなんでこっちに入ってこれてんだ?大人のクセに。 俺がジロジロと見ていると銀髪がつまらなそうに煙草の煙を吐き出した。 「…誰。」 「悪ガキどもを仕置きにきた通りすがりの人間だ。」 「へぇ〜…」 ナイフで螺旋を描きながら銀髪の全身を見る。なかなか楽しめそうじゃん。 「じゃあ遊んでくれんの、オニーサン?」 「………仕方ねぇな。」 * * * * コポン… 白蘭の情報は正確で助かる。 ナイフとワイヤーを繰る少年と幻術を得意とする赤子の姿をとる悪魔。 ナイフ使いの相手は獄寺くんに任せよう。 俺は… 「………………」 ――あっちにいるね。 俺は湖の中でターンすると水面に向かっていく。 人間の体って不思議だ。ヒレも水掻きも無いのに…こんなに自在に泳げる。 海から出ていった生物達は陸で育っても太古の記憶が遺伝子に刻みつけられているのかもしれない。 ざぱん、と水面から飛び出し宙に舞い上がる。 その勢いのまま目の前の黒い体に飛びつく。 「ムギャ!」 「させないよ、『貪欲』。」 「お、お前は…!」 赤子の悪魔は俺の姿に目を見開く。 「久し振りだね。マーモン。従兄弟殿は元気?」 「何故…」 バサリと広げられた翼。 一族で祖先返りを起こした俺だけが持つそれを彼は驚いた目で見つめる。 「何故、人魚がここ(陸)にいる!!!!」 続く… |