第十九話 「……………」 ディスプレイを分割して映る二つの部屋。 一つには豪奢な椅子にふんぞり返る男、もう一つには子供が二人。 ……どっちも異常無しか。 「やれやれ…」 パソコンから離れて棚の上の黒いカプセル二つを手に取る。 肩から鼻先を突き出して匂いを嗅ぐ相棒。その丸いフォルムを撫でる。 「ぷき?」 「プゥ。これはダメだ。ほれ。」 「ぷ!」 板チョコを差し出してやれば大喜びでそれに飛びつく相棒。 その背をまた軽く撫でて、新品の飴の袋を口で破る。 工具に似せたその飴を口にくわえさっきとは違うパソコンに向かうと、チャブダイに置いた金魚鉢がちゃぷんと水音をたてた。 『それは…?』 「『憤怒』と『強欲』の記憶。10世とアンタに関わる分だけ抜いといた。」 金魚鉢から顔を出す、夜闇を写したような濃紺の鱗の生き物。 西洋の龍と日本の狛犬と海象を混ぜたような姿の『化け鯨』。 今は手に乗るくらい小さくなったそれの頭を指で撫でる。 「一段落したらちゃんと大きな水槽に移してやるからな。」 『あら。ここも快適ですわ。』 水から浮き上がりくるりと空中で回りながらくすくす笑うリトル。 うん、やっぱ引き取って良かった。 あの日、靴の代わりのようにプゥがくわえてきた一枚のメモ。10世から教えられた小さな幻想区域。 そこにいた神の都合で創られ忘れられた幻想生物。 一目見てすぐに保護を決めた。 ――ビアンキが言ってたんだ。スパナの趣味ど真ん中だって。―― 当にその通り。よく分かってるな…さすがウチの友達。 余計なオマケ付きだったけどこの綺麗な生き物が手に入るなら些細なことだ。 でも御礼とかいいながらちゃっかり面倒事処理させる10世…大人しい顔して本当に強かだ。 「あとは『高慢』になんて報告するかだな…」 二人の記憶が無い理由と『おつかい』と化け鯨の保護。 全部繋げる話をでっちあげないといけない。 ……けどウチこういうの苦手。 唸りながら腕を組んで天井を見上げる。 『ふふ』 「?なんだ?」 首を戻すとリトルの緑玉の瞳が楽しそうに輝く。 『よくあの子もそんなポーズで悩んでましたわ。人に頼まれると断れない質でしたから。』 「魔女にもお人好しがいるんだな。」 『悪魔にもいるんですもの。当然ですわ。』 …………やっぱウチってお人好しなのか。 * * * * 「おかえり。」 「!」 音をさせないように開いた扉。その向こうからかけられた声。 もう寝ているものと思っていた主の声だ。 扉の隙間から頭を差し込むと10代目は椅子に腰掛け、足を左右交互に揺らしながら本を読んでいた。 「…ただいま戻りました。」 「ん。」 本から顔を上げずに生返事を返す。 …何をそんなに夢中で読んでいるのだろうか。普段は全く興味を示さないのに。 ジャケットを脱ぎ、空いている椅子の背に掛けて10代目に近づく。 「くさい。」 「はい?」 10代目の低い不機嫌な声に、手元を覗こうと腰を屈めた体勢で止まる。 …………くさいって。 煙草、はいつもの事のはず。体臭は薄い方だ。 とんと思い当たることが無い。 ネクタイに手を掛けたまま固まっているとシャツの襟を掴まれた。 ぐいぐいと引っ張られ更に腰を屈めると10代目の据わった目と視線がぶつかる。 「白蘭くさいって言ってるんだよ。 店行かずにわざわざこんな時間に外で密会とかなにやってたのさ。」 「!」 後ろめたいことなど無いはずなのに嫌な汗が浮かぶ。 なんで知っているのか…まさか、後付けてたとか…? そう尋ねれば「んなわけあるか!」と怒られてしまった。 「獄寺くんの煙草に混じって変な甘い匂いがしてるんだよ。あの人の側にいっつも置いてある煙管と同じ匂いだ。」 「…?してますか?」 「してる。」 10代目に襟を掴まれたまま袖口に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。 …………さっぱり分からない。 大体あいつも喫煙者だってことを俺は知らなかった。 白蘭のところに煙管盆なんかあっただろうか……? 「君の煙草のが強いから気付かないんじゃない?普段は店のお香でかき消されるし。」 にこ、と笑う子供に降参と両手を上げる。 可愛らしい動作と幼い外見に騙されてはいけない。この人は俺の倍以上生きているのだから。 「白蘭と会って何話してたのかな?」 「10代目……腰辛いんで尋問の前に手ぇ離してもらっていいですか…」 * * * * ナイトに伸ばされた手が止まった。 手を間違えたのか?珍しい。 しかし奴を見ると盤ではなく上空を見上げて不機嫌に眉根を寄せている 「どうした?」 「…まただ。」 「なにがだ?」 「『目』が壊された。」 「……あの小鳥か。」 「そう。」 口をへの字に曲げる姿は『卵』に入る以前の子供らしさを彷彿とさせる。 奴は不機嫌な顔のままナイトを進める。 「例の天使か?」 「いいや。その手掛かりも見つかってないよ…あの店主と常連の一人に尽く潰されててね。」 イライラしながら「折角可愛く作ったのに…」とぼやくリヴァイ。 たかが斥候を可愛くする必要がどこにあるのか。 「白蘭に手を出すと後々やりにくい。あまりやりすぎてくれるなよ。」 「……僕としてもこれ以上無意味にあの子たち潰されるのは困る。そろそろ自分で動けそうだし近々撤退させるよ。」 「ああ。」 考えた末にビショップを進める。 …実はチェスよりも俺はカードの方が好きなんだがな。 どう考えても勝てる手が浮かばない。 盤面をぼーっと眺めているだけにしか見え ないくせにこいつはやたらとチェスに強い。 「…そうだ、忘れていた。」 「なに。」 「お前、綱吉の『宝珠』に変なトラップ付けただろう。」 盤面から視線を上げる。 リヴァイは片眉を跳ね上げ困惑しているのか怒っているのかよく分からない表情を浮かべていた。 「……………」 「……………まさか、覚えてないのか。」 「……どんなのだい。」 「電流のトラップだ。死ぬほどではないが痛くてびっくりしたぞ。」 表情はそのままにくにゃりと首を傾げる。 ……なんだ、本当に覚えてないのか。 「そんなの付けてたかな…」 「お前じゃないのか。」 「…………違う、とも言い切れない。あやふやで覚えてない……」 いい加減だな… リヴァイは首の角度はそのままに駒を進める。 「まあ、いいよ。貴方のように不躾に触ろうとする輩も減るだろうし。」 「不躾ってお前な…」 仮にもあれは俺の義弟だ。 そう返せば「覚えてないくせに」とぼやかれた。 ……今のお前に言われたくない。 続く… |