第九話







「んぐ!」


気付いた時には遅かった。教材室から伸びてきた腕に口を塞がれ腰を捕らえられる。

すぐ先を歩いていた千種さんに気付かれる前に教材室に引き込まれる。


「捕まえた。」


普段より数段低い声。スチールの棚の上に乗せられて相手の全身が見える。

大人になって迫力を増した雲雀さん。薄暗いから尚、怖い…

雲雀さんはいつも浮かべる上辺だけ優しい笑顔で俺の頬を撫でる。


「いつもより小さく感じるね…可愛い。その制服、似合うよ…でもブレザーの方が君には合う。」

「!雲雀さ…」

「脱いで。学ランもいいけどあの男とお揃いなのは気に入らない。」


ブチブチと乱暴に制服のボタンを外される。

ヤバい。

ヤバいヤバいヤバいヤバい!

手を突っ張って雲雀さんの胸を押す。

でもネクタイで両手を縛られて俺の抵抗は呆気なく終わる。


「子兎…小さな抵抗は興奮剤にしかならないって覚えておくといい。それとも、僕を煽っているのかな?」

「そんなことしませんっ!!」

「さあて…」


バン!!


「って止めなさい!!」

「骸!骸ぉ!」


* * *


…そしてこの話の冒頭に至る。

やる気満々でトンファーを構える男はもう楽しくて仕方がないようだ。

ヒュンヒュンと玉鎖を振り回しながら臨戦態勢を取っている。


「ふふふ…今日こそ仕留めてやる…」

「い、いつも以上に漲ってるよ…」


綱吉くんがビタリと背中に張り付く。

張り付くのはいいが服着なさい…


「逃げた方がいい気がする…」

「それより僕いいこと思いついたんですけど。」

「…何?」

「あれも病院送りにすればいいと思いません?ああ、それとも寧ろ棺桶に。」


本気の意見だ。

綱吉くんもそれを感じ取ったようで真剣に首を振り組み付いてくる。


「駄目だから!!人殺しは!!」

「半で止めてもいいです。」

「何その面白くない冗談。咬み殺されるのは君の方だ。」

「は!せいぜいピイチクさえずっているがいい。僕の領域に潜り込んだこと後悔させてやる!」


ガキイィ…ィ!!


やはり成人した肉体は力を増しているようだ。両腕でやっと一撃を凌げる。

まだまだあちらは余裕だ。本気を出されたら勝ち目はない。


普通ならば。


僕に生憎普通という言葉は当てはまらない。

槍を回転させ真一文字に払う。雲雀が飛び退いた。

その隙に修羅道を発動させもう一度飛びかかる。トンファーで防がれたがくるりと回した槍の柄で跳ね上げ蹴りを叩き込む。


「おっと。」

「骸!!」


逆の腕で足を捕まれ体ごとひっくり返された。こちらも逆の足で腕を蹴りつけ無理矢理空中で体を捻る。

そのすぐ脇を鎖が掠る。僕は着地するともう一度地を蹴り後方へ飛ぶ。


「がはっ…」


しかし一歩遅かった。腹に抉り込むような鉄槌を食らう。内臓が潰れるような感覚すらした。

視界が揺れる。そしてヤツの嗤う顔。


「ぐっ…!」

「クフフ、油断しないことです…」


一瞬見せた隙をついて槍の柄を奴の腹に突き込む。

接近戦に強いのは何も君だけではない。

どっしりと地に足を着けていた分、同じ急所でも奴の方がダメージは大きなはず。

といってもやはり、きついな…

お互いにその場に膝を突き腹部を抑える。


「っ…やるじゃないか。」

「ふん。ドーピング如きに負けるわけがない。」


キーンコーンカーンコーン…


授業終了のチャイム。全く、いいタイミングで鳴ってくれますね。

雲雀はつまらなそうにスピーカーを見上げ、立ち上がる。


「…もう終わりか。仕方ないね。」

「どこに行く気ですか?」

「保健室帰らないと。休み時間はちゃんと仕事しないといけない約束だから。」


………変な所で律儀な男だ。

雲雀は着衣の乱れを直すとさっさと教材室の出口に向かう。


「あ、そうそう。」

「?」


何かを思い出したように白衣の背中が止まる。首だけをこちらに向けてにんまりと笑う。

今度はなんだ…

警戒して綱吉くんを背後に庇う。


「アレだけど。いつも持ち歩いてるからいつでも取りにおいで?」

「っ…」


アレ?なんのことだ…?

後ろから制服を掴む手が強くなる。

訝しみながら薄ら笑いを浮かべる男を睨む。


「じゃあ。またね。」


* * * *


骸に連れられてきた扉に「生徒会」の札がかかっている。

この階初めて来た…

4階は人気が無いから今までは不良の巣窟になっていたのだろう。

アチコチの壁にスプレーの落書きがあり、ガラスにダンボールがあてがわれている。

腕を引かれるままに生徒会室に入る。

ここだけ別世界だな…最近塗り変えたのか壁はきれいだし、窓も割れてない。

並盛の応接室とまではいかないけど上等そうな会長のディスクに居心地の良さそうなソファーセットがある。

なんていうか、談話室?そんな感じになってる。


「これを着てなさい。」


奥のロッカーを漁っていた骸が見覚えのあるTシャツを放ってきた。

学ランとワイシャツのボタンを引きちぎられてた俺は迷彩のTシャツを有り難く着させてもらう。


「ありがと。」

「いえ。元はと言えば僕の注意が足りなかったせいですからね。
己のテリトリーと油断していました…あの男が相手だと言うのに…」


ドサリとソファーに座る骸は、平然としてるように見えたけどやっぱり大分疲れてたみたい。


「……ごめんな、骸。」

「何を謝っているのですか?」

「いや…だって、迷惑かけてるし…」


鋭い目が怖いから俯いてボソボソとそう言うとこれ見よがしに溜め息をつかれた。

なんか骸、さっきから不機嫌で怒ってるみたいだ…

そりゃ、俺が不甲斐ないのは分かってるけど。


「……………………」

「……………………」


お互いにだんまり状態が続く。

俺は下を向いたまま無意味に床の板目を数える。

……正直言えばそんなの別に楽しくないし、窓の外見てた方が気が紛れるんだけど。


「…………」

「…………」


骸が。

なんか骸がずっとこっち見てる。

ていうかガン見してる。

顔上げたら絶対目が合う。

俺の居たたまれなさハンパない。


「………………」

「……………綱吉くん。」

「っハイ!?」


緊張してたし突然だったから声が裏返った。

骸、変な顔してるけどお前が原因だぞ!?


「な、なに?」

「いえね……ずーっと「もしかして」とは思ってたんですがいよいよ疑わしくなってきたから確認したいんですが。」

「?」

「君の一家の旅行って誰が言い出した話ですか。」


……旅行?なんで今更そんな話を気にするんだろう…どうでもよくないか?

そう思ったけど骸が真剣な顔をしてるから言わないでおく。

旅行か。えっと…確かビアンキが美容院行った帰りに福引きで当てた、とか言ってたような…

人数的に俺は行けないって始めから除外されてたからちゃんと聞いて無かったんだけどね。

そう言うと骸が器用に片方だけ眉毛を上げて「ふむ」と呻く。


「因みに野球部の合宿は恒例行事で?」

「うん……毎年やってるね。」

「では獄寺隼人の見舞いには行きましたか?」

「無様な姿は見せられないって言ってるって………」


………………………んん?

あれ?なんか変……?


「最後に。」


ずい、と骸が身を乗り出す。

俺もきちんと座り直して骸の真剣な顔を見つめる。


「君、よく考えたら戦闘要員じゃないですか。」

「……そうなるね。」

「雲雀恭弥は戦闘マニア。」

「うん。」

「お目付役不在でそれこそやりたい放題なのにわざわざ君の戦闘力奪ってセクハラ三昧してる理由は。」

「……………………」


え〜っと……?

ちょっと待って。俺にも整理させて欲しい。

まず、山本の合宿はもう始めから決まってて。これは動かしようがない。

で、福引き。俺も何回かおつかいで買い出し行ったけど今の時期、そんなの商店街でやってたっけ……?

しかも一週間以上とかちょっと奮発しすぎな……

それに獄寺くん、確かに怪我してたけど……そんな大人しく入院するようなタイプだったっけ……?


で、最後は雲雀さんだけど。


「回りくどいことなどなしにとりあえず君との戦闘を思う存分楽しんだあとで疲労困憊した君をいただきますなタイプだと思うんですが。」


……いただきますってなんだ。

分かってるけど分かりたくない。


「えと…つまり…?」

「雲雀の今までの行動パターンから察するに、彼が大人しく人の言うことや頼みを聞く性格でないことは分かっています。

彼が動くのは打算と交換条件のみ。」


骸の目には確信めいた光がある。

頭の悪い俺も大体骸が言わんとしてる事が分かってきた。


「彼が僕や君よりも優先したくて堪らない強者……誰か分かりますか。」


君なら分かってますよね。

そう、目が言ってるって、骸。

そんな悪趣味で悪どい、悪魔の作戦建てるの一人しかいないって……


「どうせ、リボーンだろ…」









続く…





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