第五話






狼の毛ってちょっと固いけどツヤツヤしててもわもわでいい感じ…


「…綱吉くん、そこで寝ないでください。」

「寝てないです!」

「もぞもぞもしないで。くすぐったいです…」


でもここが居心地いいんだもん。

俺は今、骸さんの首の後ろの毛に潜り込んでいる。

散歩行くっていうからついて来たんだ。

だってあの家雲雀さんが潜んでるし…

雲雀さん真っ正面から襲いかかっても俺が骸さんトコに逃げ込むからって出掛けたフリして棚の下とかにいるんだよ…

暗闇で光る目見たときには本当に心臓とまるかと思ったよ。


「そんなとこに潜ってないで外を楽しんだらどうですか?

綱吉くん、外に出るの初めてでしょう。」

「はい!」

「そうそう。

折角ひなたぼっこ日和なんだから日にもっと当たりなよ。もったいないじゃない。」

「そうですね、ってえええぇ!?」


い…今の声は…

恐る恐る下を覗けば骸さんの斜め後ろを歩く黒猫…

骸さんデカいから気付かなかった…いつから。


「ずっといたよ。綱吉がそいつの背中でごろごろスリスリしてたのも見てたよ。

おいしそうだな〜って。」

「…綱吉くん、痛いです。」


雲雀さんの目がギラギラしてる…

怖いからなるべく雲雀さんから離れようと俺は骸さんの頭をよじ登る。

ピンと立った耳の間に着いてやっと安心した。


「なんで逃げるの。一緒に散歩しようよ。」

「舌なめずりして言わないで!」

「綱吉くん、そこ耳だから。叫ばないでください。」

「ごめんなさい…」


骸さんに振り落とされないように頭にべったりとしがみつく。

耳がビコンて動いた。やっぱ気になるみたい。

でも怖いからここに居させてください…


「いてもいいですけど落ちないでくださいね。」

「はい…」


分かってるけど、さっきから眠いんだよなぁ…昼寝してないから。

夜より昼に俺は眠りたいんだけど。

振動が心地よくてついウトウトしてしまう。ポカポカしてるし…


* * * *


「…雲雀。」

「何。」

「なんだかすよすよ寝息が聞こえるんですけど…」

「そりゃね。寝てるし。」


やっぱりな…

僕は散歩を中断して来た道を戻ることにした。落とさないように慎重に。

人になったら綱吉くん入れる袋作ろう…

雲雀は後ろをトコトコと付いてくる。いつも個人行動のヤツが…珍しい。


「今日は遊びに行かないんですか。」

「それといた方が楽しい。」

「…この子寝不足なんですから帰っても数時間は苛めないでくださいよ。」

「いいよ。」


素直だ。これまた珍しい…




家に着くとクッションの上に綱吉くんを落とす。

ぽすんと軽い音をたててハムスターが転がった。

と、足拭いてこないと。汚れたままだと帰ってきた時に家長がうるさい。


「雲雀、綱吉くんにちょっかい出さないでくださいよ。」

「分かってるよ。」


気持ち良さげに丸まって寝る綱吉くんの前でユラユラと尻尾を揺らしながら屈み込む雲雀。

視線はずっと小さな生物を凝視している。

…大丈夫だろうか。

急いで洗面所まで行き足を拭くと駆け足でリビングに戻る。


「……雲雀。」

「うるさいよ。何。」


丸くなって寝る体勢の化け猫。

…君が今寝ようとしてる場所、先客がいたはずですか。

回り込んで見ると、くるんと丸まった雲雀に抱え込まれるように眠る綱吉くん。


「文句あるの?ちょっかいは出してないだろ。」


まあその通りですが。

…起きたらパニックになるだろうなぁ。

雲雀がペロリと綱吉くんを舐める。

しばらく固まってからペロペロとなんどもハムスターの体を舐めあげる。

綱吉くんは耳をヒクヒクさせている。

ハムスターを毛繕いする猫。なかなか心暖まる光景だ。


「うん、おいしい。」


…やっぱり暖まらない。


* * * *


早く起きないかなぁ…

丸まって寝る綱吉。可愛いけどやっぱ起きてひいひい泣いてる方が楽しい。

骸は僕が何かしたらすぐ反応出来るようにと後ろで長々と寝そべっている。

やだな、ホントに食べたりはしないよ。ちょっと偶にだけどぱっくりいきたくなるけど。

なるだけだよ、いつも未遂だよ。

ひょこひょこと足が動く。…起きるかな?

パチリと目が開いた。

きょときょとしてどこに自分がいるか分からないみたい。

僕を見上げてぼんやりしてる。

まだ寝ぼけてるのかな。

顔を舐めてやる。反応が薄いから転がして腹を舐める。


「ひ…ひひひ雲雀さん!?」

「おはよう。」


くるんと起き上がって逃げ出す綱吉を前足で挟んで捕まえる。

じたばたしてる…いいね。


「雲雀!綱吉くん離しなさい!」

「ふえ〜ん!骸さん、助けてぇ!!」

「や〜だよっ」


まだ遊んでないのに逃がさないよ。

歯をたてないように綱吉をくわえるとひらりと出窓に飛び上がる。

もう一回飛んで高い棚の上に移動する。ここならあいつも届かないだろう。

下から吠える声が聞こえるけど知らんぷり。

さあて何しようかな〜…あ、あれいい。


「ふわっ!」


棚にはいろいろ置物が飾ってある。

獄寺隼人はガラス製品が好きなようで花も無いのに花瓶を結構な数所持している。

その中にある、ガラス玉の入った金魚鉢。

そこに綱吉を放す。


「何すんですか!出してくださいよぅ!!」

「うふ、いいね。」


ちょこまか必死に動き回る小動物。楽しい〜…

登ろうにもツルツルしてるから滑るだけ。

やがて出られないと分かるとぽすっと尻餅をついてうるうるし始める。

泣くかな…泣くかな。

わくわくして金魚鉢の前に座り込むと綱吉はぷいと僕に背を向けて丸くなってしまった。

…つまんないな。

僕は鉢の縁に爪をかけて後ろ足で立ち上がる。


「えい。」

「きゃう!ふえええん!!やだやだ〜!!!!」


爪を出した前足を突っ込んで綱吉を追いかける。

ちょろちょろするのが楽しくて頭まで中に突っ込む。


「ほらほら、捕まえちゃうよ。」

「爪怖い!やだ、こっち来ないで!!」

「やだよ♪」

「きゃうううう!!」


疲れて動きの鈍くなったハムスターを両の前足で捕まえる。

もがいてる…ああ、いい。無駄な抵抗って興奮するよね。

ぴるぴるしてる綱吉。可愛い。

くわりと口を開く。

大丈夫。殺さないから。ちょっとだけ…ちょっとだけ、ね。


「そこまでです!!」


がしりと首根っこを掴まれた。

ぶらりとぶら下げられて手の主を睨み上げる。


「…君、昼間でも変身できたの。」

「緊急事態ですからね…綱吉くん、もう大丈夫ですよ。」


人間になった骸はすっかり怯えて縮こまっているハムスターを胸ポケットに入れると僕をぶら下げたまま脚立を降りる。


「油断の隙もないですね…」

「ちょっと遊んだだけじゃないか。」

「…最後噛みつこうとしてるようにしか見えませんでしたが。」


ガラリと窓を開けると骸はそこから僕を放り出した。


「出入り禁止、と言っても貴方には無駄でしょうが。

今日1日は家に入れませんからそのつもりで。偶には仕事しに帰んなさい。」

「やだ。」

「ご勝手に。明日になったら入れてあげます。それじゃ。」


ピシャリと窓を閉じられた。

…まあ仕方ない。理性無くしかけたのは本当だし。

今日は別のとこで寝よう。

よその家の屋根に上がったところでそういえばと振りかえる。


…なんか大事なこと忘れてる気がするけど…なんだっけ?

サド猫め…








続く…





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