第一話





日に照らされる色とりどりの硝子。

それを背景に佇む白い天使の像。

剣を携えて手を差し出す姿は断罪者のよう。

見下す冷たい表情。酷薄な笑み。

夕日に照らされる天使は戦場を今駈けてきたかの様な神々しさだ。

でも、俺は朝日に照らされる天使が好き。

光の方向が変わるだけで天使は優しい表情に変わる。

きっと作者と…俺しか知らない秘密。

断罪者はその時だけ全てを受け入れ許す救いの手を差し伸べてくれる。

神も天使も知らないけれど、この白い石像は好き。

ああ、この天使が本当にいてくれたら…




* * * *





「うざい。消えろ。」


赤い瞳の人身狼頭の怪物。

まともに相手をするのも面倒臭い。聖水で清めた短剣?もういいよ、どうでも。

僕は切れ味のイマイチなそれを投げ捨てて使い易いトンファーを振りかぶる。

数秒で連中を地面に沈めるとトンファーについた血を払う。


「その程度で僕を狙うなんて…安く見られたものだね。」

「てめっ…穢れが広まるからトンファー使うなっつったろ!?」


バタバタと走り寄る男を振り返る。

金糸で複雑な刺繍の施された白い長衣の銀髪の男。この町の神父だ。

相手にするのも面倒だ…無視を決め込もうとした所でばしゃりと水をかけられた。


「…君、咬み殺されたいの?」

「文句あるなら返り血浴びんじゃねーよ…ったく…聖水もただじゃねぇんだぞ…この死骸燃やすしかないな。」

「ならとっととやってよ…僕は帰る。」

「待て待て!!」


歩きだそうとしたらまた呼び止められる。

仕方なく立ち止まると神父に鍵を投げつけられた。


「お前がどうなろうが俺の知ったことじゃねえがんな魔物臭させて町彷徨かれちゃ困る。聖水で体洗ってから帰れ。」

「この時期に?寒い。」

「だったら大人しく短剣使っとけ!!」


まだブチブチと文句を言っている神父に背を向け教会に向かう。

鬱陶しいが神父の言うことに逆らってもいいことはない。



今のように魔物に狙われるようになったのは15を過ぎた頃からだった。

宗教に興味はないが僕は血が他の人間と異なり神聖な力が篭もっているらしい。

魔物が口にすれば魔力が倍増するそうなのだ。

だから神の加護から外れるという15を迎えたその日から格は様々ながら魔物に襲われない日はない。

人間を相手にするよりも興奮するので僕は構わないが血や死体から出る「穢れ」に教会関連の連中がうるさいのが面倒だ。



「ん…」


教会の入り口の階段に誰か座っている。

こんな時間に…

近くに寄ると火の消えたランタンを抱えて眠る子供だった。


「……」


肩を揺すろうとして気がついた。

罠だ…!!

飛び退くとぐらりと子供の体が揺らぐ。

首筋に二つの穴。既に吸血された後だ…

他人がどうなろうと関係ないが幼子の哀れな死骸を見てなにも思わないほど僕は外道ではない。

頭上を見上げると宙に浮かぶ吸血鬼。獲物の背後を狙う…下衆だな。


「引っ掛からないかぁ。いい手だと思ったのにぃ。」

「不快な雑魚が。相手にするのも馬鹿らしい。」


神父に渡されたナイフを投じる。一本は眉間に、もう一本は心臓を射抜く。

吸血鬼は吸血鬼でも格がある。これは殺人衝動の強い下等吸血鬼だ。

上級のにはまだ会ったことは無いけれど…まともな中味であることを祈る。

下衆が地に落ちる。瞬く間に灰になり風に流される。

神聖な武器で倒された魔物は灰となり、穢れの元にはならないのだ。

今日はつまらない相手ばかりだ。教会に入ろうとしてふと気づく。

そうだ、子供。

野獣に食わせる訳にも行かない。朝になれば神父が遺体を親元に返す筈だ。

教会の中に入れておいてやるか。

戻ろうとして僕は動きを止めた。


「!」


いつの間に現れたのか。

大事なものの様に幼子を抱える少年。瞳から止めどなく涙が流れている。


「ごめんね、怖かったね…」


さらりと髪を撫で子供の額を晒すとそこに唇を落とす。数秒そうした後彼はしっかりとした足取りで立ち上がった。

そこで僕がいることに気付いたようだ。

瑪瑙色の瞳とかち合う。

彼は一瞬目を見開いた後にこりと笑うと僕に歩み寄ってきた。


「教会の方ですか?」

「…まあね。」


違うけど今はそう言っておいた方がいい気がする。

彼は幼子の体を僕に預けようと差し出してきた。促されるままそれを受け取る。


「明日、家に帰してあげてください。心配してるだろうから。」

「……ああ。」


少年は自身と同じキャラメル色の子供の髪を撫でるとくるりと踵を返した。




風が凪ぐ。




「!」


いない。

今一瞬目を離しただけだというのに…

教会の周囲は草原なので隠れる場所はない。

一体…

僕は子供の遺体を抱えてしばし固まった。


…ん?


………………あれ。


僕は腕の中の子供を見下ろした。

頬に赤みがさしている。微かな寝息。何より腕に感じるじんわりとした体温。

…生きている?

さっきまで確かに死んでいたのに…

首にある二つの傷。


「…どういうこと?」


よく分からないけれど。

さっきの少年。あれが何かしたとしか…


「…………」


帰ってきたら神父問いつめてみるか。









続く…





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