第二話






「あう〜…貧血…」


ちょっと休憩しよう…

俺は木の根元に座り込むと膝を抱えてうずくまった。

さっきの子、大丈夫だったかな…

血はある程度俺のを変換して足してあげたけど。

ザアア、と風が吹く。今日は風が特に強い。

髪が吹き上がり視界を塞ぐ。

茶色いそれを抑えつけ先程の教会前にいた男の人を思い出す。

黒い、艶やかな髪と鋭い瞳の美しい人だった。

あの冴え冴えとした眼差し…断罪者のようだ。

昔、あの街にあった天使の像と同じ雰囲気で一瞬見とれてしまった。


「あの人が…神父さんなのかなぁ…?」


この街の神父は凄く若いって聞いてたし…新しい人になってからは会ったこと無いけど。

前の人は気が弱い人だったけど優しいおじいさんだった。

神の僕としては駄目だったけれどとても暖かくて。

人々の悩みを聞き頷く姿は「街の神父様」としては理想の人だった。

今の人は正反対に神父と言うより、正に神の使徒といった風情だ。


キュル…


突然、不審な動きをする胃。音がなる前に抑える。

…そろそろ限界かも。


「…お腹すいた…」


* * * *


あの不思議な体験の数分後。

帰ってきた神父に追い立てられて水浴びをさせられた。

そのままじゃ寒いから勝手に風呂も借りて、濡れた髪を柔らかい布で拭きながらあの子供を寝かせた客間に行く。

子供の話はしたからそこに神父もいるはずだ。

正直もう子供もどうでもいいんだけどさっきの少年がとても気になる。

部屋に入ると神父が寝台の子供の首筋を確認しているところだった。


「…普通、下等吸血鬼に咬まれればまず命はない。ヤツらは加減を知らないからな、全身の血を抜き取るまで獲物を離さない。」

「傷だけでランクまで分かるの?」

「一応。これは下等なのだ。それは確かだ。」


神父は軽く握った手を唇に押し当てるように腕を組む。何か、考えているのか。

子供は時間の経過と共に呼吸も安定していき、今はただすやすやと安らかな顔で眠っている。


「…なんでこのガキは助かったんだ?」

「分からないね。その子供より大きな子供が抱きかかえてる間に何かしたんだと思うけど。そういう前例はないわけ。」

「瀕死の者を救う、そういう奇跡を起こせるヤツはいる。俺も見たことがある。」


…そうなのか。

しかし、僕が見たあれは違う気がした。


「奇跡を起こせる人間は国宝級だからな。絵付きのリストがあった筈…見るか?」

「頂戴。」


神父の放る分厚い本を開く。パラパラ捲ったがあの少年は見当たらない。

まあそんな気はしたけど…

これ以上聞いてもあの子の事は分からなそうだね…

返そうと本を持ち上げる。すると隙間からスルリと何かが落ちた。紙…?

神父はまだ何か考えているのか全然気がついていない。

折り畳まれたそれを拾い上げる。


「………!」


天使の絵だ。

ラフ画で余計な線が多いがいい出来だ。

両手を広げ首を傾げ柔和な笑みを浮かべる天使。


「ねえ、これ何。」

「ん?…………うっっわああああぁぁああ!?」


神父は急に大声を上げると真っ赤になって僕の手から紙を奪い取る。

……ちょっとびっくりした。


「み…みみみ、見たのか…。」

「うん。悪くないと思うけど。」


正直な感想だ。僕は世辞は言わない。

神父はそれでちょっと落ち着いたのか、咳払いをして紙を引き出しに仕舞おうとする。

なんだか、『絵を見られて恥ずかしい』のとは別に、『見られたくない』という感じだ。


「待ちなよ。それ、誰?」

「……見て分かんだろ。落書きだ。」

「違う。その天使のモデル。」


神父の肩が揺れた。

ちらりと僕を振り返る。


「……なんでそんな事聞くんだよ?」

「それ実在の人物だろ?僕会ったことあるし。」


ピッと神父の手から絵を奪い取る。

柔らかそうな癖っ毛、大きな瞳、無邪気さと影の同居する笑み。間違いない。

ついさっき、この教会の前で見たあの少年だった。


* * * *


ある時、違う空間の違う者たちの言葉。


「…なんで見つかんねえんだぁ?」


「どこかにいる筈何ですが…」


「確かに存在してる。…魔物たちも最近ざわめいているからな…」


「しかし、誰かが気配を隠しているのか…全く察知することが出来ない。」


「ここまで探してもいないって事は…人には産まれていないのか…」


「いいや、そんな筈は…」


「教会側が隠しているならばいいが。」


「他の魔物に捕まっているならば面倒だ。」


「どちらにしろ手に入れるのは我々だ。」


「食うも殺すも我ら次第…」


「「早く見つけ出さなくては…!ヤツらより先に…!!」」








続く…





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