第三話





「隼人兄!」

「よお。」


雲雀から聞いた奇跡のあった日から数日。

あの時の子供――名前をフゥ太と言う――もすっかり元気になって今は教会に遊びに来るようになった。

基本的にガキは苦手だがこいつはそう邪険にする気が起きない。

フゥ太が俺と同じ体験をした相手だからなのかもしれない。


「隼人兄、何してるの?」

「最近魔物が頻繁に出るからな…次に被害に合いそうな場所占じてんだ。」


草の上に広げた街の地図。その上に鎖で吊した水晶の欠片を翳す。

熟練者なら夜でも建物の中でも占じれんだけどな。俺はイマイチ修行足りてないから日光の下じゃないとこれが出来ない。


「僕もやりたい!」

「あのな、遊びじゃ…だぁ〜、んな目すんな!!」


くそっ…捨て犬とか猫とかに弱いんだ、俺は!!そんな悲しそうな顔すんじゃねぇ!!

俺は渋々鎖のついた指輪をフゥ太の手に落とす。

フゥ太はわくわくした顔で地図の上にそれを垂らした。


「あれ、なんかクルクルしてる…」

「何!?」


地図を見る。昨日、住人が魔物に襲われた家だ。

まさか…

俺はフゥ太の手を掴んで教会の上に水晶を垂らした。今度は逆に水晶が回り始める。

…これは。


「フゥ太、『今夜魔物はどこに現れますか』って強く思え。思いながら地図のあちこちに手を翳してみろ。」

「うん。」


水晶が時計回りに動くのは「力」のあるものを察知した証。反対に回るのは「邪」を察知した証。

対象が強ければ強いほど水晶は大きく揺れる。

こいつはとんだ拾いものだな。フゥ太はかなりの魔力の持ち主なのかも知れない。


「隼人兄!!ここ!」

「ここは…」


* * * *


背負っていた袋を下ろす。中にはたくさんの白い林檎。

木の根元に座り込む。


「はあ〜、疲れた…」

「言ってくれれば手伝ったのに。」

「いや悪いからいいよ。」


友達に盗みの手伝いは頼めないって…

そう言うとにかっと彼は笑って「今更だろ〜」と答える。


「それに、んな些細なこと。親友が餓死しかける方が俺には重大だぜ。」

「ありがと、山本。」


昔から、他の同族とは違って俺を仲間と言ってくれる唯一の存在。感謝してもし足りない。

俺は白い林檎を取り出すとそれにかぶりついた。この林檎は俺の餓えを癒してくれる数少ない「糧」だ。

特殊な木にしか生らないので偶にまとめて取りに行くんだけどうっかり持ち主に見つかったらどうなるやら…

だからいくら本人が気にするなって言っても山本を連れて行く気は起こらない。


「いつ見ても変わった林檎だよな〜。外白くて中が紫だなんてさ。」

「触らない方がいいよ、それ山本には毒だから。」

「…ごめんなぁ。俺がもっと上位の産まれだったらツナに」

「それは言わないで。」


二つ目の林檎に手を伸ばす。

あんまり消費したくないけどしばらく何も食べてなかったし…こないだ力を使ったからお腹がすいちゃって。

ペロリと指先を舐める。甘いけど…ほろ苦い。

これより普通の林檎の方が好きだなぁ…お腹に溜まらないけど。

山本は俺が林檎を食べてる間ウロウロと目の前の壊れた建物の上を歩き回っている。


「ここさあ、昔教会あったろ。」

「うん。」

「俺、ここで洗礼受けたんだぜ。」

「…そうなんだ。」

「懐かしいなぁ…」

「………………」


俺はいつもの場所に袋を押し込めると立ち上がった。

山本は廃墟の長椅子に腰掛けて月を見上げている。


「今夜現れる魔物って君たちの事?」

「「!?」」


突如出現した不穏な気配に山本がいち早く反応した。

俺の腕を掴んで自身の背後に押しやる。


「あんた、誰だ?ハンターか?」

「違うよ。ねえ、君たち魔物なの?」

「…さあな。」

「ふうん…今回は結構楽しくなりそう…」


山本が何もない空間から刀を引き抜いた。

って…あれこの声…

ひょこりと顔を出す。やっぱり、教会にいた人だ。

あっちも俺に気付いたみたい。構えていた銀色の武器を下ろす。


「君…?」

「待ちやがれ、雲雀!!」


飛んできた何かを銀色の武器で弾く。何?光ってたけど??

俺の前に山本と雲雀…さん?が立つ。

背の高い草を掻き分けて神父の格好をした人が現れた。


「その人に手を出すな!」

「ってお前の方が危ないじゃねえか…」

「そうだよ。」

「うるせぇ!!」


がおぅと吠える神父さん。

なんだか随分荒っぽい人だなぁ…若い…っていうよりまだ少年?

まじまじとその人を見ていて気付いた。

銀髪…この顔。この人、かなり前に…


「や、山本…」

「…どした、ツナ。」

「行こうっ…ダメだ、あの人俺を知ってるよ…」


山本の顔が険しくなる。静かに頷くと俺を抱えて空に飛び上がった。


ジャキィ!!


「山本っ!」

「くっ…!!」


雲雀という人の武器から伸びた鎖が山本の刀に絡みつく。


「逃がさないよ。」

「うわっ!!」


もう片方の武器からも鎖が…!!

俺の足にそれは絡みついた。

落ちる…っ!!


ドサッ


「あ、っぶね…手荒なことすんじゃねぇ!!」

「引き止めてあげたんじゃないか。寧ろ感謝して欲しいよ。」


目を開けると銀髪の神父さん。受け止めてくれたのか…

彼は俺と目が合うと地面に下ろしてくれた。でも逃げないように両手は握ったままだ。


「すみません、驚かしたのなら謝ります。でも俺は貴方を捕らえに来たわけじゃないんです。」

「え…違うの?」

「恩人にそんなバチあたりなこと!」


激しく首を振ってそう言う神父さん。

なんだ…てっきりバレたのかと…

鎖を解かれた山本も危険は無いと判断したみたいで俺達の側に降り立った。


「魔物が出るっていう話だったけど…まあいいや、その子見つかったから。」


雲雀さんはちょっと機嫌悪そうに呟きながら武器をしまった。

俺に近付くとまじまじと全身を眺め回す。


「それで?この貧弱な「天使」で間違いないの?」

「「天使?」」

「てめっ…!忘れろ!!記憶の彼方に葬り去れ!!」


神父さんは真っ赤な顔で怒鳴っている。

天使って?まさか俺?


「…間違いねぇよ、この人だ。俺を生き返らせてくれたのは…」

「やっぱり、聖都の子?」

「はい。」


8年前に聖都で高位吸血鬼の餌食になって死んでしまった男の子を助けた事がある。

まさかこんなとこで会うなんて…それに、まさか神父になってるだなんて。


皮肉だ。


「貴方に会いたくて神父になった。奇跡を起こせる人物ならきっと教会に登録されていると…」

「でも見つからなかった?」

「はい。死んだ人間を蘇らせる。そんな奇跡を起こせる人間は存在しない、そう言われました。」

「人間…なる程、ね。」


雲雀さんが俺の目を覗き込む。俺も黒玻璃の瞳を見つめ返す。


「君、初めて会ったときは分からなかったけど人外の気配がするんだよね。」

「当然ですよ。」


俺は肩を竦めて自嘲の笑みを浮かべた。



「俺は神父さんやあの子の命を奪ったヤツらと同じ……吸血鬼なんですから。」








続く…





←back■next→