第四話





「と言っても種族だけだけど。」


ニコリと笑う『天使』。いや吸血鬼か…

神父はというと唖然とした顔で固まっている。

…手はしっかり握ったままで。

僕はキャラメル色の髪に鼻先を近づける。

…吸血鬼って割には


「魔物の匂いがしない。そっちの彼は…なんかごちゃごちゃして分からないけど。」

「あ、俺、親父が人間なんだ。混血、混血。」


背の高い方が自分を指差してニカリ、と笑う。


「俺、山本 武ってんだ。こっちは沢田 綱吉。
俺は普段は人間として生活してる。それに産まれてから一度も血は吸ったことないし、魔物の匂いは殆どしてないはずだぜ?」

「君は?」

「俺は…」


突然、吸血鬼の二人が空を見上げる。

空から何かがもの凄い勢いで飛び込んできた。

山本と名乗る男が刀を凪ぐ。


キイイイイイィ!!


強い魔物臭。翼のある…狐か?

刀は当たらなかったらしくまた魔物が向かってくる。

狐は尾があればあるほど格が上がる。最高は9本。目の前のは6本。


「それ、倒すから。手を出さないでくれる?」

「てめぇはまた!俺がやる!」

「二人ともやる気だな。でも俺らの出番は無いと思うぜ?」

「「?」」


僕らの前に立つ小さな吸血鬼。

青い炎を纏う狐の爪が間近に迫る。彼は微動だにしない。


「ちょ…」


パンッ!


「!?」


爪が弾かれた?

狐がくわりと牙を剥きもう一度彼に襲いかかる。が、また同じ現象が起きた。

狐がイライラとした様に地を掻く。

狐火が僕らの周りを包むがまた綱吉という吸血鬼に到達する前に消えてしまう。

狐は懲りずに爪を伸ばし彼に振り下ろそうとする。


「いくらやっても無駄だ。帰れ。」


ばしゃりと何か液体の入った小瓶を彼が投げつける。

狐は液体を被ると悶え苦しみだした。


「な、何をしたんですか?」

「水晶を浸した水を掛けただけ。聖水ほどじゃないけど効果はあるよ。」


綱吉の言うとおりだった。

狐はあちらこちらをのた打ち周り、しばらくするとぼしゅんという音を立てて消えてしまった。

彼は何事も無かったかのように小瓶を拾いあげて土を払う。


「君は、一体…」

「出来損ない、異形種、呪われた忌み子。いろいろ言われてますけど。」


キュキュッと瓶の蓋を絞めるとベルトに差し込む。

まるでピストルの弾の様にズラリと腰に小瓶が並んでいる。

手慣れた感じだ。同族を追い払うのに。


「俺は吸血鬼の、いえ魔族としての特性を何一つ持たない、突然変異なんですよ。」

「…何、さっきのあれ。」

「あれ?」

「狐パンパン弾いてた赤いの。」


狐が襲いかかってくる度にこの子の周りを赤い球体の膜が覆っていた。

いや、というより狐の魔力が触れた瞬間にだけ見えた、という感じだった。

綱吉はちょっと驚いた顔でまじまじと僕を見つめている。


「…あれ見えた人初めてですよ。」

「そうなの?」

「俺にも見えましたけど。」

「俺にはただツナに近付くと何かに弾き飛ばされてるとしか見えてなかったけどな。」

「で、なんなのあれ。」


ずいと迫ると彼は困ったように頬を掻いた。


「分かんないんですよね…産まれた時からあったらしくて。
この膜、敵意とか悪意持って近付いてくる同族みんな弾いちゃうんです。
だから忌み子とか言われるんですけど。よっぽどの高位魔族じゃ無いと俺に触ることも出来ないんですよ。」

「それは便利な…」

「それがそうでも無いんだよね…」


綱吉が肩を竦める。山本が笑いながらぐしゃぐしゃとキャラメルの髪をかき回す。


「人間のチンピラと同じで低級魔族にはそういうのにがむしゃらに突っかかってくる奴らが多いんだ。
その膜ってのは弾くだけだからな、しつこく付きまとわれても追い払えないんだよ。」

「も〜、教会逃げ込むまでずっと付いてくんの。」

「「………」」


教会に逃げ込む吸血鬼。前代未聞だ。


「あの、沢田さんっ…!」

「な、何?」


神父がガシリと綱吉の肩を掴む。

人のこと言えないけど彼はあまり人のいい人相じゃないから綱吉がちょっと怯えてる。


「貴方が吸血鬼というなら…死んだ俺をどうして…」

「それも分からない。ただ、吸血によって死んでしまった人を蘇らせることが出来る。万能ではないけれど。」

「万能じゃない…?」

「大人は…駄目なんだ。子供なら、助けられる。体が小さいから俺の血も分けられる。でも一人しか…」


「ごめん」と綱吉が俯いた。一瞬、神父が泣きそうに顔を歪める。

でもすぐにニカリと笑う。


「助けてくださったこと、感謝しています。貴方に会う、それだけがあの時の俺の生きる理由でした。絶望してた俺の、ただ一つの…」

「天使の絵まで描いてたもんね。」

「忘れろっつってんだろ!!」


真っ赤になってがうと吠える神父。

神とか全然信じてなさそうなこの男が…神父なんて柄でもない職種についてる理由、ね。

僕がじろじろと綱吉を見ていると神父が視線を遮るように前に出た。


「つーかなんでお前いんだよ…」

「君の後つければ上級の魔物に会えるかと。占ったんだろ、今日の被害区域。」

「お前片っ端から殴り殺すから後が大変なんだよ!!俺の管轄じゃないとこでやりやがれ!!
黙って突っ立ってりゃ聖血にわんさか集まってくんだろ!!」

「子蝿の相手は飽きたよ。つまんないし。僕は大物を咬み殺したいんだよ。」


僕の血に群がるのは程度が低いのばっかりで面白みに欠けるんだよね。

さっきの狐くらいのランクと闘りたいんだけど。


「お前、聖血なのか!?」

「そうだけど。」


急に山本が血相を変えて詰め寄ってきた。だから何だというんだろうか?

山本はしまったという顔で頭をかきむしった。


「…ヤバいな…まさかこんなトコ出歩いてるとは思わなかったから…」

「ごめん…俺のせいだ…」

「何?ちょっと、勝手に納得してないで説明しなよ。」

「あの…すみません…」


苛立った僕が綱吉を睨むと彼は申し訳なさそうに謝ってきた。


「なんで謝るの?」

「雲雀…さんて全然魔族の間じゃ名前知られて無いんです。普通、聖血の人は教団に守られているじゃないですか。
未登録の聖血がいるって話は有名だったんですけど誰も見たことなくて」

「全部殺したからね。」

「でしょうね…魔族にもやっぱこう、上級と下級には壁があって、低級の連中は情報広まるの早いんですけど上にはなかなか行かないんです。
しかも目撃者も遭遇者もゼロ。
でも今俺が逃がした狐から多分…雲雀さんの情報が上に広まると思うんです。」

「ふうん?つまりこれからは上級のがたくさん来るようになるってわけ?」


面白いじゃないか。わくわくするね。

そう思っていると神父が真っ青な顔で僕を見た。

何、その面白い顔。


「…そんなんに襲ってこられたらこの街ひとたまりも無いんだけどよ…」

「だろーな。」

「本当、ごめんなさい!」


なんだ、そんなことか。

そんなの簡単に解決するじゃないか。


「なら僕がこっから出て行けばいいだけじゃないか。」








続く…





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