第三十六話





「今急いでるんだけどっ!!」


雲雀が放った短剣は翼の生えた猿たちの胸を正確に貫く。

次から次へと湧き出す魔物たち。それも、かなり上級な奴らばかりだ。

普段なら雲雀も喜ぶんだろうが今はそれどころじゃねぇ。

何本も飛んできた矢を翼で弾き、腕を振り赤い炎を空中に並べる。

仕返しとばかりに地表に向かい放てばあちこちで爆発が起こる。


「おお〜……光銃より楽だな、これ。」

『あまり調子にのるな。力は無限ではないんだ。』

「分かってらぁ!!」


このあと骸も控えてやがるしな。

だが飛空しながらの戦い、俺には有利だが近接型の雲雀はやりにくそうだ。

案の定、五分も持たずに飛行する剣から飛び降りて敵陣の真っ只中に着地する。

……ってしまった、これで俺もやりにくくなったじゃねぇか……!!


『爆発物は使うな。無差別も駄目だ。』

「わぁーってるっての!」


首に巻き付いたトカゲがうるせぇ……

常に雲雀の居る場所を把握してねぇと当てちまう。

赤い光を矢のイメージに変えて、標的に狙いをさだめる。

翼の生えた猿と犬を何体か撃ち落とし、第二波を構える。

威力と性能は上がるがこんなちまちまとやってる間が惜しい。

光の矢を放ちながら下を見れば魔物を殴り、蹴り、打ち、斬り倒してズンズン進んでいく雲雀。

……こっちはひっきりなしに敵が来るから全然進まねえんだがな。

これじゃいつもと逆……


「………………」


―――そう、逆だ。

向かってきた闇色の一角獣に金色の刃を撃ち出す。

青い炎で一時的な球体の障壁を築き、更に高く飛べば当然奴らの目は俺を追う。

聖血などより見た目も気配も天界に近い俺の方が断然奴らの興味を引く。『囮』には持って来いだろう。

………集中放火なオマケがつくがな。

雲雀と真逆な方向に飛びながら赤い矢に紫色の光を纏わせその数を増やす。

無数の矢を回避不可能な勢いでばらまきながら滑空する俺にトカゲが呆れた声を出す。


『無限ではないと言ったばかりだぞ。』

「『その為』の力を出し惜しんでどうすんだよ!」


金色の光を礫のように放射する。

敵に触れると小規模の爆発が起きる、爆竹に毛が生えた程度の威力だが敵の気を引くには充分だ。

この力は全て沢田さんの為にある。

今使わなくてどうすんだ!!!!


『……では俺もやるか。』

「は?」


首に巻き付いていた大トカゲがごそごそと足を動かし体の向きを変える。

何をしているのかと思っていたら……


「どわぁっ!?」


俺の右頬を掠めて藍色の炎が放射される。

魔物達も驚いたろうが俺が一番驚いた!!!!!!


『危ないぞ。』

「遅ぇよ!!」


口から煙を吐きながら真面目くさった顔でいう魔女。

炎吐くなら事前に言え!!ちょっと毛が焦げたわ!!


* * * *


頭上が俄かに騒がしくなる。

魔物の頭を殴り飛ばし、体を捻り後方から来た二匹を蹴り飛ばす。

一瞬見た空に走る藍色の炎。

あの大トカゲの攻撃に違いない。

くるりと手の中でトンファーを回し長い打撃部分を握る。

両サイドから来たミノタウロスの首にフックの要領でそれを引っ掛け引き寄せる。

鈍い音をさせて頭を打ちつけあう二匹を踏み台に中空に飛び上がり低空飛行していた魔剣に飛び乗る。

ダメだね、地上じゃ戦えるけど埒が明かない。

飛びかかってくる魔物どもを神父のナイフで沈めて空を見上げる。


「?」


上空で戦ってた筈の獄寺が真逆の方向へ飛んでいくのが見えた。

それも派手な攻撃を撒き散らしながら、だ。

……囮のつもり?もしかして。

只でさえ白い服で目を引くのに空中で灰色の翼で飛び回る神父。目立つどころか看板状態だ。


まあ、目立つし丁度いいか。


神父に背を向け剣の出せる最高速度で飛行する。

あの男相手に「心配」なんて二文字は出て来ない。

羽根生えたんだから角でもなんでも生えるさ、多分問題ない。


「ん……」


猛スピードで飛んだお陰で果てない茨と辺りを覆っていた霧から抜け出せたようだ。

そして霧が晴れたお陰で今まで僕にだけ見えていなかった城が目の前に聳える。

……本当に、見えてなかったのがおかしいくらいにデカい。そして古ぼけている。


「………ダメだね。」


窓という窓に黒いガラスが嵌っているんだけど、どうやっても破ることが出来ない。

どういう原理かわからないけど、割ろうとするとぐにゃん、って歪むんだよね……

なんかの術……?僕、そういうの専門外なんだけど。

この分だと多分壁も壊せない。

他の進入口を探してもいいけどそんなとこあるとは思えない。

黒いガラスに八つ当たり気味に打ちつけた拳。

けれどただ撓むだけで全く効果はなかった。

どうしたものか……


「綱吉……」


何を思った訳でもなくただ名前を呟く。

すると握った拳の中で、パシンと何かが弾けた。

以前にもあった。覚えのある感覚だ。

けれどノブを粉々にしたあの時とは違って窓には何も変化は……


「!」


持っていたトンファーを振り上げる。

窓枠ごと破砕させるつもりで振り下ろせば綺麗にガラスだけが割れて無くなる。

窓枠は足で蹴破るとあっさりと城内に入ることが出来た。

どうやら城全体をぴっちりと覆ってた護りが消え失せたらしい。


「…………」


自分の右手を顔の前に翳して握ったり開いたりを繰り返す。

今の……僕がやったんだよね……?

なんだろう、聖血の能力かな?なんかあんまり役に立たなそうな気が……


「!」


バタバタと複数の足音が聞こえてきた。

トンファーを構えて迎え撃つ体勢を整える。

反応早いな……けど都合がいい。


「道案内が欲しいとこだったしね。」



* * * *


「はっ……あ……うう…っ…!!」


叫び声は収まった。

けど、苦痛はまだ続いているようだ。

必死に何かを耐える巫女の顔は青く息も絶え絶えだ。

なんとかしてやりてぇが……生憎、戦う以外の能力は俺には無い。

窓辺に座り、獄寺が飛んでいった方角を見やる。

俺は動けない。今はあいつらだけが頼りだな……

見れば肩に止まる梟も忙しなく首を巡らせている。


「落ち着けって。あんたがそんなんでどうすんだ。」

『そうは言うが……人間は脆いだろう!痛みで死んでしまうと聞いたこともある!ああ、小姫……』


バサバサと飛んでベッドの縁に止まり、数秒しないうちにこっちに戻ってくる。

…………こんな時だけどそのヤケに人間ぽい動揺っぷりにちょっと気が紛れた。

流石の天使様も娘のこととなると形無しだな。


「……と、さま……」


か細い声にそちらを見れば差し伸ばされた腕。

ベッドを覗き込めばうっすらとだが開かれた目と視線が合う。


『小姫!?気がついたか!』


そりゃ頭上をあんなバッサバッサ飛んでりゃ起きるだろ……

ベッドに近付くと、見た目からは想像がつかないような力で腕を捕まれた。

驚いて巫女を見ればはくはくと動く唇に気付き耳を寄せる。


「いか……、と……メ…!…ぉど、…んじゃう……!」

「!」




『いかないとだめ、ろーどしんじゃう』



そう、巫女は言った。

意味が脳に染み入るのに少し時間がかかった。


ツナが死ぬ……?



「どういう、意味だ……?」

「はっ……!」

「なあ!?どういうことだよ!!」

『狩人!!落ち着け!』


ぐったりとしている巫女の体を無理矢理起こす。

肩を掴み揺さぶれば、白梟の一撃が後頭部に入った。


「痛てぇ!!」

『お前が取り乱してどうする!』

「あんたが言うな!」


バサバサ暴れる梟の足をひっつかむ。

さっきまで右往左往してた奴が何を言いやがる!


「うう……っ」

「!おい?なにを……」


俺とクイーントがやり合っている間に巫女が中空から出した槍を杖代わりにして立ち上がる。

けどすぐにくずおれそうなるのを片手で支える。


「行かなきゃ……!!私が行かないと……!!」

「そんな体でか!?無理だ!」

『小姫!獄寺とお前は違うのだ!お前は……』

「いや!行く!!」



















「それには及びません。」
















抑揚の無い声が割って入る。

弾かれたようにそちらを見ればいつの間にか、白い巡礼服を来た女が二人立っていた。

僅かに覗く褐色の肌……教団の人間、にしては何かが違う。

背にある刀に手をかける。巫女も槍を構え相手を睨む。


「……誰だ。」

「我々は争いに来たのではありません。武器をお収めください、山本氏。凪様。」


そう言いながら二人の侵入者が巡礼服のフードを取る。

白い布から零れる撫子色の髪に褐色の肌、そして目元を覆う黒い仮面。

なにからなにまで揃いの二人は抑揚の無い口調でこう繋げた。


「私たちは時代の節目を見届け調和を正すもの。」

「個の名はありません。どうぞチェルベッロとお呼びください。」








続く…





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