11.無責任そうな責任者





ひゅんひゅんと後ろに流れていく景色。

変わり映えしない緑色のそれから目線を外し、俺を抱えた『猫』の綺麗な横顔を見やる。


「う〜ん……」


猫。どう見ても猫だ。ピンク色の猫。

この話で猫って言ったら「チェシャ猫」しか思いつかない。

しかしイメージに合わない。ホント合わない。

いや、猫なのは似合ってるんだけど獄寺くんがあのにまにま笑いの猫ってのがなぁ……それならもっと合ってる人がいくらでも


「?10代目、酔いましたか?」

「ううん、大丈夫。」


知らずまた唸っていたようだ。心配気に顔をのぞき込まれて首を振る。

さっきまでと打って変わって抱え方も、木に飛び移る時の衝撃も柔らかい。

………なぜ、女子ではなく俺と分かったあとの方が対応がいいんだ……。

格好のせいか会う人会う人、反応がおかしいからむず痒い。

獄寺くんがおかしいのはいつものことだけど。


「?」


遠くから、音楽が聞こえてくる。

なんか、大きなオルゴールのような、楽しげな音楽だ。

音の出どころを探して前方を見やれば、木々の向こうに観覧車らしきものが見えた。

……こんなことになんで?


「もうすぐ着きますんで。」

「うん……」


獄寺くんは観覧車が見える方向に向かっている。

「あいつの領土」って言うから、俺は山本のいる城にでも向かってるのかと思ってたんだけど。

だん、と一際強く枝を蹴り、高く跳躍した獄寺くんが塀に飛び移る。

俺の目の前に広がるのは。


「…………ここ、遊園地?」

「はい!」


元気に答える獄寺くんの頭の上でひこひこと得意げに耳が動く。

高い高い塀の上からは園内が見える。驚くほどに広い遊園地だ。

定番の遊具から、見たことのないアトラクション、建設中のものまでカラフルな色合いが眼下に広がる。

……ここが目的地?人が多いから紛れられると言えば紛れられるけど。


「すいません、ちょっと耐えてください。」

「え。」


とん、と塀を蹴る。

飛び移る先は、無い。





ということは。





「っ〜!!!!!!!!!!」


ぞわぞわと尾てい骨から背筋を駆け上る不快過ぎる浮遊感。

も〜!!!!またかい!!!!

山本と落ちた穴程は長くは無いけれど、それでも塀はそれなりの高さがあった。

そこから飛び降りられたのだ。二回もこんな目に合うなんて……!!!!


「っと。着きましたよ。」

「…………っ」


着地の衝撃は無かった。さすが猫。

ついしがみついてしまっていた獄寺くんの首から手を離すと丁寧な動作で地面に降ろされた。

あ、足がふらつく……まだ心臓バクバク言ってるし。


「おいおいおい、お前も隅に置けねぇなぁ〜。お持ち帰りとはやるじゃねえか!」

「!」


支えてくれる腕にすがりつくと、背後から冷やかすような声が飛んできた。

びしり、と体が固まる。

…………………………………クローム、なんでこの人まで呼んだ。


「ちっ。居やがったか。」

「見てたぞ〜。だ〜いじに抱えちまって。お前にレディの扱いの心得があったとはなぁ。」

「……うるせぇ。」

「照れんな照れんな!!っか〜!!若いね!!」


オヤジ丸出しの相手が近付いてくる。

……それ以上、寄らないで欲しいんだけど。

そろそろ後退る俺に獄寺くんは持っていたファーを巻き付け背後に押しやる。


「ご、獄寺くん……『あいつの領土』ってもしかして。」

「……すいません、フラフラ客ナンパしてていねぇと思ってたんですが……」

「内緒話か〜。」

「寄るな。あっち行ってろ!」

「おいおい、隼人〜。せっかく来てくれたかわいこちゃんに挨拶も無しなんて愛の伝道師失格だろうが。
……………ん?クロームちゃんじゃねぇのか。」


ぎくりとする。気付くの早い!

俺は獄寺くんの体を盾にファーを引き上げて顔を隠す。


「人見知りな子猫ちゃんか。隼人も意外と…………………………」

「………………………」


俺達の寄るなオーラを完全に無視して相手は近付いてくる。

獄寺くんの尻尾の毛がブワッと膨らんでる。

顔を見なくてもにまにま笑ってるのが声で分かる。すぐ側で見下ろされて首を竦める。


「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「……………………楽しいか、ボンゴレ坊主。」

「真顔で聞くな!!」


ベシン、とファーを相手の顔に叩きつける。

シリアスな顔で言うな!!

なんだその反応は!!からかわれた方が遥かにマシだ!


「夢だから普段抑えてた性癖が剥き出しになったんじゃねぇのか?そんな浮かれた格好してよ。」

「シャマルに言われたくないよ!!」


心底哀れむような顔をしたナンパオヤジはもう色からして浮かれた格好をしている。

黄色。もうド黄色だ。春色どころかイカレた黄色。

ベストも上着も黄色。腰からはなんでか馬の人形をぶら下げていて、ニッカポッカズボンの下の靴下も黄色。

シャツやら上着やらのあちこちに音符が描かれてて、どこの大道芸人かと聞きたいくらいだ。


「なんだよ。クロームちゃんの見立てだぜ?イカすじゃねぇか。」

「どこがだ……」

「イカレた感じはぴったりだけどよ……」


本気で言ってるのか、このおっさん。こっちが哀れみたいわ、そのセンス。

顔を見合わせる俺たちを余所にシャマルはぽん、と俺の肩を叩くとうんうんと一人頷いている。


「いくらレディたちに相手にされないからってその年で人生に見切りをつけるとはな……
いや、だがよく思い切った!確かにお前は女日照りだが野郎にはモテる。
新しい世界への扉を開くのに早いも遅いもねぇ。その路線でやっていくというなら止めはしねぇ。
ただしいくら俺が色男であろうとノーマル以外は受け付けねぇ。色目は他の奴に使え。
あと俺の目につかないとこでいくらでも倒錯の世界に」

「獄寺くん、Xバーナー撃ちたい。」

「グローブ無いのが残念ですね。きっとスカっとしたんですが。」


にっこり笑って言うと獄寺くんもキラキラした笑顔で同意してくれた。

今なら人生でも最大出力の炎圧を叩き出せると思うんだけどな。


「……冗談だっての。殺気引っ込めろ、凶悪主従コンビ。」

「てめぇが悪ノリすっからだろ。」

「これくらい許されんだろ!
ったくクロームちゃんが呼んでるって出て行った時はあんなに乗り気じゃなかったくせによ。
いざ帰ってくりゃガラス細工みたいに大事に抱えてよ。
隼人がそんなに丁重に扱うレディ、一体どんなお姫さま連れてきたのかって期待したのにボンゴレ坊主とはな。
……………冷静に考えりゃそれ以外、有り得ねえのは分かってたんだがな。
しっかし坊主がプレイヤーか……道理で俺が『攻略対象外』な訳だ。友情出演ってのはこのことかよ。」

「?」


最後の方がよく聞き取れなかった。

シャマルはがしがしと髪を掻きながら俺をジロジロと見てため息をつく。

分かっちゃいたけどつくづく失礼な男だ。


「坊主……またお前、悲しくなるくらい違和感ねぇな……まだ気持ち悪さがありゃ救いがあるのによ。
守護者の紅一点にまでヒロイン認定されるなんざ生きてて虚しくならないか、男として。」

「るせー!!!!余計なお世話だ!!!!」


だから、本気で哀れむなっつの!!










続く…





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