13.森は彼の領域





「っは……はぁっ、ふっ……」


呼吸が辛い。喉の奥から鉄の匂いがしそうだ。

足に纏わりつく布地が邪魔で仕方がない。

足がもつれそうになるけれど、俺の手首を掴む手が転ぶより先に前へ前へと引っ張っていく。


「わっ!」


ガン、ガンと鳴り響く銃撃の音が絶えず鳴り響く。

その一つが当たったのだろう、ザスッと顔の真横の枝が弾け飛ぶ。

至近距離でのことに背筋が冷える。

走りながら後ろを向けばニタリと笑うウサギ。絶対わざとだ……!!


シャマルの言った通り、遊園地の外に出た途端にこれだ。

待ち伏せしていたザンザスと見事に鉢合わせてしまった。

そこからは森の中を実弾付き鬼ごっこだ。こっちが丸腰なのをいいことに遊ぶ気満々なのが腹立つ……

唯一の救いは障害物が多すぎてザンザスが銃での高速移動が出来ないことか。


「ちっ……あの野郎……!」


俺の手を引いていた獄寺くんが上体を捻って腕を後ろに突き出す。

その手にはいつの間にか猫の耳と同色のピンクの銃があった。

パンパンと数発弾を撃ち込むと、木の陰に俺を押し込み更に一発。

獄寺くんが身を屈めると、ガウンガウンとまた銃撃音が。止めばこちらが撃つ。

まるで映画で見るマフィアの銃撃戦のようだ。


「……いや、マフィアなんだけど。」

「埒が明かねえな……10代目、後ろはどうにかしますんでここから真っ直ぐ突き進んでください。」

「え?真っ直ぐ?」

「はい。」


パン、と銃を撃ちながら答える獄寺くん。

確かにグローブの無い、足手纏いな状態の俺が近くにいたらハンデが多すぎる。

俺は身を低くしたまま次の木の陰に走り込む。

振り返れば獄寺くんも応戦しながらこちらに移動している。

それを確認して、言われた方向に木を盾にしながら進んでいく。

ホントは一気に走り抜けたいところなんだけど偶に流れ弾が飛んでくるから気が抜けない。


「っはあ……」


木の幹に隠れて息を吐き出す。銃撃音からは大分離れた。

向かう先を見つめても木しか無い。

シャマルは城までかなりの距離があるって言ってたけどこのまま向かうとなるとえらく時間がかかるな……


「ん?」


木しか無いと思っていた風景に、なにかおかしなものが見えた。

流れ弾を警戒しつつ、そちらに走り寄る。近づけばやっぱり気のせいではない。


「扉?」


森の中に、赤や黄色、茶色に青と色から大きさからノブの種類まで違う扉がある。

それがあちこちの木の幹にデタラメにくっついているのだ。


「な、なんだこれ?」


飾りかな?なにか用途があるとは……思えないんだけど。

でも何のために誰がこんなものを?

近付いて見れば絵ではなく、本当に本物のドアだ。素材もノブも本物だ。

……もしかして、開いたりもするんだろうか。

ちょっとした好奇心から近くのドアノブに手をかける。









その瞬間、うなじの毛が総毛立つような冷気を感じ取る。








「!!」


俺が横に飛び退くのと同時に激しい掃射音。一瞬にして開こうとしていた扉が見るも無惨な姿に変わる。

穴どころか残骸と化したそれから、ぎぎ、と軋んだカラクリ人形のように後ろに視線を向ける。


「見つけたぜ、ツナ」


薔薇と羽根、カードが目立つシルクハット。

キラキラした笑顔はいつも通りなのに纏う空気と手にした薔薇の飾りのマシンガンが怖い。

……ザンザスだけじゃ無かったんだ。

こっちでもやっぱりマフィアのボスなディーノさんが気怠げに木に凭れている。


「ディ、ディーノさん!殺す気ですか!?」

「何言ってんだ。そんな訳ないだろ?ツナなら避けるって分かってたぜ。」


そんな信頼嬉しくない。

反応遅かったら穴だらけになってたのは俺だ。いくら夢とは言えども痛いのは御免だ。

ばくばくと激しく鼓動を打つ心臓を抑えてヨロヨロと後退る。

ディーノさんは如何にも億劫そうな態度なのに、まったく隙が無い。

笑ってるのに目だけが不穏に光ってる。

気圧されてまた一歩下がると後ろの木に背中がぶつかる。

なんだこの絶体絶命感……!!


「……そんなに怯えなくてもいいだろ。
なにもすぐに取って喰おうって言うんじゃねぇんだ。」


木から身を起こしたディーノさんが、マシンガンの銃口を手に打ちつける。

するとマシンガンが手品のように一瞬でステッキに変わる。


「追われる理由が分からないんですが!」

「追ってなんかない。迎えに来ただけだ。」

「迎え?」


スタスタと近付いてくるディーノさん。

害する気はない、と言うように両手を広げて見せるけれど俺の警戒心は薄れない。

ディーノさんから目を離さないようにしながら幹の後ろに回り込む。


「ああ。ツナが『滞在地』決めちまう前に確約とっとこうと思ってな。」

「……滞在地?」

「聞いてないのか?お前のゲームのルール。」


聞き慣れない単語を鸚鵡返しに繰り返すとディーノさんが意外そうな声をあげる。

ルール……というか簡単な説明ならスクアーロから受けたけど。

ディーノさんは立ち止まると口に手をあてて何か考えるような仕草でじっと木を盾にしてる俺を見やる。


「……ふむ。そうか、知らないのか。……好都合だな。」

「?」


ぼそっと最後に呟いた言葉だけがよく聞き取れなかった。

ただ、そのあとディーノさんが浮かべた胡散臭いまでの笑顔にあまりいい予感がしない。


「なあ、ツナ。俺が全部教えてやろうか。」

「……その代わりに何を要求する気ですか。」

「分かってるだろ?」


ディーノさんの手が頬に触れる。

触れ方は優しいのに背筋がぞくぞくする。狼目の前にした羊の気持ちだ……


「ディーノさん、なんか物凄く悪役っぽい自覚ありますか。」

「あるぜ?怯えるツナも可愛いな。すごくそそる。」

「……………………」


この人怖い。

きっと土台ってやつの影響だと思うんだけど。

俺の兄弟子はこんなじゃない筈だ。


「!」


じりじりと後退る俺を面白そうに見ていたディーノさんが、突然ステッキを掲げる。

キィン、キンと高い金属音が立て続けに響き、何かが足元にぱらぱらと落ちた。


下を見れば、見慣れたくもない弾丸が転がっている。

何が起こったのか、まったく見えなかったんだけど……

まさかこの人、今ステッキで銃弾叩き落とした?


「なんでてめぇまでいやがんだ……キャバッローネといい、帽子屋といい、てめぇのファミリーは暇なのか。」


俺の後方に銃を構えた獄寺くんがいる。さっきの銃撃犯は彼のようだ。

心底うんざりした口調の獄寺くんはよく見ると髪や尻尾の先が所々焦げたような跡がある。


「危ねぇなぁ。当たったらどうすんだよ。」

「笑ってやる。」


酷ぇな、とちっとも動じてなかった癖に、ディーノさんはわざとらしく肩を竦めている。

けれど獄寺くんは銃をディーノさんに向けたまま警戒を緩めない。


「10代目から離れろ。油断も隙もねえな、てめぇらは。」

「それはこちらのセリフじゃねぇのか。…………しっかし。」


とん、とステッキを肩に当ててディーノさんは獄寺くんの全身をじろじろと見やる。


「改めて見るとお前、すんげぇ面白い格好してんな。しかもドピンク………ぷっ。」

「るせぇ!!好きでやってんじゃねぇ!!てめぇも人の事言えねぇだろ!マジシャンみたいな格好しやがって!!」

「…………………」


どっちも俺も思ってたけど言わなかったのにな。

俺自身も愉快な格好してるし。……不本意ながら。

俺を挟んで睨み合っているディーノさんと獄寺くんは軽口のような応酬をしながら互いの隙を伺っている。

そこにガサガサと草を踏み分ける音が近付いてくる。

今ここに来そうな人間なんて一人しかいない。


「もう来やがったか。10代目、こちらに。」


油断なく銃を構えて視線もそのままに、獄寺くんが左手を俺に向けて差し出す。

ちら、と見上げるとディーノさんは薄く笑ったまま獄寺くんを見ている。

俺のすぐ近くにディーノさんがいるから背中を向けたく無いんだけど……


「10代目、俺を信じてください。悪夢でも俺があなたを危険な目になんて合わせません。」


どうしようかと迷っていると、獄寺くんの真摯な声。一瞬だけ、視線をこちらに向けて笑ってくれる。

それが俺の背中を押した。


「ちょこまかしやがって、野良猫が。」


俺が獄寺くんに走り寄ると、地を這うような不機嫌な声がした。

がさりと低い草木をかき分け踏みつけ、似合わない兎耳の男が獄寺くんの後方から現れる。

ザンザスと兎なんてミスマッチで笑いを誘いそうなところなのに、むしろ怖さが増す不思議……


「今度こそ丸焼きにしてやる、ドカスが。」

「……10代目。」


ガチリとザンザスの二丁拳銃を突き付けられる。

けれど獄寺くんは逃げる素振りどころか振り向く様子も無い。

ディーノさんに銃を向けたまま片腕で俺を抱き込んでひそりと囁く。


「そこに、青い扉があるの見えますか?」


青い扉?

獄寺くんのファーの陰から見ると彼の斜め後ろに一際鮮やかな青色の扉があった。俺が屈んで通り抜けられるくらいの高さと幅だ。

他に近くに該当する扉はない。あれだと思う。


「うん。」

「隙は作るんであれを抜けてください。直接ではないんですが近くに『繋げて』あります。」

「繋げて?」

「行けば分かりますんで。」


にこ、と笑う獄寺くん。

緊張した空気には変わりないけど追いつめられた感はまったくない。

説明してる間は無いけど、なにか作戦があるようだ。

黙って頷くと緑の猫目が目の前に降りてくる。


「!」


ゆっくりとした動作だったのに、如何にも猫らしい仕草だったから避けるという考えも浮かばなかった。

ちろ、と口の端を舐められたことに気付いた時にはとん、と背を押されていた。

よろめきながらも扉のノブを掴む。青い扉を押しながら振り返ると走り出すピンク色の猫の背中。

パン、という音を合図にマシンガンの掃射音と重い銃撃音が鳴り響く。

ザンザスかディーノさんか分からないだれかの叫び声を振り切り扉に飛び込んだ。










続く…





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