14.目的地周辺です パタン、と扉が閉まる。 それと同時に背後にあった銃撃戦も喧騒も聞こえなくなった。 「ん!?」 目の前にあるのは綺麗に剪定された木。人工的なものだ。 どこまで見ても薔薇薔薇薔薇。それが迷路になって広がっている庭園だ。さっきまでいた森じゃない。 ふと見上げれば高台の上にものすんごくファンシーというかメルヘンというか、とにかく赤とピンクと白が基調のハートだらけの城があった。あれがハートの城だろう。 さっきまでは影も形も見えなかった筈だ。木に生えていた扉からなんでこんな所に抜けたのか。 後ろを見ると、青いドアは何もない場所に最初からあったオブジェの用に立っている。 すんごい有名な猫型ロボットが出すどこでもなんちゃらのように。 「あ。」 ゆらりと扉が陽炎みたいに揺らいだ。俺の見ている前でスウ、と空気に溶けるように薄らいでいく。 慌ててノブに伸ばした手が空を切る。縋る俺を余所に扉は消え失せてしまう。 「……どーなってんの。」 扉が無くなれば森にいた痕跡は何もなくなる。見渡す限りの薔薇の庭だけ。 なにがどうなってこうなったのかさっぱりだけど、こうなったら本来の目的を果たすしか無い。 俺は高台にある城を目指して入り組んだ薔薇の道を歩き出す。 幸い、本気で迷わせようとする造りではないらしい。お遊び程度の迷路だから俺でも抜けられそうだ。 距離はあるけど途中に噴水やらベンチもあるから休憩しながら進める。 途中で兵隊とか城の関係者に見つかったらどう言い訳しようかと冷や冷やしたけど誰にも遭遇しない。 安心したけど警備はこれでいいのか、この城。 「ふう。」 夢とはいえ体力は消耗するらしい。ベンチに腰を下ろして一息つく。 城だけあって広大な庭だ。途中何度か道間違えたとはいえ結構疲れる…… ザッ!! 「!!!?」 パラパラと髪が数本、手の甲に落ちた。 切られたからと理解したのは、顔の横に剣の切っ先が生えているのが見えたから。 呆然とする俺の脇で生け垣を貫いた剣先がずず、と斜めに薔薇の木を切り裂く。 な、なんだぁ!? ベンチから慌てて立ち上がり距離を取る。 振り返ると剣先がザクザクと花を散らし、木をへし折り生け垣を無惨に破壊していく。 な、何か薔薇に恨みでもあるのかな…… 呆然と見ていると生け垣に空いた穴から灰色の手袋を嵌めた手が伸びる。 バキバキと薔薇の枝を折り折り穴を広げていく。 ……まさか通り抜ける気?こっちに来るの? 正直回れ右して今すぐにでも走り出したいんだけどスクアーロが言っていた言葉を思い出す。 ――ゲームのプレイヤーはテメェ一人らしい。単純に相手選んでそいつに会いに行ってりゃそのうち終わる。―― ――この世界にいるヤツだ。山本や俺の他にもいるから適当に全員会いに行ってその中から一人選べばいいはずだ。―― つまり。 この悪夢終わらせるには『全員に』会わなくちゃいけない訳だ。 物騒な薔薇の破壊人とはいえルールはルール、逃げたいけどルール、足震えるけどルール! とにかくちょっと見て目があったらすぐ逃げよう。会ったことにはなるはずだし。 そうすれば大丈夫!会ったことには変わりない! 覚悟を決めて、相手が出てくる筈の穴を見つめる。 誰だろう……危険人物で無いことを祈りたい。望みは薄いけど。 ドキドキと嫌な方向で高鳴る心臓を押さえている俺の前で、穴を潜り抜けてきたのは。 「ふう。やっと出られた。」 「!!」 薔薇の穴を抜けた相手を見てゴーン、と頭の中で寺の鐘が大音響で鳴った。 この可能性は考えて無かった!いや、正確には敢えて夢にいるかいないか目を反らして考えないようにしていたのに……! 相手は髪や服についた葉っぱを払い落としながら固まっている俺を見て首を傾げている。 「君……」 「危険人物」というと一番に思い出す人。 むしろ代名詞な人が、俺を見下ろして不思議そうな顔をしている。 「君、いつからヨークシャテリアになったんだい?」 「ひ、」 「?」 雲雀さんだああああああああああああ!!!! どういう基準で選ばれたんだ!クローム、雲雀さんまで巻き込むなんて! しかもなんかデカい。ディーノさんやザンザスと同じく十年後サイズだ。逃げられる自信、俺には無い。 いろいろ自分の末路を考えて血の気が引いてる俺を余所に雲雀さんはつかつか歩み寄ると俺の頭を真上から鷲掴んだ。 「!?」 「……地毛だね。ポメラニアンやめたんだ。気に入ってたのに。」 わしわしわしと頭を確認してるのか撫でてるのか分からない強さで揉まれる。 握りつぶされそうでこっちは生きた心地がしない。 「そういえばなんかちっちゃいね、君。縮んだ?」 「いえ、雲雀さんが巨大化してるんです……」 「ん?そうなの?」 「はい。」 パチパチと瞬きしてるとこを見ると今気付いたらしい。 感情が表情に直結するところを見ると中味はやっぱり今の雲雀さんで間違いないらしい。 十年後の雲雀さんはもっと分かりづらかったもん。 「あの、雲雀さん。なんであんなとこから出てきたんですか……」 頭をわしわしされたまま、今雲雀さんが抜けてきた生け垣を横目で見る。 見るも無惨な状態の薔薇の壁。しかも今気付いたんだけど向こう側にその状態の生け垣が延々と続いていた。犯人は分かり切っている。 「出口が見えないから作ってた。」 「……ものは言い様ですね。」 この破壊行動を良心的に見ればそういう言い方になるのか。 串刺しにされかけた身としては無理だけど。 「要は迷ってたと。」 「うん。狩りに夢中になってる間に道が分からなくなったんだよね。」 「……………狩り?」 ここで? とても狩り場には見えないけど一体なにが狩れると言うのか。 なんとなく予感はしてるので疑問を口にはしなかった。けど表情には出ていたらしい。 「なんか道のあちこちに同じ槍と同じ服の群がいたから取り敢えず咬み殺して……あ、違うね。トンファー無かったからこれでさっくり斬」 「ストップストップ!!それ以上はいいです、聞きたくないです!!!!」 両方の耳を押さえて首を振る。 それでか。それで誰も居なかったのか。城なのにおかしいと思った! こんな人に刃物与えないでよ……まだトンファー装備の方がマシだ! 雲雀さんは抜き身で持っていた剣を――生きた心地がしなかったのはこれのせいでもある――腰の鞘に収め溜め息をつく。 「君が聞いた癖に。我が儘だね。」 「俺が聞いたのは何で薔薇切り刻んで突き進んでたのかです。 城の兵士の行方は知りたくなかった……」 「とりあえず手っ取り早く迷路から出ようかと思ってね。 どうせ曖昧にしか道、覚えてなかったし。 並盛だったら絶対迷わない自信あるんだけど。」 手を庇のように額にあてて城を見上げる雲雀さん。 夢の中でも並盛への以上な執着と愛は健在らしい。 でも黒曜中乗り込んだり戦闘で遠征することもあるから方向音痴って訳じゃなさそうなんだけどな。 こんな簡単な迷路で迷うなんて意外だ。 「……俺、城まで行くんで案内しますよ。」 「君が?道分かるの。」 「なんとなくですが。」 「ふ〜ん……じゃ、任せるよ。」 即決で断られるかな〜とも思ったんだけど雲雀さんは大人しく付いてくる気らしい。 多分、飽きたんだと思う。迷いすぎて。 とにかくこの薔薇だらけの庭から出たいんだろう。 先に立って歩き出そうとすると「ちょっと待って」と呼び止められた。 「忘れてくとこだった。」 雲雀さんは無惨な状態の生け垣に手を突っ込んで何か探っている。 かつ、と腰に下げている剣がベンチにぶつかりそういえば、と首を捻る。 雲雀さんがいることに驚いて忘れてたけどこの人なんの役なんだろ。剣を持ってる登場人物なんかいたかな? 服装はこれまた全身黒い。学ランにスーツに着物に黒以外の服があるのか疑問なとこだけど夢までとはね。 赤い縁取りと金のダブルボタンのシンプルなデザインの服だ。 それに濃い灰色の手袋とブーツ。何かの制服なように見える。 全体的に大人しめだから腰にある金色の鞘と赤い柄がとっても目を惹く。 大人の雲雀さんの身の丈半分はあるし、幅も結構ある。なかなかの存在感だ。 「ん?無いな……」 首を傾げながらガサバキと薔薇の木に更にダメージを与えている。 動作がいちいち中学生の雲雀さんなんだよなぁ……大人の雲雀さんと言えば耐えず切れ味の鋭い抜き身の刃って感じで近くにいるだけで緊張したのに。 今も黙って立ってれば孤高の剣士っぽく見えると思うんだけど。 「剣士……いやいや柄じゃないか。もっと悪役っぽいの……殺し屋とか?辻斬り魔?う〜ん。普段から雲雀さん物騒だからな。」 「綱吉。君のその、考えたことが顔か口に出るお馬鹿なとこ嫌いじゃないよ。甘噛みしたくなるね……よっ、と。」 探し物を見つけたらしい。 ずる、と雲雀さんが薔薇の間から引きずり出だしたのは花の色にも負けない強烈な色の布。 「剣士はなかなか近かったのに。そこからどうして殺し屋に行くかな。」 そうぼやきながらばさりと広げたのは赤い赤い軍服のコート。 学ランのようにコートを肩にかけた雲雀さんがくすりと笑う。 「悪役だなんてとんでもない。僕は騎士だよ、『ハートの騎士』。並盛の秩序にはぴったりだろう?」 「……………」 雲雀さんが、騎士。 ……………無いな。夢でも無い。 やっぱ辻斬り魔決定だ。 続く… |