15.騎士とは名ばかり





うんうんと一人頷いていると、雲雀さんがにっこり笑う。

………剣の柄に手をかけて、だ。


「綱吉。なんだかとっても失礼なこと考えてないかい?」


チャキ、と鞘から刃が僅かに覗く。俺は首を激しく横に振って否定する。

怖いよ!ただでさえ怖いのに巨大化してるから威力倍だよ!!刃物で三倍だよ!!

大体一般市民を剣で脅すのは悪代官だよ、騎士の所業じゃないよ!!

クローム……俺の身の安全を保証するならまず第一に除外すべき対象をなんで寄りによってバージョンアップさせたんだ……!!もうファイナルウェポン過ぎる!!


「違うの?だったらなにを考えてたの?」

「あの、え〜っと……く、黒以外着てるの初めて見たなと。あ、赤も似合うんですね!」


迷路の庭の一角に立っていた街灯を盾にしてそう答える。

ホントに思ってたから嘘はついてない、嘘は。

びくびくしながら伺うと、雲雀さんはこの答えは気に入ったらしい。剣から手を離してくれた。

良かった……辻斬りされるかと思った……


「うん、赤も嫌いじゃないよ。黒と一緒で返り血目立たないしね。」

「ははは……」


なんて物騒な理由だろう。

引きつる俺を余所に雲雀さんは上機嫌なようだ。

サクサク歩き出した騎士に慌ててついて行く。

道分からないって言ってたのに先行かれたら困る。

薔薇が続く庭を城目指して歩いていると、あちらこちらに崩された生け垣がある。雲雀さんの仕業に違いない。

行く先々にあるって事は多分、雲雀さんは今と真逆に城から出ようとしてたとこだったんだろう。

……城に向かったら反対方向だし、外に案内するべきだったかな?

今更ながらにそう気付いた。まだ半分も行ってないし、今からでも引き返そうかな。


「ひばっ……!?」


振り返ると至近距離に雲雀さんの顔があった。驚いて思わず仰け反ってしまう。

こんな密着寸前の距離にいたのに気付かせないとか……人間としておかしいのは知ってたけど雲雀さんはやっぱ生き物としてもおかしいに違いない。


「なに?」

「それは俺のセリフです。って近い近い。近いです。ちょっと離れてください。」

「君縮んでるから距離感掴めないんだよね。」


嘘つけ!!!!いつもこんな近くないし!!

更に距離を詰めようとする雲雀さんの両肩を押し返す。

近いだけでも怖いのに上から来るから圧力を感じる……


「雲雀さん、外に行こうとしてたんじゃないんですか?戻っちゃいますけど、このままだと。」

「うん。退屈だしいいこと思いついたから実行しようと思ったんだけどね。」

「いいこと?」

「ひとまず人質が必要だから捕獲に行こうかと。」


どこの世の騎士道に「人質捕獲」なんて言葉が出てくるんだ。

至極真っ当な意見は頭の中だけにして口では「へ〜そーなんですかー」と適当な相づちをうつ。俺にも最低限の学習機能はある。


「近くまで来てる気がしたんだよね。当てが外れたけど。」

「はぁ。」


狙われた相手はきっと強運の持ち主だったんだろう。雲雀さんの魔の手から逃れるとは。


「でもまさか君がこんなとこにいるとは思わな、」


唐突に雲雀さんの話が途切れた。

何かあったのかと顔を上げると、視線がぶつかった。

雲雀さんは俺の全身を無遠慮にジロジロと見やり首を捻る。

?なんだろう。


「……綱吉。なんで君そんな人形みたいな格好してるんだい?」

「へ?」


今度はこちらが首を捻る番だ。

この人は何を言っているんだろうか。俺はさっきからこのまんまだけど。

まさか気付いてなかったなんてことは……

そんな訳ないと思いつつ尋ねてみればムッとした顔を返される。


「君の犬種が違うのは気付いてたよ。」

「残念ながら俺は人間です、雲雀さん。」


テリアにもポメラニアンにもなった覚えはない。

髪に気付いてなんでこんなおかしい服装見逃すんだ……雲雀さんの目には特殊なフィルターが付いているに違いない。


「これは寝てる隙にクロームにやられたんです。」


俺はピラピラのスカートをつまみ上げて夢でクロームに会ったことや今に至る経緯を簡単に説明する。

雲雀さんは口に手をあてて考え込む仕草で静かにそれを聞いている。

話が終わると雲雀さんはじぃっと俺を見てから口を開く。


「綱吉。人質は諦めるよ。」

「………はい?なんですか突然。」

「『アリス』あの子だと思ってたんだよね、僕。
クローム髑髏には興味無いけど骸釣る餌くらいにはなるかなって思ってたんだ。
彼、のらりくらりと戦闘避けるし退屈凌ぎになるし。」

「雲雀さん、ホント歪み無い騎士道精神デスネ。」


潔いまでのヒール思考だ。オープン過ぎてもう清々しい。

でも諦めてくれたなら良かった。今の俺には対抗手段が無いから止めようが無い。

どちらにしろクロームはこの夢の世界にはいないから大丈夫なんだけど。


「ところで君、手袋と薬は持ってるの。」

「いえ。持ってると格ゲーになるからって。」

「なるほど。」


雲雀さんが俺の肩にぽん、と手を置く。いつになく友好的な態度に驚いて顔を見上げる。

ぽかんとした俺の反応がおかしかったのか、くすりと笑みを零す格好だけの騎士。



「それは好都合だね。」




にっこりしたままだから、言葉に含まれた不穏なものに気付くのが遅れる。

肩に乗せられた手に力が籠もり、薔薇の壁に勢いよく背中から叩きつけられる。

パキリと枝が折れる音に「逃げなくては」とようやく思い至った。

薔薇の棘なんかより雲雀さんの方がよっぽど危険だ。


「痛っ、あ!!」


すぐに行動に移そうとしたけれど、身動きが取れない。

夢で伸びた髪が、ぶつけられた拍子に薔薇の枝に絡まってしまったのだ。

毛先なら引きちぎってでも逃げた。でも運悪く後頭部の髪も巻き込まれている。

長い髪って予想以上に、邪魔!!!!

当然、そんな隙を雲雀さんが見逃すはずもない。

髪を外そうと持ち上げた両手首を掴まれ顔の両側に固定される。


「小動物捕まえたっと。」

「な、なななな、なんですか突然!!なんなんですか!!」

「綱吉が『アリス』ならゲームに忠実になってあげようと思ってね。
取り敢えず、交流が大事らしいから遊んであげる。
いつもよりちっちゃくて細いから壊しちゃうかもしれないけど。」


さあ、と血の気が引く。

大人の雲雀さんには修行で散々しごかれてイジメられて遊ばれていた。

あの人は飽くまでも『遊び』だから全然本気出してなかったんだけど、歴然とした力の差があった。

今の雲雀さんは多分、『大人』の自覚が無い。

現に俺の手首がミシミシ言ってるのに気付いてない。中学生の時と同じ感覚なんだと思う。


「ひ、雲雀さん……!!残念ながら俺グローブ無いんで満足頂ける遊びは不可能かと!」

「そう。でも心配しなくても大丈夫だよ、遊び方はいろいろあるから。」


にこ、と目の前で笑う雲雀さんに戦慄が走る。

メドゥーサとでも目が会った気分だ。いや石になった方がまだマシかもしれない。


「ひゃ……っ!」


近さに耐えられずに顔を背けたら、かぷりと耳を食まれた。

ガブガブと甘噛まれてくすぐったさに身をよじる。


「ひうっ!や、やめてくださいぃ〜!」

「やだ。」

「ふ、うひゃあ!?」


耳朶から首筋を伝って、雲雀さんの尖った舌先が降りてくる。

顔の向きを変えようとしてもいつの間にか顎を掴まれて顔を固定されている。

片手は解放されているけれども、胸を叩こうと押し返そうと雲雀さんに応えた様子はない。


「ん……」

「!!」


ぐい、と顎を掴む手に無理矢理上向かされる。

それは急所を晒させる行為だった。俺が声を出すより先に、喉笛に歯を立てずに食らいつかれた。

ひくりと喉の奥が引きつる。


「ふふ、そんなぴるぴるされると期待に答えたくなっちゃうな。
このままぱくっといこうか?」


ぐ、と首に当たる歯に力が入る。

「ぱくっと」なんて可愛い表現で終わるわけが無い。文字通りに咬み殺されるよ、これ!

本能的な生命の危機に頭の中がぐるぐるしてきた……

ぎゅっと目を閉じるとクスクスと笑い声が降ってくる。


「どうしようか、ね?綱吉。
ぷるぷるする君ってすっごくイジメたいんだけど、今はちっちゃいし。
ちっちゃくて可愛いのは撫でてあげたいけど綱吉だし。綱吉はやっぱ美味しそうだし……」

「な、撫でるところだけお願いしたいんですが!!」


上向かされた目の前でぺろっと舌なめずりをする肉食獣。

無理だとは分かってるけど希望を訴えてみる。

俺としては無駄な足掻きだと思っての行動だったんだけど雲雀さんはそう取らなかったらしい。

ぱちくりと瞬きを繰り返したあと満面の笑みで覆い被さってくる。


「!?」

「綱吉……まさか君からおねだりされるなんてね。」

「え?え?」

「いい子。」


お願い通りによしよしと頭を撫でられて、ぽかんとしてる間に首の下あたりに吸い付かれる。

服の衿の内側に濡れた感触。


「いい子だから、優しくしてあげる。」


ぴっ、と嫌な音。

慌てて下を見れば襟元をくわえて、更に逆側を掴んで引っ張る雲雀さん。

布地が限界まで引っ張られて今にも裂けそうだ。

ぎらついた目でニィと笑う騎士の格好の獣。


こ、こんなとこで何する気だあああああ!!!!!!









続く…





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