16.庭園にいるウサギは 必死に自由な足と片手をバタバタさせてると衿を引っ張る力が緩んだ。 や、止めてくれた?諦めてくれたのかな? ほっとしていると不満そうなうなり声が聞こえてきた。 視線を下げると衿を掴んだままそこをじっと見てる雲雀さん。 「な、なんですか?」 「……………破けない。おかしい。」 おかしいのは雲雀さんです。屋外で脱がそうとするな。 けど雲雀さんは眉を寄せて布地を睨みつけている。 「これ何で出来てるの?普通の素材じゃないよね。」 まじまじと俺の服を見ている雲雀さんに俺も首を傾げる。 確かにさっきは布が裂けそうな音してたし俺も覚悟を決めかけた。 でも服はどんなに雲雀さんが力を込めても破ける気配がない。 そういえば、この服にボタンも縫い合わせも無かったことを思い出す。普通、そんな服は有り得ない筈。 クロームの言っていた「なるべく危なくならないようにする」ってのにこれも入るのかも。意外な安全策に心の中で拍手だ。 「破けないなら仕方ない……」 溜め息をつきながら雲雀さんは空いた手を俺の背中に回す。 しゅるりと音がしてエプロンの結びを解かれる。 ……仕方ないって諦めるなら嬉しいけど、真逆の反応をしてる気がする。 恐る恐る雲雀さんの顔を見上げると。 「着たままって言うのも悪くないよね。」 ―――満面の笑みだ。 どうやら萎えるどころか燃え上がっちゃったみたい……風紀はどうしたんだ、委員長。 「ひ、雲雀さん。ここ、外です。屋外です!女王様のお庭です、風紀上大変よろしく無いです!」 「大丈夫だよ。僕、ここの警備も担当らしいから。」 「尚悪い!!!!」 警備担当が兵士倒した挙げ句にこれとか! もうクビにすべき!!この人向いてないよやっぱり!! ほどけたエプロンを剥ぎ取ろうとする手を払いのける。 「雲雀さん!」 「綱吉うるさ、むふっ!!」 「?」 「むふ」ってなんだ。 そろりと目線を上げると、眼前にあるのは雲雀さんの顔ではなく。 「……………」 「……………」 「……………」 視界一杯にある赤いチェック柄とひょこっとした白い房。なんか見覚えがある。 更に上を見ればぴんぴんと伸びた白くて長い耳。 少し離れて見ればとても面白い状態になってるのが分かる。 赤い服着た白いウサギが、雲雀さんの顔に貼り付いてる。 「………………なんの真似だい。」 ウサギの襟首を掴み上げ低い声を出す雲雀さんの眼前で、ウサギはぶら下げられたまま元気よく右手(?)を上げる。 ウサギ姿でも分かる山本の仕草だ。 「よ!雲雀ひっさしぶりだな!」 「ああ、奇遇だね。」 「いい天気だろ?こういい天気だとキャッチボールしたくならねぇ?」 「その気持ちは分からなくもないよ。でもなんで君自身がボールみたいに飛んできたのか訳が分からない。」 「偶にはボールの気持ちになるのも大事だろ。」 「大事、かな?君はボールよりキャッチボールする相手の気持ちを知った方がいいんじゃないの。」 声が低いままだから怒ってるのかとも思ったんだけど、雲雀さんは掴み上げた白ウサギをそっと地面に降ろすと自分もそこに屈み込む。 中身は間違い無く山本の筈。けど外見の影響だろう、雲雀さんのウサギの扱い方は至極丁寧だ。 この人、ホントに人間以外には優しいよなぁ……特に小動物。 白ウサギは俺の前に現れた時のように、後ろの二本足で立って前足を頭の後ろに組んでいる。これもよく山本がやる仕草だ。 「ん?それ、あれか?雲雀がキャッチボールの相手してくれるっていう」 「ヤダね。」 「まーまー、そう言わずにさ。やってみたらきっと面白いぜ!」 「兵隊とやりなよ。」 「それがみんな俺がボール持つと居なく無っちまってさぁ。」 雲雀さんが雲雀さんなら山本も山本か。 夢の中でもウサギでも野球好きとボール持つと豹変するのは変わらないらしい。 斬られるわ殺人ボールの的にされるわ、この城の人たちに心底同情するよ。 「沢田綱吉。」 「?」 立ち尽くして似非騎士と皮だけウサギの会話を見ていると、どこから声が聞こえてきた。ちょっと高い、変わった声だ。 キョロキョロと辺りを見回していると苛立ったように「上です、上!」と怒られた。 「あ。」 言われた通りに上を見ると、薔薇の生け垣の上からちょこんと覗く黒い毛玉が。 またウサギだ。へたっと垂れる長い耳に藍色と赤のまん丸い目の黒ウサギがいる。 あれだ、え〜っと……そう、ロップイヤーってヤツ。 「何をぼさっとしているんですか。この隙に早くこちらに来なさい。」 「え……あ、うん。」 こっちって、この薔薇の向こう側だよな? 一応、雲雀さんがこっちを見てないことを確認してそろそろと歩き出す。 流石に穴あけて行くわけにはいかないから生け垣を大回りして反対側に移動する。 すると。 「うわぁ……!」 原作の絵本じゃ女王の城には赤い薔薇しか無かった。 白い薔薇を間違えて植えた兵士が首をはねられるエピソードはとても有名だ。 だからここにも赤薔薇しかないと思ってたんだけど。 今、俺の視界に広がるのは黄色と白の薔薇だ。 同じ花なのに色が淡くなるだけでこんなに印象が変わるものなのか。 「ようやく来ましたね。まったくどれだけ待たせる気ですか!」 淡い花の中心で何故か偉そうに佇む黒ウサギ。こっちのウサギもやっぱり服着て二足歩行だ。 人型だったらさぞやムカつくであろう態度だけどぬいぐるみみたいな見た目じゃどう決めようと可愛いだけだ。 「もうこんな時間だ。さあさあ、急ぎますよ。女王陛下がお待ちです。」 「あ、待って!」 袈裟懸けにしている銀色の時計を見ながらほてほてと歩き出す黒ウサギ。その後ろ姿を追って歩く。 服もだけど小さな帽子にご丁寧にモノクルまでしてるのが微笑ましい。 まあ中身が中身だからな。単純に可愛いだけでは無いんだろうけど。 間近で見下ろせば頭頂部に「中身の人物」を示す個性的な特徴がある。 「素直に山本武を追ってくればいいものをあっちにふらふらこっちにふらふら。挙げ句、庭でまで寄り道とは。」 「別に寄り道してた訳じゃ……」 ぶちぶちと説教だか愚痴だかを延々と零す黒ウサギ。 一応返事をしながら、俺の目はウサギの頭をじぃと見ている。 黒い毛並みにくっきりと浮かぶ、ギザギザした分け目。ウサギに分け目とかあるのか……? 「聞いているのですか!」 「え、ああ、うん。聞いてた聞いてた。」 突然振り返ったウサギに、伸ばしかけていた手を引っ込める。 毛並み見てたらあんまりふかふかそよそよしてたもんだからつい。 こう、撫でたくなっちゃうんだよなぁ。触り心地も良さそうだし。 「………なんですか、その顔は。」 「か、顔?」 じい、と俺を見上げる左右違う瞳に釣られるように、ペタペタと顔を触ってみる。 格好はおかしいけど顔は何も変わってないはず。可も不可も無い平々凡々な顔のままだと思うんだけど。 「違いますよ。表情の話です。だらしのないその緩みきった顔の事です。」 あ、そっちか。 びしっと丸い前足を俺に突き付けて仁王立ちするウサギ。得意げに揺れるヒゲがもう……… そわそわと手が浮きかけるのをもう片方の手で抑える。 「聞いてますか。」 「聞いてるよ〜?」 とことこ歩み寄ってきた黒ウサギに合わせてしゃがみ込む。 高価な男の子の人形が着てるような服なのに、腰の後ろに大きなピンクのリボンがついてて、それが歩く度に揺れる。 こいつ……抱き締めて撫で回したい可愛さ!! 「なあ。ちょっと触っていい?ちょっとだけ。ちょっとだから。」 「……なんだ。この毛並みに見とれていたのですか。それならそうと言えばいいものを。どうぞ。」 あっさりお許し出た。やった。 そろ〜、と手を伸ばして耳を撫でる。やっぱりふかふかつやつや。上等なぬいぐるみみたい。 「ふあ〜……すんごくいい。」 「ふ。当然です。ブラッシングは勿論、手入れは欠かさずやっていますからね。 山本武のような野良ウサギと同じにされては困ります。」 「うんうん。可愛いし手触りいいし……あー、もう!!」 「!?」 我慢しきれずに両手で黒ウサギを抱え上げる。 突然持ち上げられて驚いている本人を余所に、俺はつやふかした毛玉を抱き締めて頬擦りする。 も〜、なんでこんなに可愛いんだ〜!!!! 「ちょ、こら!うぷっ……」 「可愛い可愛い可愛い可愛い!!!!お前すんごい可愛い〜!!欲しい〜!!」 「可愛い!?どこからそんな……って、き、聞きなさっ」 「つやふか〜……すんごい気持ちいい〜」 「〜〜っ〜〜!!!!」 わたわたもがいてるウサギに構わずぎゅうぎゅう抱き締めていると、ポンとコルク栓が抜けるような音が鳴る。 途端に腕の中の質量が増し、慌てて逃げようとしたところを逆に抱え上げられてしまう。 「散々好き勝手してくれましたね……沢田綱吉。」 「あ、あは。」 可愛らしいウサギの姿から一転。 藍色の両目に不穏な光が浮かんでいるのが見て取れて冷や汗が浮かぶ。 頭の上には垂れたウサギ耳が二つ。その間にギザギザ走る分け目も二つ。 可愛らしい服と耳で可愛らしく無い雰囲気を放つ初代霧。 さあて、どうすればいいんだ、この状況。 人の姿に変わった相手から視線を逸らして誤魔化すように頬を掻いた。 続く… |