17.いいのは毛並みだけ





「では誰もお前に説明をしていないのですか。」


腰の後ろでエプロンを結び直しながら、スペードが意外そうに呟く。

雲雀さんに解かれたの忘れてたら「みっともない!」って怒られちゃったよ……


「一応、スクアーロがしてくれたけど。でもよく意味分かんなかったんだ。」

「クロームはどうしたのです。彼女が主でしょう。」

「最初ちょっと出てきてそれっきり。」

「はぁ……まったく。」


ぽん、と腰を叩かれる。終わったらしい。

くるりと反転させられて埃を払い、服の皺と頭のリボンを直された。

とことん身だしなみを整えられる。余程気になったのか……流石は貴族。

シャマルのようななんちゃって貴族とはえらい違いだ。


「ふむ、これでいい。仮にも一国の王の前に出るのですからね。見苦しい格好など許しません。」

「はぁ。ところでなんでスペードここにいんの?本物?」


スタスタと歩き出したスペードと並んで歩きながらそう問いかける。

なんとな〜く本人な気はさっきからしてるんだけど。何故ここにいるのかが分からない。

いることにはまだ夢だからあるとしても何故大人しくウサギ耳のコスプレをしているのか。まさか趣味……?


「クロームのリングを通じて面白い事が起こりそうな気配を感じたので茶々を入れてやろうと思ったら巻き込まれました。
出られないから早くどうにかしなさい、沢田綱吉。」

「……………」


それは偉そうに腕を組んで宣言することじゃない。

きっと暇で仕方なかったんだろうな、とスペードの格好を見ながら考える。

モノクルに黒の垂れたウサギ耳、その間にある黄色い花のついた小さなハット。

胸元を飾る赤いリボンタイに、帽子とお揃いの花。

肩の膨らんだシャツにピンクのアクセントが入った黒ベスト、膝丈のパンツに膝まである黒いブーツ、そして腰の後ろにある大きなピンクのリボン。

人型になっても人形が着るような服もそのままだ。

絶対この人の趣味じゃない全体的に可愛らしい装い。如何にも女の子が好みそうな……


「……さっきからじろじろとなんですか。」

「いや、違和感無いなぁ、と思って。」

「当然です。私の産まれ持ったこの気品があれば畜生の耳であろうと私の一部として相応しくなるのです。」

「………………」


そこまで言ってない。

けどなんか悔しいけど確かに耳も格好も自然に似合ってるんだな……ムカつくから言わないけど。

この世界で会った獣耳メンバーん中で一番似合ってる。


「勿論私の趣味ではありません。クロームは女人向けゲームを土台にしてこの夢を構築しているらしい。
お前はその主人公の、私は登場人物の格好をさせられているのです。
………配役は彼女が決めているのでしょうが。」

「あ〜……」


ザンザスや獄寺くんがクロームのせいだって言ってたもんな。

獄寺くんの猫はともかく(ピンクだったけど)ザンザスはどうトチ狂ってもウサギなんか選ぶ訳がない。


と、それより気になったことがあったんだった。


「あの、さ。」

「?なんです?」

「あんま深く考えてなかったんだけど……これ女の人向けのゲーム、なんだよね?」

「その通りです。それすら説明されてなかったのですか?」

「いや、ちらっと聞いてた。」


正確には聞いてたけどその意味を考えてなかった。

ゲームと言えば無数のジャンルがあるけど、「女性向け」といえば「あれ」しか無い。


「このゲームってもしかして……恋愛ゲームと呼ばれるものだったり、する?」

「古今東西関係なく女人は寄ると集まるとはそれに夢中になるものです。
自分のものであってもなくとも関係なく、ね。」

「やっぱりだよね……」


ゲームは見たことなくても存在だけなら知ってる。

ゲーム雑誌にも載ってるし、テレビとかでアニメ化とかするのも珍しくないし。

俺には関係無いと思ってたのにまさか身を持って体験することになるとは。
それも攻略対象ならまだしもプレイヤー側で。

……テレビCMで流れる架空のイケメン達が画面に向かって甘く囁いていたセリフの数々を思い出して鳥肌が立つ。


――やめとけ。見ると後悔するぜぇ――


ホントに今更ながらスクアーロの言っていたことの意味を理解する。


「その様子だとゲームの概容は分かっているようですね。
そうです、これは女人向けの恋愛ゲーム。
本来ならば主人公に自分を重ね合わせて様々なタイプの男を相手に擬似恋愛を楽しむ実にくだらない遊戯です。
……クロームの場合は違う方面に楽しみを見出してしまったようですが。」

「それがこれか。」


スカートの裾を両手で掴んで持ち上げる。

「はしたない」と睨まれるがお前は俺に淑女の動きでも身に付けろと言う気か。


「で、結局クロームは何がしたいわけ。」

「あの娘は自分が擬似恋愛するより見ている方が好きなようです。
特に恋愛に奥手で後ろ向きな主人公を気に入ってましたね。お前を重ね合わせて楽しんでました。
ゲームと違ってあまりに進展の無い現実に少し焚き付けてやれとでも思ったのでしょう。
お前は本当に積極性がありませんからねぇ。」

「趣味趣向は個人の自由だけど俺の選択の自由まで奪わないで欲しいんだけど……」

「おや、選り取り見取りでしょう。」

「野郎一択のどこに自由が!?」


シャマルにまで憐れまれたんだぞ!?

現実で叶わないことくらい分かってるけど相手は女の子がいいです!!

拳を握り締めて力説すると、スペードは俺の全身を上から下までじっとり見やり、これ見よがしな溜め息をついた。


「がっかりですよ。」

「何が。俺に相手がいないことがか。」

「それは大分前から失望したままですから安心なさい。」

「ウレシイナー。じゃ、なにががっかりなんだ。」

「お前が無様にも女装させられると聞いたので目の前で散々嘲笑って馬鹿にして精神ダメージを与えた挙げ句に写真のひとつでも撮って「これがお前の子孫の末路です」とジョットと守護者共に叩きつけてやろうと思っていたのですが」

「最低だな、お前。」


そんな事は大分前から知ってたが。

卑劣で卑怯で手段を選ばない。

今までいろんな敵を見てきたけど根っからの悪党と言うのはこういう人間のことを言うんだと思う。

腕を組んで横目で睨み上げるとスペードはつまらなそうに首を振る。


「どこから見ても少女にしか見えないので面白くありません。これでは写真を見せたところで喜ばれるのがオチです。」

「………」


喜ぶ、か?

少なくとも父さんと爺ちゃんは泣くと思う。

俺も自分の子どもが無理矢理そんな格好させられてたら泣く。

でも初代は日本人じゃないからなにか違うのかもしれない。いや、そうであって欲しい。


「そんな可憐な姿で『相手は女人』がいいなどと……片腹痛い。」

「か、かれ……?言い過ぎだろ、おい。歴とした中学生男子を捕まえて。」

「道中あれだけ唇やら貞操やら狙われながら何を今更。
ああ、ザンザスには奪われてましたか。獄寺は未遂と言っていいのかどうか。」

「見てたのかよ!!!!!!」


しょうもない事に魔レンズを使うな!!

この世にいない人間とはいえあれを見られてたとは。

あああ……思い出すと顔から火が出そうだ……!!


「どっから見てたんだ……!」

「人を暇人のように言わないで貰いたい。
ザンザスに無理矢理キスされてたところととキャバッローネの若造に襲われかけてたところしか見てません。
あとは獄寺がどさくさに紛れて」

「充分だ!!」


全部見てんじゃん!!

うああああ……頭から湯気が出そう!!

いたたまれなさに顔を抑えてしゃがみ込む。

もうこのままうずくまってたら全部無かったことにならないだろうか。

半ば本気でそう考える俺の肩にぽんと手が掛かる。


「そう思い詰めるものではありませんよ、沢田。
彼らは決してお前のその姿に惑わされたわけではありません。
どんな装いであろうとお前を見る目は変わりませんよ。
だから一時の気の迷いかどうかなど心配せずに彼らの思いを受け止め」

「られるかあああああ!!!!!!」


澄ました顔でこの野郎!!慰める気ないだろ!!

お前は俺に止めを刺したいのか!!!!









続く…





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