18.正直者はお得 しゅぽん、と言う音と共に目の前にいた男が消える。 代わりにいるのはふてくされた感じで仁王立ちする黒ウサギ。 「これで良いでしょう。」 「うん、可愛い!」 「…………まったくなんて暴挙ですか。耳を引っ張るなどと!!」 」 高く変わった声でブチブチと愚痴るウサギを抱き上げる。 暴挙だなんて、Xバーナーに比べりゃ可愛いもんだろ。 スペードは人型だととにかくムカつく。 真面目くさった顔で(腹の中で絶対あざ笑って)人に止め刺すようなことしか言わないから何か反撃をと思ったんだよね。 そしたら目の前に黒いふさふさが垂れていた訳だ。もう掴めと言わんばかりに。 これが本物のウサギや山本やザンザスの耳だったらそんなことしようなんて考えたりしない。 前者は可哀想だし後者は命が惜しいもん。 けどスペードの耳だよ、もう遠慮は要らないに決まってる。がっしり掴んで力一杯、引っ張った。 反応は予想以上。その時のスペードの悲鳴は、筆舌し難い凄まじさだった。録音しときたいレベルで。 「沢田綱吉。私は自分で歩けます、降ろしなさい。頬摺りするな。」 「ヤダ。大人しく道案内しろよ。は〜……可愛い。」 ふかふかつやつやの手触り。クリクリの丸い目も不満げにジタバタ暴れるのも全部可愛い。 これで中味がスペードじゃなかったら完璧なんだけど。 「……剥製とかにしたら理想的かな。」 「人の頭上で不穏なこと考えないでください。いや、考えても口にしないでください、恐ろしい。そこを左です。」 「冗談に決まってんだろ。」 短い前足で指される方向に歩いていく。 黄色と白の薔薇の区画と赤薔薇の区画がきっちりと別れてる庭園は、いる場所によって薔薇の香りも違う。 角を曲がる事に色と香りが変わる。歩いてるだけでもいい気分。 「………む?」 ぴくりとスペードの耳が動く。 ウサギ耳をひょこんひょこんしながら丸い目を細めるウサギ。なんだ? 「どうした?」 「聞こえませんか。」 「??」 何が、と問おうとしてその「音」に気付く。 リボーンが来てから聞き慣れたく無かったのに慣れてしまった銃撃、爆発の音。 そして最近また増えた不穏な音。これはそれに違いない。 微かに聞こえる音の出どころ目指して走り出す。 正直そんな不穏な音に近付きたくないんだけど、大抵この「音」を出す片割れは俺の親友と決まっている。 金属がぶつかり合う高い音が徐々に大きくなる。果てなく見えた薔薇の庭の出口だ。 「山本!!」 「ん?おー、ツナ!遅かったな!」 「どこで道草食ってたんだい?」 赤い後ろ姿に呼び掛けると軽い調子で返事が返ってくる。その向こう側にいる雲雀さんも似たような反応だ。 軽すぎてとても鍔迫り合いをしながらの応答とは思えない。 メルヘンな城の前で剣を手にした山本と雲雀さんが打ち合いをしている。さっきから聞こえてたのはやっぱりこの音だったか…… 「なにしてんの。」 「打ち合い。」 「いや、それは見れば分かるし。なんで戦ってるのか聞いてるんだけど。」 カキン、ガキンと剣戟は止まないけど緊張感が無いのが感じとれて気が抜けた。 ダイナマイトが無い分いつもより平和かもしれない。 「山本武がウサギに戻ってくれないからだよ。」 「は?」 不貞腐れたようにいう雲雀さんに間の抜けた声が出る。 確かに山本は人型にウサギ耳のへんてこな方に戻ってる。 俺に言わせて貰えれば耳を無くして真っ当な姿に早く戻って欲しいんだけど…… どういうことかと目線で問うと山本は肩を竦めて苦笑する。 「ウサギでいると雲雀がそわそわするし離れねぇし気味悪ぃからこっちに戻ったんだ。」 「気味が悪いのは今の君の格好だろう。」 「「うん。」」 「おい。」 スペードと一緒に大きく頷く。 それに関しては満場一致だ。山本にウサギ耳は似合わなすぎる。 山本は雲雀さんの大剣を細い剣で上手く受け流しながらムッとした顔で「けどよ〜」と愚痴る。 「ウサギだと早く動けるし隙間潜って近道出来たりするけど、視点低いし動きにくいしやれること減るし不便なんだぜ?」 「それは確かに。」 同じく「ウサギ」仲間のスペードがまたもやうんうんと頷く。 周りには好評だが本人たちはあまりウサギの姿は好きでは無いらしい。 山本が連続で繰り出した突きを剣の広い面で器用に受けながら真面目くさった顔で雲雀さんが口を開く。 「群れるデカい草食動物よりふかほわの小動物がいた方が世のため僕のためになるじゃないか。」 「雲雀さんのためにしかならない気がしますが。」 「ははっ、だよな〜。雲雀って自分の欲求に素直で羨ましいよな!」 世間話のようなのんびりした会話内容だけどガンガンと打ち合いは続いている。 大人の体格だし雲雀さんのが勝つかと思ったけどやっぱり武器が違うから勝手が違うらしい。 力では勝てても刀剣に慣れている山本のが舞うように身軽に動く。 けどそれでも違う武器で中学生の方とはいえ剣士の山本とこんなに互角に戦えるなんて…… 「お前は何も知りませんねぇ。」 「何が。」 感心して見てる俺の真下から小馬鹿にした スペードの声。 ムカッと来て睨むと得意気に鼻をひくひくさせるまん丸い目の黒ウサギ。くそぅ……ムカつくけど可愛い。 「雲雀恭弥の使う拐。トンファーとも言いますか。あれは難易度がとても高い武器なのです。 恐らく彼はあらゆる武器、武術を得て今のスタイルになったはず。剣も嗜む程度には出来るのでしょう。」 「嗜む程度であれか。」 そりゃ素手のあの人にも勝てる気はしてなかったけどさ。戦闘マニア過ぎるよ、ホントに。 これは勝負も分からないなぁ……どっちも本気じゃないからじゃれあいみたいなものだし。 なんだかんだ二人とも楽しんでるからもしかすると延々と続くかもしれない。 けど…… 「スペード、あれいいの?放っといて。」 「言い訳がない。」 「だよな。」 女王様が待ってるんだよな……雲雀さんは警備担当とか言ってたし騎士だし、結構偉いんじゃないのかな。 山本も「白ウサギ」なら、たしか宰相とかじゃないか? こんなとこで油売ってちゃ駄目だろ。 「お前たち。そのじゃれあいを今すぐやめなさい。」 「俺はいいけど雲雀がなぁ。」 「ウサギに戻れ。」 「ははは、ぜってーヤダ。」 山本、顔笑ってるけど声が本気だ。 獄寺くんと喧嘩してる時にも偶に低い声出てるときあるけどそんな時は大体気温も下がる気がする。 こんなとこで本気の応酬始められたら止められないんだけど…… どうしたものかと悩んでいると山本が不意に振り返る。 「?」 じぃ、と笑ってない目で俺を、いや正確には俺の胸のあたりを見ている。 ……な、なんだろう。無言なのが怖い。 「雲雀。」 「なに。」 「ちょっとタンマ。」 「?」 訝しげな顔で剣を下ろす雲雀さん。 山本の剣がピカリと光ると、長かったそれが縮んで丸い金時計に変わった。 ウサギの時からたすき掛けしてたヤツだ。 そういえばディーノさんの杖もマシンガンになったりしてたな。 「ツナ。」 「な、なに?」 「ちょっと借りるな〜。」 「!?」 にか〜っと笑いながら近寄ってきた山本がスポンと俺の手から黒ウサギを取り上げた。 突然襟首を掴まれたスペードがぎょっとした顔でじたばたと暴れる。 「な!?は、離しなさい、山本武!!」 「雲雀雲雀〜。ウサギ。」 「ウサギ。」 「黒いけど。」 「構わないよ。」 「構う!!何をする気だ離せ!離しなさい!!」 暴れに暴れてぶらんぶらんと揺れる黒ウサギに構わずに山本は「行くぜ〜」とスペードを放り投げる。 野球部エースに放られた黒い毛玉は抵抗虚しく赤い騎士の手の中に落ちた。 「ふかもふ……」 「おのれ山本おぉぉ!!!!」 あの可愛らしい見た目のどこから出てんだと言うくらいの低い怨嗟の声。 すごいのはそれを間近で聞いてんのに動じずにうっとりした顔で毛並みを堪能する雲雀さんだけど。 「山本、容赦な……ん?」 すぐ脇に居たはずの山本がいない。 今の一瞬にどこへと思ってると下から「ツナ!」と呼ばわる声が。 「ツナ〜、なあなあ、俺も抱っこしてくれよ。スペードばっかずるいぜ。」 「や、山本……」 視線を落とせばちんまりとした赤い上着の白ウサギが俺の足にしがみついてる。 赤い真ん丸い瞳とひょこひょこ動く尻尾。 ダメ?と言わんばかりに小首を傾げる仕草。ふかふかほわほわの毛並み…… くそう……中身は山本だけど!!!!!! 「か〜わ〜い〜い〜!!ホント可愛い〜!!」 「おっと、ツナ熱烈。」 そう言えば山本のウサギ姿をマジマジと見たのは初めてだった。 ほんっっとに動くぬいぐるみみたい。こっちも抱き上げて頬擦りしたくなる可愛さだ。 山本の場合は自分からすりすりしてくるからもっと可愛いけど。 「うーん。なかなかいい感じだな。こっちだとツナ抱っこ出来ねぇけど偶には逆もいいな!」 「身代わりにした挙げ句自分だけ楽しむとは………」 「君だって欲望に忠実じゃないか。」 何を今更。それが山本だよ。 続く… |