19.お城の中で待ちぼうけ





ハートの城の中も、やっぱりハートだらけだった。

ハート型のアーチが続く廊下を歩きながら、可愛らしい内装を眺める。

城に仕えるメイドさんの服もハートマークが目立つ。けど色は真っ黒でなんか重々しい感じ。

可愛いのは城だけのようだ。


「君は詐欺とかに引っかかり易い人間だ。」


突然、片腕にだらんと屍と化した黒ウサギをぶら下げた騎士様がそう言う。

片手を剣の柄にかけて立つ様はとても格好いいのにぬいぐるみのようなそれがミスマッチ過ぎる。


「しかも親しいと思えば同じ人間に何度でも騙されるタイプだね。典型的なカモだ。
爆弾少年くらい突っ張った人間が付いてないと食い物になって終わりにだよ。二重の意味で。」

「二重?」


完全にぬいぐるみのようになっているスペードをつんつんとつつきながら問い返す。

黒ウサギは雲雀さんの加減無しの腕力により伸びてしまったようで大分前からこの状態だ。

俺の腕の中にいる白ウサギも前足でぽふぽふと黒ウサギをつついている。


「スペード〜。無事か〜?」

「…………………」

「駄目だな、完全に死んでる。」

「だろうね。」


マジ大人の雲雀さんの力凄いから。

修行でハイパーモードで加速して突っ込んだ時に片腕で止められたことあるし。

加減知らずのこの雲雀さんなら……


「……………」


スペードの骨が無事なことを祈っ……らなくていいか。俺もやられたし。


「綱吉、聞いてるのかい?」

「へ?はい、聞いてます聞いてます。」


雲雀さんの不機嫌な声に慌てて視線を上げる。


「聞いてても分かってないよね……そんな見た目だけふかもふなケダモノに騙されるんだから。」

「そのケダモノをもふろうとしとたお前はどうなんだよ。」

「ウサギの見た目には罪は無いよ。」

「ん?見てくれだけで判断するなって話じゃなかったか?」

「人の君は見てくれから詐欺師だよ。」

「雲雀は外も中も真っ黒だよな!今は真っ赤だけど。」


ふかふかしたぬいぐるみでも中身は山本、雲雀さんとの口論は人型の時と変わらない。

でも雲雀さんの方は可愛いウサギには寛大らしい。

いつもならこんだけ人いたら「群れ」とかいって不機嫌になりそうなもんだけどウサギは群れに入らないんだろう。

黒ウサギ抱えてるのもご機嫌向上の原因みたいだけど。


「ん、ここでいいや。ツナ〜降ろしてくれ。」

「うん。」


大きな扉の前に着くとたしたしと山本が腕を叩く。

言われたとおりに床に白ウサギを降ろすとあっと言う間にウサギ耳付き山本に戻る。


「じゃツナはこの部屋で雲雀と待っててくれよ。俺は陛下呼んでくるから。」

「え。」


思わず固まる俺を余所に、山本はすぽんと雲雀さんの腕から微動だにしない黒ウサギを引き抜くとスタスタと歩いて行ってしまう。


「じゃ、また後でな〜!!」

「ええ!?」


ちょ、雲雀さんと二人きりとか!!

さっきいろいろ危険な目をみたばっかりなんだけど!?

角を曲がる山本を追いかけようとするとぽん、と肩を叩かれた。


「ひっ!」

「どこに行くんだい?綱吉。君はこっちだよ。」


ビクつく俺の背後から聞こえる猫撫で声。おいてけ堀の声に等しい怖さだ。

振り向くとギギ、と重い音を立てながら扉が開く。

逆光で赤い騎士の顔は見えなかった。




* * * *


「なるほどな。」


ひょいと覗き込んだ『額縁』。

デカいシャベルの持ち手にくっついたカンテラを掲げると長く続く洞窟が照らされる。

これは面白ぇな。ただ洞窟が描かれた絵って訳じゃねぇのか。

乗り出した体を元に戻せば洞窟とはまったく関係ない場所だ。

他の絵もどうなってるのか試したいな……あっちにあった絵は描かれた動物が絵から飛び出していたし。

クロームとか言ったか。彼女のお陰で面白い土産話が出来そうだ。

用件を済ませたらこの内部を見て回るのも楽しいだろう。

幸いにして俺はここを管理する責任者らしいから後で存分に満喫してやろうと思う。


「ま、その前にコレだな。」


首からかけた『もの』を撫でて、額縁に手をかける。

まずはヤツを見つけなくてはな。

ついでにゲームの主役にも挨拶してくか。


* * * *


目の前の黒いコートをがっしり掴む。

絶対離れない。離れるもんか!

赤い騎士から隠れるように長身の背中に張り付いているとため息が降ってきた。


「痴情のもつれに俺を巻き込むんじゃねぇ。」

「ち、違うし!」


どこをどう見たらそうなるんだ。

俺が「盾」にした相手は眼鏡をズラして目頭を抑えている。


「やっぱりこいつもいたか……この分だとあれだろ。
うちのボスさんとか跳ね馬とかもいやがるんだろ。」

「う、うん。」


雲雀さんの背後で開いた扉の先。

逆光だった部屋に目が慣れてくると中には先客がいた。最初の塔で会ったスクアーロだ。

俺は急いで室内に走り込むと体当たりする勢いでスクアーロに飛びついた。


「そんな男のどこがいいんだい、綱吉。僕の方が楽しませてあげられるよ?」

「何を?」

「聞くなガキ。」


おいでおいでと手招く雲雀さんとそれを制するスクアーロ。

心配しなくてもあんな怖い人んとこなんか行かないよ。


「君、邪魔だな。なんでいるの。」

「てめぇが蒔いた種だろうがぁ!兵士バカスカ殺りやがって!
ただでさえ山積みの依頼が倍になったじゃねぇか!!
回収が間に合わねぇから俺が来る羽目になったんだ!!」

「あ〜、そうだった。」


ぽんと古臭い仕草で手を打ち付ける雲雀さん。

やっぱり辻斬り魔してたのか……兵士のみなさんが可哀想だ……


「用が終わったらとっとと帰ってやる。
俺はなるだけこの世界に関わり合いたく無いんでな。塔に引きこもらせてもらうぜぇ。」

「……なんで?」

「ふざけた格好してやがるのは山本だけで充分だ……!!
もし万が一、クソボスにウサギやら猫やらの耳なんか生えてたらどうする!死にたくなるだろぉ!!」

「………………………ソウダネ。」


生えてました、なんて言えるわけが無い。

遠い目をする俺には気付かず、スクアーロはイライラとしながら片手を雲雀さんに差し出す。


「早く出せぇ!」

「分かってるよ。」


赤いコートの内側、ベルトのあたりをゴソゴソと探る雲雀さん。

なにしてるのかと思ったら中身の詰まった薄汚れた布袋が出てきた。

あんなのさっきぶら下げてたっけ……?トンファーといい、雲雀さんの服はホントにどうなってるんだか。

何が入っているのかとスクアーロの背中ごしに首を伸ばす。


「!!」


雲雀さんの持つ布袋から、何か赤黒い液体がじわりと滲み出てる。

な、何が入ってるの!?それ!!!!


「ス、スクアーロ……?」

「なんだぁ。」


ぽん、と放られた袋をスクアーロが受け取るとカチャリと中身が音を立てた。

あ、良かった。なんか思ってるようなモノでは無かったみたいだ。

俺の予想では中身はもっと柔らかいというかグニョっとした感じの……いややめとく。言ってて気持ち悪くなってきた。


「それ、中身なんなの?」

「『時計屋』が取りに来るものなんて時計に決まってるよ。」

「時計屋?スクアーロが??」


袋の中身を確かめている人物を見上げる。

胸に時計、片耳に時計、ボタンも時計、更には腰にも馬鹿でかい時計。

歩く時計の広告塔かとは思ってたけど、ホントに時計屋だったとは。

けどその時計屋のスクアーロならともかく、なんで雲雀さんがそんなに時計を持ってるんだろ……


「よぉし、確かに受け取った。これで全部だろうな。」

「うん。」

「そんなにたくさんの時計、どうすんの?」

「直すんだよ。彼はそれが仕事だからね。」

「そいつには余計な仕事を増やされてるがな。」


スクアーロは袋からぽたりと赤い液が垂れているのにも構わずベルトの辺りにそれを吊した。

直すって……直るの、それ。ていうか血!

服に付くんじゃないかとか気持ち悪くないんだろうかと落ち着かない俺と真逆に当の本人は眼鏡を拭いたりしてる。


「俺ぁ、殺すのが専門だってのになんでこの『役』にされたんだかなぁ。修理屋なんて柄に合わねぇ。」

「ね、ねぇ。それ、なんでそんな血まみれなの。」

「ああ?そりゃこれがそいつに殺られた連中の」







ブオオオオオオ!!





「「!?」」


真後ろから鼓膜に来る轟音が響く。

何事かと振り返ればいつの間にやら金ぴかのラッパやらくるくるしたラッパやら……とにかくラッパの仲間のオーケストラ部隊みたいなのが勢揃いしている。

………脇に槍とかあるから全員、兵士みたいだけど。

そしてその真ん前にこれまたいつの間にか復活したスペードが立っていた。

なに始めたんだ、今度は……









続く…





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