20.女王様のご登場





「そこ!半音低い!」

「も、申し訳ありません……」

「お前たち!伸ばす間に音が外れていくとは!チューニングの意味がない!
日頃からの鍛錬をサボっていた証拠に他なりませんよ!」

「ですが、宰相閣下」

「口答えは結構です!!」


一人熱くなっているスペードに兵士の皆さんも困り顔だ。

見るからに楽器の扱いに慣れてないってことはやっぱり本業じゃないんだろう。

上司に付き合わされる部下ってのは大変だなぁ……


「…………………なぜ俺を見る。」

「なんとなく。」


兵士の皆さんと同じく大変な上司を持つスクアーロは憐れみの眼差しで即席の楽団を見ている。

大変な上司と言えば雲雀さんもだよね。本人涼しい顔してるけど。

現代でも未来でも草壁さんの苦労は推して知るべし、だ。



って問題は今いない人より目の前で騒いでるウサギ耳男だ。


「スペード。スペードってば。」

「なんですか。今忙しいので後にしてください。」


こいつ……さっき山本と女王様を呼びに行ったんじゃなかったのか。

呼びかけても振り向かないのでスペードの腰にある大きなリボンを引っ張る。


「おいってば!!」

「だからなんです!?」


苛立った目で高圧的にこちらを見下ろすスペードにまた耳を引っ張ってやりたい衝動が起こる。

やっぱり人型だと腹が立つ……!!


「お前、なんでここにいんだよ!女王様は!?山本どうしたんだよ!」

「今その準備中です。山本武も間もなく来ますよ。彼は彼で準備の手配がありますので。」

「???準備???」

「そうです。だから邪魔をしないでください。ではもう一度です、お前たち!」


兵士の楽団に指示を飛ばすスペード。

準備ってなんだ?女王様を迎えるのに?

脇にいた二人を見ると雲雀さんは興味無さそうな顔で欠伸してるし、スクアーロは俺と同じく訳が分からないという顔をしている。


「スクアーロ、女王って誰か知ってる?」

「いや……山本とここにいる奴以外は知らねえ。てめぇのが心当たりあるんじゃねぇのか。」

「あるっちゃあるんだけど。」


思い付くのはビアンキにラルに……いや、母さん居たくらいだから黒川の可能性もあるかも。

そう考えると俺の周り女王様気質っぽい人が多すぎるな。

そんなことを考えてるとスクアーロが突然「は!」と何かに気付いたような声を上げた。


「?なに?どうした?」

「ま……まさか……クソボスなんてことは……!!」

「ない。ないない。ないから。」


青ざめた顔で恐ろしいこと言い出したスクアーロの前で首と手を振って否定する。

怖すぎるわ、なんだその発想。

マイナス思考にも程があるよ。まだウサギ耳の方がマシだろ。

いっそのこと教えてやろうかとも思ったけどそれはそれで精神ダメージがデカそうだからやめておこう。


「お〜!やってるな!」


明るい声のした方を見れば、花びらの入った籠を手にしたメイドたちを連れて、山本が部屋に入ってきたところだった。


「待たせたな。ツナ……っとスクアーロも来てたのか!」

「仕方なくだぁ。」

「そっかそっか。じゃあナイスタイミングだぜ!」

「?」


疑問を声に出すより先に、大音量のファンファーレが鳴り響いた。

音が鳴り止むと同時に部屋の明かりがバン、と完全に落ちる。


「さあ、女王陛下のご登場だぜ〜!」


山本の口上に続いて楽団の演奏が始まる。

そしてスポットで明るくなる無人の玉座と赤い絨毯。

最後に豪奢な女王専用の大扉が照らし出されると、両脇に立つ兵士が扉を開いた。

隙間から漏れ出るドライアイスのスモークに、扉の向こうに居た人のシルエットが浮かび上がった。


「…………………」

「…………………」

「…………なんていうか。」

「ああ?」

「個性的な頭だね。」

「だなぁ。」

「デカいよね。」

「だなぁ。」

「……帰りたく、ない?」

「……だなぁ。」

「…………………」

「…………………」


『女王様』のシルエットだけで及び腰な俺達を余所に、スモークは晴れていく。

カンと音をたてて照明が『女王様』の全身を照らし出した。




「おーっほっほっほっほっほっ!!」




絶好調な高笑いをしながら現れた『女王様』は赤いドレスを翻してそれはそれはご機嫌な様子でメイドたちが撒く花びらの道を歩いて玉座へと向かう。

シルエットな時点でなんか予感はしてたんだけどもう呆然としか出来ない。


「どうだい。綱吉。予想は当たった?」

「……想定外でした。」


にやにやと楽しそうに言う雲雀さん。

分かってて黙ってたな……!!

スクアーロはと言うと明後日の方向を向いて眼鏡を丹念に拭いている。

こっちはこっちで見なかったフリしようとしてる……


「さー、さー!陛下のお通りだぜ〜。そこのけ〜、みちのけ〜。」

「のけるまでもなく道空いてますが。」


絨毯にパラパラと赤い花びらを撒きながら歩く山本とスペード。

完全に山本はこの状況を楽しんでいる。ていうか馴染み過ぎだから山本。


「ほーっほっほっほっほっほっほっ!!気分がいいわぁ。」

「そりゃあ良かったぜ!」

「何よりです、陛下。」





「スクアーロ。」

「今話しかけるなぁ……」

「君、転職考えたら?」

「………………」


真紅のハイヒールにハート型の錫杖。

胸元の大きく開いた真っ赤なドレスに身を包んだ、モヒカン頭にサングラスのデカすぎる『女王様』。

予想してなかった同僚の登場に、スクアーロは額を抑えて難しい顔だ。

雲雀さんの提案に「考えておく」と小さな返答があったのは多分聞き間違いじゃないはずだ。









続く…





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