21.メルヘンと安全性





「あらぁ?」


背もたれにも脚にもハートと赤とピンクをこれでもかとあしらった女王の椅子。

そこに座った『女王様』はようやく俺に気付いたようだった。


「………………………」


サングラスなので目は見えない。

けれどゆっくりと傾げていく首と眉毛の動きから察するに、多分「誰だ」と言う顔をしてるんじゃないかと思う。

俺が黙って長い髪を後ろに纏めて見せるとようやく「ああ!」と思い出したようだ。


「どこかで見たと思ったら!クロちゃんのボスじゃなぁい!
可愛い格好してるから分かんなかったわ。」

「うんうん、ツナそれ似合うもんな。陛下もドレス似合ってるぜ!」

「ええ、ええ。陛下程この毒キノコ並みにド派手な城が似合う方はいませんね。」

「んも〜!!タケちゃんとスペちゃんたら上手なんだからぁ〜」


爽やかに笑う山本に皮肉るスペード、両手を頬にあてて乙女らしい仕草で照れるルッスーリア。

……新しい漫才か、これは。


「見るに耐えねぇぞぉ……」

「僕が城から出たくなるのも分かるでしょ。」


視線を逸らす雲雀さんに口元を覆うスクアーロ。

ルッスーリアだけでも強烈なのに、確かにこれは辛いものがある。視覚の暴力だ。

しかもそこに親友が入っちゃってるのが地味にダメージだよ。

なんでこんなに見た目も中身もくせ者揃いにしたんだろう……もうちょっと分散して欲しかった。


「あら。やぁだ、そこにいるのスクアーロじゃないの。イメチェンし過ぎて気付かなかったわ。」

「ちっ。」


あっさりバレたスクアーロは舌打ちをして背けていた顔から眼鏡を外した。

「やっぱり引きこもってれば良かった」という顔をしてる。

ムキムキの体をドレスに押し込んでる同僚とウサギ耳生えた強面の上司が彷徨いてる世界なんて確かに御免だよな……


「なんでてめぇがここにいやがる。マーモンか?」

「ん〜?違うわよ?クロちゃんに女王様は私しかいないってお願いされたのよ。友達のお願いは聞かなくちゃ。」

「……いつからそんな仲になりやがったんだ……」

「それは俺も聞きたい。」


クローム……これならまだリボ子の方が良かった!!蹴られたり発砲されたりするけど!!

物理的な暴力より視覚的な暴力の方が辛い。

あ、でもザンザスよりは確実にマシ。


「乙女の秘密よ。スクアーロには教えてあげられないわ。で、え〜と……そう、ツナちゃん。」

「え?あ、はい!?」


トントン、とこめかみを叩きながら思い出すように名前を呼ばれて背筋を伸ばす。

この人デカい上に高い位置に座ってるからなんというか圧迫感が……


「うちに来たってことはここを『滞在地』に選んでくれたのかしら?」

「!」


また出た、『滞在地』。

さっきディーノさんも言っていた。滞在地を決める云々って。

なんだか俺のゲームがどうのとか言ってたけど……その内容というか説明がうやむやなままここまで来ちゃったんだよな。

よく分からないけれど、迂闊に決めちゃいけないものなんだろうか……

俺が視線をさまよわせて答えあぐねていると、スクアーロが「ああ」と声を出した。


「そういや説明終わる前に飛び出して行きやがったな、テメェ。
『滞在地』について知らねえままか。」

「うん……」

「……よくそれで無事にここまで来れたなぁ。」

「あはは。」


とりあえず笑って誤魔化しておく。

正直、完全無傷ではないんだけど知らせる必要ないし黙っておこう。


「誰か一人選べとは言ったが、その前にお前が生活する『滞在地』も選ぶ必要がある。
ハートの城、帽子屋、遊園地。あとは時計塔もあるが……」

「選択肢にあるの!?時計塔!」


それならすごい安全地帯!!

思わずスクアーロのコートを掴むとギョッとした顔をされたあと、視線をそらされた。


「あるには、あるんだがなぁ。……期待させて悪いが多分うちは滞在できねぇ。」

「ええ!?なんで!?」

「『ボス絶対安全なとこ選ぶからダメ』ってクロームが言ってたぜ。」

「えええええ………そんなぁ!」


ひょいと後ろから来た山本に引き剥がされる。

クローム……何気に俺のこと分かってるじゃん……

ということは遠回しにこの夢は俺への嫌がらせなんじゃないかと思えてきたんだけど。今更ながら。


「あら、安全面は保障出来ないけどうちも素敵なとこよぉ?オススメよ?住んでみれば分かるわ。」

「そーそー、毎日楽しいぜ!スリリングで飽きないって!」

「そうですね。暗殺、銃弾、辻斬り、豪速球が飛び交う平穏とは真逆の愉快な日々がお前を待っています。」

「なるほど。」


日常にスリリングさは求めてない。城は却下させて貰おう。

後ろから頭と肩にのしかかる山本をちらりと見る。

ウサギには心惹かれるけどモフモフと二重の意味での身の安全は天秤にかけるまでもない。

それに俺は呑気に『滞在地』を決めに来た訳じゃないし。


「えと。あ〜……と。その、………女王様?」

「なあに?」


なんて呼ぼうかを悩んで無難なのを選んだんだけど正解だったようだ。

ルッスーリアはとってもその『役』を気に入ってるようでにっこりしている。

まあ、気に入ってなかったらあんなド派手な演出使わないだろうけど。


「骸がどこにいるかとか知ってたり……」

「ん〜……うちの領地には、いないみたいね。」

「そうですか。」


やっぱいないか……残念。

ここまで来たのになぁ、とがっくりしていると肩に回されていた腕に少し力がこもった。

なにかと振り返るとむくれた顔をした山本。


「山本?」

「なんだよ、ツナぁ〜。あからさまにがっかりしてさぁ。俺に会いに来たんじゃないのかよ。」

「え?や、もちろん山本追ってきたんだけど……?」


ぐりぐりと肩の後ろに額を押し付けられる。急に機嫌が悪くなった山本にこっちが戸惑う。

なんで??どうしたんだ??


「でも骸なんだろ?なんだよー……『滞在地』の前に決めるとか……テンション下がるじゃねーか。」

「え?え?いやいや決めるとか。まだ何も決めてないけど。ホントどうしたんだよ、山本。」


相変わらずぐりぐりと額を擦り付けながらお腹のあたりに回された手にぐいぐいと力が入る。

う〜ん……これはあれか?甘えられてるのかな?獄寺くんもかなり猫化してたし。

山本の場合ウサギと言うより犬のような感じなんだけど。


「山本?あのさ、ホントそろそろ苦しいんだけど……聞いてる?」


ひょこり、とウサギ耳が動く。聞いてるという解釈でいいんだろうか。


「あ〜、その、『滞在地』?もうちょっと考えてから決めるし、ここじゃなくても当然山本にも会いに来るし。
よく分からないけど骸に決めた訳じゃないからね?
あいつには用があるだけで。」

「…………用があるだけ。」

「そう。」


ひょこんとへたり気味だった耳が立つ。分かりやすい………

顔を起こした山本はいつものにこにこ顔だった。とにかくよく分からない誤解は解けたらしい。


「なんだ!そんならいいや。でもどうせならツナもここに住めばいいのに。」

「いやそれはさ……」

「何を悩む事があるのですか。」

「っ……」


ぽふっとふわふわしたものが足下にひっつき、ちょっと高くなった声が下から聞こえる。見ればまん丸い瞳がうるうるしてる黒ウサギ。

な、なぜ今ウサギになるのか、スペード……!!

天秤にかけるまでもないと思っていた何かが傾ぐ。

更にぽしゅんという音と共にもう一匹増える白ウサギ。


「ツナぁ。なあ一緒に住もうぜ!ツナがこっちがいいなら俺ずっとウサギでもいいぜ?」

「まあ私も付き合ってあげてもいいですね。」

「ふ………っ」


二匹のもふもふの誘惑。

ヤバい、これはヤバい。かなり可愛い。

生命の危機の方が大事な筈なんだけど負けそう。俺、こういう小動物の目に弱いんだ……!!










続く…





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