2.白ウサギ跳ねる





「!?痛っ……て、あれ!?」


「デジカメ取ってくるわ〜!」と屋敷内に走って行ってしまった母さん。

結局ここがどこなのかは分からないままだ。

言うだけ無駄だから戻ってくるまでに脱いでやろうとカツラに手を伸ばしたんだけど。

……カツラだと思って髪を掴んだんだけど。


取れないどころかめっさ痛い。


くっついてるとかじゃなくて、もう地毛を引っ張られる痛さだ。

というか地毛だ、間違いなく。痛いもん。


「な、なんで!?」


肩を越える長さの髪。それが俺の頭から生えてる。

寝るったって数時間しか経ってない筈なのになんでこんな髪伸びてんだか。


「………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………夢か。」


俺が馬鹿なことを今すごく実感した。

そうだよ夢だ、これ。ものすごく今更だけどやっと気付いた。

だっておかしいことだらけじゃん。

風景だ髪だといろいろあるけど一番あり得ないのはこの服だ。

脱ごうとしたらこのエプロンドレス、ボタンもファスナーも継ぎ目もない。

「脱げない」以前にどうやっても「着れない」。

気付くと同時に「なんだ」という脱力感が増す。

夢ならあんな騒ぐ必要無かったや。

あんまり母さんが母さんらしいこと言うから現実かと思って慌てちゃったよ。


「………ふあ……」


大きな欠伸が出る。

落ち着いたらまた眠くなってきた。ぽかぽか陽気に瞼が重い。

夢の中まで眠いとか、無気力過ぎる気がするけどこんなしょうもない夢は終わるに限る。

芝生の上に仰向けに寝転んで目を閉じれば早々に意識が沈んでいく。

まったく意味の分からない夢だったな……


「……………」


かさかさかさかさかさ


「………………」


かさかさかさかさかさかさ


「……………………」


かさかさかさかさかさかさかさ


目を瞑ると他の感覚が鋭くなるって本当なんだな……

なにかが俺の周りを動き回ってる。

母さんにしては芝生を踏む音が軽過ぎる。

なんか小さな……猫とか子犬とか……


かさかさかさかさかさかさかさかさ


「………」


うっすらと目を開ける。

はっきら開けなかったのは俺の勘が面倒事の予感をびんびんに訴えていたからだ。

薄暗く見えるボケた視界にその音の元が飛び込んでくる。


「!」


ぴょこん、と跳ねる白ウサギが一匹……じゃなくて一羽。

服を着てるウサギだ。赤いチェックの上着がとたすき掛けした金時計が目を惹く。

犬にも服を着せる時代だしウサギに着せてもいいと思う。体温とかそういう意味もある行為だって聞いたし。


「……………」


ぴょこぴょこするウサギが視界を横切る。

なんだただのウサギか〜、と思いつつ俺は寝たフリを続ける。

頭の中で微弱に警報が鳴っている気がする。まだ起きてはいけない、起きては。

だって、服は納得出来るけどやっぱり見過ごせないことがあるんだ……


このウサギ、後ろ足で立って直立して跳ねてる。


四本足じゃないウサギ……よく考えなくてもやっぱり怪しい。

というか、このシチュエーションはものすご〜く有名な話の、冒頭のワンシーンじゃないだろうか。

ウサギがこっちを振り返りそうになるのを見て反対側に寝返りをうつ。

厄介ごとの気配がする。超直感なんかなくても分かるくらいに俺の経験がそう言ってる。

二足歩行の珍しいウサギなんて、小さい女の子なら興味津々で追いかけるだろうが俺は見送りたい。ああ、全力で見送りたい。

俺は寝たフリを止めて本格的に寝に入る。夢ぐらい平和に終わりたい。現実の方が凄まじく物騒なんだから。


「……………」


かさかさかさかさかさ


「………………」

「………………」

「………………」


すぐ後ろにまでウサギが移動してきた。

……素通りして欲しかったんだけど。しかもそこでじっと俺を見てるのが気配で分かる。

話の内容、うろ覚えなんだけどウサギってなんか急いでてこっちに気付かずに走っていっちゃうんじゃなかったっけ……


「……………」

「……………」


見てる。

じっと見てる。

急ぐどころかウサギはどこかに行く気も無いようだ。

これはもう、寝る以外に逃げる方法は無さそう、


「いい加減に起きねぇ?諦め悪いぜ。」


ぽん、と前足(?)を腕に乗せられた。

……狸寝入りバレてる。

高い声が「起きろって〜」と体を揺する。この声の主はウサギのようだけど確かめる気は起きない。絶っっっ対に嫌だ。

起きたら最後、最悪の悪夢に切り替わるそんな予感がする。いや確実になる!!


「ぐ〜……」

「…………」


寝る。

寝るったら寝る。

俺はうつ伏せになって外の全部をシャットアウトする。さよなら悪夢予備軍。


「っとに諦め悪いな、ツナは〜。」

「!?」


がしり、と腰を掴まれる。

ウサギじゃない、人間の手だ。そう気付いた時は体を持ち上げられた後だった。

キーキー言ってた高い声も聞き覚えのある、低くて穏やかな声に変わっている。


「よっこいせ。」

「ちょ、なにすんだ!」

「ん〜?ツナが追い掛けてくんないと話始まんないだろ?」


肩に俺を担ぎ上げた相手に文句を言おうと体を捻る。

始まんなくていいんだよ!!悪夢の序章なんか!!


「寝たフリしてたツナが悪いんだぜ?」

「寝たフリしてる理由を察するくらいの友情があってもいいと思うな!つか降ろせ!降ろせっての山本!!」

「まーまー。落ち着けって。」


じたばた暴れる俺を抱えた親友という名の誘拐犯は呑気に無茶な事を言いながら走り出す。

これが見ず知らずの人間とかだったら容赦なく蹴り飛ばすなり殴り飛ばすなりするんだけど相手は山本。

目に痛い赤いチェックの上着を着てても頭にウサギ耳生やしてても山本だ。山本の形をした悪夢だ。

夢と分かってても物凄く殴りにくい。

つうか、さっきのウサギってもしかして山本だったのか……


「ううっ……」


ウサギ耳が似合ってないのがまた憐れみを誘う。

俺、夢とはいえ親友になんて格好をさせてるんだろう……


「ん?ツナどうした?酔ったのか?」

「……違う。」


うんうん呻く俺を心配してくれるあたりが本物そっくりだ。

……けどやっぱり止まってくれないし降ろしてもくれないんだよな。

なかなか気合いの入った悪夢だと思う。


「ごめんな〜。すぐ揺れなんか気にならなくなるからそれまで我慢してくれよな!」

「謝るくらいなら降ろしてよ……」

「それは出来ねえかな。だってツナ絶叫マシーン嫌いだろ。」

「……うん?」


なんで今その話?

そう尋ねる前に山本が地面を蹴って飛び上がった。

後ろ向きだった視界に、大きな穴が現れた。……山本の足の下にそれはある。

当然ふわりと浮いた後に襲うのは、大っ嫌いな落下の感覚。


「ふ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「ははは、ツナでっけぇ声。」


やっぱり殴ってでも逃げとくべきだった!!!!

そう後悔してももう遅い。


「そういえばツナ、その格好超可愛いな!似合ってるぜ!!」

「今言うかそれええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


親友の偽物とはいえ本気の殺意を覚えた。

もう充分過ぎる悪夢だ……









続く…





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