3.元凶、芋虫





「……ん……」


良かった……

いつの間にか落下は止んでいた。

というか、悪夢から抜けられたようだ。場所が違う。

目を開くと辺りの景色が様変わりしていた。

ぼんやりとした紫のような緑のような色が混ざった絵の具のパレットを連想させる背景に、キラキラした星空のような光が散らばる。

上も下もない世界。全部がそれだ。

まだ夢の中なのは確かだ。

けれどよく、落ちる夢を見たすぐあとに目が覚めたりするからあれがきっかけで切り替わったのかもしれない。

なんにせよ良かったよ……ウサ耳の山本も穴も全部終わっ、


「………ってない。」


服が。

まんまだ。髪も長いまま。

俺はまだエプロンドレス姿だった。

俺、無意識に女装願望とかあるんだろうか。自分が心配になってきた。


「大丈夫、ボスの趣味じゃない。」

「!」


頭上から降ってきた声。

見上げればいつの間にかクロームが居た。マーモンのようにふよふよと浮いている。

……母さん、山本でクロームか……面白いくらいに俺が手が出せない相手だらけだ。さすが悪夢。

なにか起こる前に是非目覚めたいとこなんだけどな……


「まだ序の口。この後もっと出てくる。」

「え〜……まだ続くの……」


不吉なことを言いながらクロームが目の前に降りてきた。

山本たちと同じくクロームもいつもと違った格好をしている。

金縁の逆三角形の眼帯に、黒いベスト。その下から先の別れた燕尾服のような白い上着が覗く。

それ以外が全体的に黒いから胸元にある紫のスカーフが目を惹く。

肩から二の腕だけが剥き出しになってて体の細さが際立つけれど普段、際どいくらいお腹出してるからこれくらいが丁度いい気がする。

俺、思ってたよりずっとクロームのあの格好気にしてたのかなぁ……?

確かに露出し過ぎだなって思ってたけど。

ただでさえ可愛いのにあんな格好してたら変質者とかに狙われちゃうんじゃないかと。


「大丈夫、みんな叩きのめすから。今までもそうしてたから。」

「へ?」


…………俺、なにも言ってない……よな?

クロームを見るといつものきょとんとした顔で小首を傾げている。

悪夢だろうとやっぱり可愛らしい。


「ありがとう。でも今はボスの方が可愛い。」

「……んん?」


やっぱり俺、なんも言ってないんだけど……

なんでだ、とクロームと同じ角度で首を傾げる。


「言わなくても分かる。考えてれば全部『読める』の。」

「………そうなんだ。」

「うん。」


………ま、夢だもんね。当たり前か。

自分で自分の考えが分かるのは当たり前だ。

クロームの格好した夢にちょっと慌ててしまったけどそう思えば気にならない。

考えが読まれるだなんてそんなぞっとしないこと……


「ボス、納得してるところ悪いけどこれはボスの夢じゃないの。」

「…………え、でも現実……」

「でもないわ。これは私の夢。」

「え。」

「痛みを感じても目が覚めないでしょう。夢を見てるのがボスじゃないから。」

「ええっ。」

「因みにボスのお母さんも山本くんも本物。」

「うええっ!?なんで!?」

「想像より本当の方がボスのリアクションが面白いと思って。」


無邪気な声と顔でなんつーセリフを吐き出すんだ、この悪夢!!

いや、彼女の言う事が本当ならこれはクローム本人で、つまり母さんや山本のコスプレの原因もクロームってことで……つうことはこの格好も?

なんの恨みがあって俺にこんな苦行を


「ボス、可愛い……とっても可愛い……!」

「…………アリガトウ。」


うっとりした顔のクローム。

俺は口から出かけた言葉を飲み込んで、思ったこととは違う言葉を吐く。

山本は殴れなかったけどまだ文句が言えた。

クロームの、滅多に見れないキラキラした嬉しそうな顔を前にして反論出来る男が居たら教えて欲しい。


「……クロームがアリス好きとは知らなかったよ……
でもやるなら自分がアリスやればいいんじゃないかな。」

「ダメ。そんなのつまらない。」


ちょっとむくれたような声を出すクローム。

現実と違って、夢の世界は感情が表に出やすいらしい。

いつもはあまり起伏がない声と表情がコロコロと変わる。


「それに」

「?」

「フリフリヒラヒラあんまり好きじゃない。」

「気が合うね、俺もだよクローム……!」


低い声も出るというもの。

好きじゃない度で言うなら俺の方が切実なレベルだよ、間違いなく!

そんな理由で着せられた俺の身にもなって!!

大体、自分が着たくないからってなんでそこで俺なんだ。

フリフリヒラヒラが似合うなら京子ちゃんやハルのがよっぽど


「それもいいけど、喜ぶのボスくらいで反応がきっとイマイチ良くないと思うの。」

「……反応?」

「そう、やる気が出ないとゲームにならない。」

「ゲーム???」


こくん、と頷くクロームはいつも通り何を考えているのか分からない。

ふわんと浮き上がるとじっと俺を見て何かを考えるように手を口に当てる。


「やっぱりボスにして良かった。でもちょっと危ないかも……?
だからってグローブはあると無敵になっちゃうし、そうするとただの格闘ゲームだし……やっぱり無い方がいいと思うし……
それにボス鈍いから夢の中ででも危険なことを体験しといた方がやっぱりいいと思うの。」

「??」


なんかぶつぶつ言ってるんだけど、小さい声だからよく聞こえない。

クロームは俺の周りをくるくると飛び回ってから、また目の前に降りてきた。


「ちょっと心配だけどボスがなるべく危なくならないように頑張るから。」

「……危なくなるような事態がこのあと待ちかまえてるわけ……?」


同じ頑張るなら是非とも日常に帰していただきたいと強く思う。

考えてることが分かるなら絶対今の俺のお願い見えてる筈なのにクロームは綺麗に無視してくれる。


「あ。」

「?」

「もうすぐ着くから衝撃に備えて、ボス。」

「……………衝撃?」

「落ちてたでしょう?」


忘れちゃったの?という顔のクローム。

……忘れるわけがない……続いてたのか、落下……どんだけ深い穴なんだよ……

衝撃ってそれ死ぬじゃん。ここは冥界の入り口とかだったのか。嫌な夢過ぎる。


「違う。ここは夢の中。夢の夢。私の領域なの。」

「クロームの?」

「そう。私、この夢の世界を『作った』から世界の中に入れないの。だからこうやって夢の夢にしか出られない。
ボス気絶しちゃってたから丁度いいと思って出て来たの。」

「丁度いいって……」


本格仕様なんだ……幻術師の本気ってヤツか。

でもそれ、できたら違うところに使って欲しいな……









続く…





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