4.時計屋始めました。





「……と…!…れ……」

「…………?」


誰かが叫んでる。

ふと閉じてた目を開く。視界に広がるのは石の床と青い空。

まばたきを繰り返すと段々思考がクリアになっていく。


「……ら、……だって!」

「んなわけあるかぁ!」

「!」


この声……?

起き上がろうとしたけど腕がガクガクして力が入らない。

よく、遊園地とかで無理矢理ジェットコースターとかに乗せられたあとになるんだけど。


「じゃ、頼んだぜ!」

「まっ……話はまだ終わってねぇぞ!!」

「そうなのか?あ、でも時間ねえんだ。また今度な!!」

「ああ゛!?待て、おい!!!!?」


ぐぐ、と無理矢理腕に力を込めて体を起こすと、階段を駆け下りていくウサギ耳とそれを呼び止めようとする黒い後ろ姿が。


「っんの、あの野郎……………ん?」


ガシガシと髪をかきむしりながらこちらを振り返った相手と視線が合う。

ぱちぱちと瞬くと、相手はびっくりしたようにぽかんと口を開けている。


「「………………………」」


膝立ちになっている俺と立ち尽くす相手。

お互いがお互いの全身を無遠慮に眺めている。


「…………沢田、か?」

「…………スクアーロ、だよね?」


そしてお互いに自信なさげに確認し合う。

まあ俺のこの格好じゃそういう反応になるよね……あっちもかなり見違えたけど。

スクアーロはトレードマークの長い銀髪を金茶色のリボンで縛り、動きにくそうな素材の、膝裏まである黒いオーバーコートを着てる。

その下には金と黄土色のベストを着て、胸元やら腰やらに時計を下げている。

普段は動きやすそうな丈の短い上着を愛用してて黒一色なのに……

なんていうか、インテリ系というヤツに見える。

眼鏡掛けてるのもあるかもしんないんだけど。なんか全体的に………違う?


「なんでテメェがその役なんだ……」


スクアーロはびっくりした顔からなんだか哀れむような顔になっている。

それは今さっき俺も当人にぶつけてきた疑問だ。


「……フリフリヒラヒラは好きじゃないんだって。」

「いや、それは自分がやらねぇ理由だろ!そこでなんでテメェをチョイスしたのかって話だぁ!」


それも聞いた気がする。でもなんか要領を得ない答えだったんだよな。

え〜と……なんだったっけかな……


「確か反応が良くないとかゲームにならないとかなんとか……」

「なるほどなぁ。」

「え、納得するの!?」


スクアーロはじろじろと俺を上から下まで眺めて頷いている。

正直居心地が悪いからあんまり見ないで欲しい……


「少なくとも二人、いや三人は反応するだろうなぁ……つってもあいつらがどこにいんだか分かってねぇけどな。知りたくもねぇが。そもそもなんで俺まで巻き込まれてんだかさっぱりだぜ……つうかあの野郎、俺に押し付けて行きやがって……」

「え〜と、スクアーロ?」

「なんだよ。」


さっきのクロームみたいにぶつぶつ言い出したスクアーロ。

なんかぶつくさ言ってる間に段々いつもの雰囲気になってくから怖い。


「スクアーロは、本物?」

「そうだ。……マーモンにハメられてなぁ。起きたらただじゃおかねぇ……!!」


立ち上る殺気に後ずさる。

怖い。間違いない、これ本物だ……!本物のヴァリアーだよ、ヴァリアー!!


「あ、あのさ!!さっきのって山本?」


スクアーロが怒りで我を忘れる前に慌てて話題を変える。

折角珍しく穏やかな感じだったんだからそのままでいて欲しい……


「ああ。テメェ抱えて落ちてきた。」

「落ちてきた………ってどこから。」

「上からだぁ。」

「………上から。」

「ああ、上からだ。」


俺たちはどっかの建物の屋上にいる。展望台にも思える塔の最上階だ。

上には雲一つない綺麗な青空しか広がってないんだけど…………


「………………」


止めよう。

ここはクロームの夢だ。

俺の想像を超えたことをやらかすクロームの夢なんだ。

庭の穴からなんで空に抜けるんだとか、そういう細かいことまでツッコんでたら体力がきっと保たない。


「……あんな高いとこから落ちてきたんだ。」

「で、そこに着地したわけだ。」

「………へぇ。」


スクアーロが指差す先にベコリと凹んだ金属製のタイルがあった。二つ、靴の形がくっきりと残ってる。

どんだけの勢いでぶつかったらああなるんだ……

俺が無事なのも疑問だけど、さっきの感じだと多分山本もなんともなさそうな……走っていったみたいだし。


「でさ、その山本はどこに行ったわけ?なんか急いでたみたいだけど。」

「ん?あいつに用があったのか?ならまだ近くにいんじゃねぇか?叫べば……」


スクアーロに言われた通り、冠壁に身を乗り出して下を見る。塔の下は街が広がっていて、人が大勢行き来している。

けどあの耳はやっぱりよく目立つ。赤いチェックの上着姿はすぐ見つかった。


「山本!!」


どこかに向かって走っていく背中に叫ぶ。

でも全然聞こえないようで山本は振り返りもしない。


「山本ー!!!山本ってば!!!!」

「ちっ……あいつの耳は飾りなのかぁ!?う゛おおぉぉい!!!!山本おおお!!!!!!」

「!!」


いつの間にか後ろにいたスクアーロが吠えた。至近距離にいたから耳が痛い!!

よろよろと距離を取ってる間にも、スクアーロは山本に向かって叫んでくれてる。

なんか雰囲気違うと思ってたけどこうやってると間違いなくスクアーロだなぁ……


「……っつ〜……」


キンキンする耳を抑えて下を覗く。

もう山本は大分離れてしまっていた。スクアーロの声をもってしても届かないくらいの距離だ。


「行っちゃった……」

「ったく……」

「はあ〜。」


ずりずりと床に座り込む。

勝手に連れてきといて放置はないだろ、まったく……何がしたいんだか。

この場合は山本じゃなくてクロームに文句を言うべきなんだろうけど。

さっきも中途半端な説明にもならない説明だけだったし。

夢なら夢と割り切ってもいいんだけどとりあえず俺はこの格好をどうにかしたい。


「どうすれば終わるんだ、この夢……」

「クリアするしかねぇだろ。」

「………クリア?」


なにを?

脇に立つスクアーロを見上げると、どこから出したのか薄い大きな本を読んでいた。なんだか派手な色合いの本だ。


「クリア、というかエンドを迎えればいいんだろうなぁ。……俺はゲームはやらねぇが面倒だな、これ。」

「……なに見てんの。」

「攻略本。」


あるのかよ、夢に攻略本が。

立ち上がってスクアーロの手元を覗き込む。

けれど体の向きを変えられて中身は見えなかった。


「ゲームのプレイヤーはテメェ一人らしい。単純に相手選んでそいつに会いに行ってりゃそのうち終わる。」

「相手?」

「この世界にいるヤツだ。山本や俺の他にもいるから適当に全員会いに行ってその中から一人選べばいいはずだ。」

「……それだけ?」

「ああ。200回くらいで終わる。」

「長っ!!」


なんだ、その作業ゲー!!!!

どんなゲームなの、それ!!面白いの!?


「女向けらしいからなぁ……よく分からねぇが楽しいんじゃねぇのか?
所々で起こるイベントとエンドが目標らしい。」

「ホントによく分からないけどね。200って……」

「………半分以下で終わる方法もある。」

「あ、じゃそっちで。」


早々に終わらせたいし。簡単な方がいい。

けどスクアーロはなんだか苦虫を噛み潰したみたいな顔をしている。


「……本当にいいのか?大分アレだが……まあ実際には影響しないだろうがなぁ。」

「?」

「首が飛ぶのと斧惨殺、どっちが」

「200回頑張ります!」


メルヘンに見せかけて物凄いスプラッタ!!

ホントに大丈夫なのか、クローム!!

つうかどんなゲームなんだ……

スクアーロの持つ攻略本を覗き込もうとすると、ぱたんと閉じられてしまった。


「…………なんで見せてくれないの。」

「やめとけ。見ると後悔するぜぇ……」

「益々気になるし。」


そんなこと言われたら逆効果だ。

無理矢理とろうとすると本を持つ手を上に高く上げられてしまった。

こうなるとジャンプしても届かない。


「スクアーロ!!」

「だぁーっ!!諦めろ!!見せんなって言われてんだぁ!!!」

「誰にだよ!!」

「六道骸にだ!!」

「……へ?」


意外な名前が出てきた。

なんで骸?


「……骸もいんの?ここに?」

「当然いるだろうが。なんせここにいるのは全員っ……」

「?」


スクアーロは何かを言いかけて、慌てて口を覆った。

続きを待ったけどスクアーロは口を噤んでしまっている。

……全員、なんだろう?


「ってそうだ!骸いんならクロームの暴走止められるんじゃ……?」

「ん?そういやそのつもりで動いてるみたいだな。これ置いてったのもヤツだしなぁ。」


攻略本をペラペラ振りながらスクアーロが頷く。

だったら骸と合流した方がいい。


「骸がどこ居るか知ってる?」

「いや……ふらついてるのは知ってるが……」

「そっか……」


まあそう簡単にはいかないよね……

でも骸がいることが分かっただけでも助かった。

ふらふらしてるなら探しに行けばいい。

そうと決まれば善は急げ、だ。








続く…





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