23.アリスは落ちるもの そろそろと木の影からあたりを伺う。誰もいないのを確認してようやく安堵の息をつく。 ディーノさんもザンザスもいないようだ。獄寺くんもいないけど。 戦いが終わりそうにない4人を放置して、ルッスーリアの言う通りに城から森に戻ってきた。 骸を見つけるより先に気になったのは俺を逃がしてくれた獄寺くんのことだ。 記憶と城の方向を頼りにあのドアのある木のところまで戻ってきたわけだけど。 「……ここだったはずなのに。」 木に生えたドアノブに触れる。 ディーノさんのマシンガンに粉々にされたはずのあのドアだ。 色も形もあのドアに間違いないのに、穴どころか傷もついていない。 辺りもあれだけの銃撃音がしてたのにまったくその痕跡がない。時間が巻き戻ってしまったかのようだ。 「う〜ん……」 どうしよう、一回遊園地まで戻ろうかな。 でもなんとなく、獄寺くんはあそこにいない気がするんだよなぁ。 不良っぽいんだけどイマイチ中身まで不良に成り切れてないからああいう賑やかなとこに居たがらない感じがする。 それに心配ではあるんだけど「大丈夫」とも思えるんだ。 チェシャ猫はにんまり笑って気まぐれに現れたり消えたりするものだから。そのうちニカって笑いながらひょっこり出てきそうな予感がする。 その様がありありと想像できてくすりと笑いが漏れる。 うん、やっぱり当初の予定通り骸探しを優先しようかな。 「ん?」 ゆら、と視界が揺れた。もう一度ゆらり。 ぱちぱちと瞬きして目を擦る。 いや、違うや。おかしいのは俺じゃない。ホントに景色が揺れているのだ。 どうしたらいいんだ、これ? わたわたとあたりを見回しているとゆらゆら揺れる景色に別の景色が重なる。 ホントに目眩がしそうな視界の揺らぎに目を瞑る。 「……………?」 収まった、かな? どれくらい目を瞑っていたか。短いような長いような……とにかくそろ、と瞼を持ち上げる。 「わ!?」 どこだここ!? 森は森なんだけどドアの木が無い。ついでに城も見えないから方角も分からない。 てか、なんか高い木だらけ!!森の外が見えない! ど、どうしよう……とにかく、なにか道らしいものがあれば。 夢だけど感触がリアルだからこんなとこに一人にされると不安が募る。しかもなんか薄暗いし、ここ!! 道じゃなくてもせめて日の当たる場所に出たい。こんな如何にもなとこゴメンだ! ちょっと高い草を踏み分け歩き出す。 いや、歩きだそうとした。 「!」 ず、と踏み出した足が抜ける。地面だと思っていたのに、脆く崩れたそこには黒い裂け目が。 また穴かよ!! そう思ったときには体が戻れない角度にまで傾いでいた。やばっ!! 「っ………?」 今度こそヤバいと思って身構えた。痛みを覚悟した。 けれど来たのは落ちた衝撃だけ。結構な高さがあったのに痛みは差ほど…… したたかにぶつけた鼻を抑えながら、はたと俺の下敷きになっている「クッションになったもの」が暖かいことに気付いた。 そしてぱちりと瞬いた視界にはちょっと前に目にした紫地のスカーフ。 げ。 そろ〜、と目線を上げればやはり赤い眼とかち合った。 ザンザスはひょこりと長い耳を揺らし、ぶつけたのか後頭部を抑えて珍しく虚を突かれたような顔をしている。 一難去ってまた一難。 ぴしりと凍り付いたまま相手を見つめる。まだいたのか! 逃げるべきか誤魔化して逃げるべきか。逃げる他に選択肢が思いつかないけど蛇ににらまれた蛙のように動けない。 「……ふ。」 どうしよう、どう出る?とぐるぐる考えてる俺をよそにザンザスはくっと笑って俺の顔にかかっていた髪を払う。 ぞわ、と背筋に走る違和感。なんだ、その女性にするような仕草は! いや、この際それはまあ「土台」とやらのせいにしてもいいとして。 それよりも怖いのはこの男の場合はこの笑い方と優しげな動作の次には必ず何かやらかすということ。 する、と髪を払った手が頬をなぞって降りていく。 「っ!」 顎を緩く捕まれて顔を固定される。 ビクビクしながら、奴がなにかしようとしたら即座に行動しようと思ってるんだけど、ザンザスはニマニマと俺を眺めるだけ。 眺めるだけといってもなんていうか、ものすごくいやらしい感じだけど! 「ざ、ザンザス?」 「悪くねえな。ほつれた髪ってのも。なかなかそそる格好じゃねぇか。」 「!!」 足の付け根を這い上がる大きな手。 気付いてなかった、スカートがすんごい捲れ上がってる! 慌てて不埒な手を払いスカートを伸ばす。顔から火が出そうだよ!! ザンザスの胸倉を両手で掴んでキッと睨み上げる。 「なに考えてんだお前は!!悪乗りすんのもいい加減にしろよ!」 「悪乗り、な……ぶはっ!」 突然笑い出した3月ウサギ。 ウサギなのは耳だけで目にはギラギラと怖い光が見え隠れする。 もうやだ、この人怖い。一番怖い。 どこまでが素でどこからが「役」なんだか全然分かんないのが嫌だ。 胸倉を掴んでいた手を離すとまだ笑っているザンザスの上から退こうとする。 やはり逃げるというか離れるのが正しい選択肢に違いない。まあ、クッションになってくれた点にだけは感謝するけど。 頭上に空いた裂け目を見てぶるりと体を震わせる。 「おい。」 「のわ!?」 穴を見上げて立ち上がろうとしたのをエプロンの結び目を掴んで引き戻される。 中腰だったから踏ん張れるわけもなくどさりと尻餅をついた。ザンザスの膝に乗り上げた状態だ。 「いてて……何すんだよ!!」 「ああん?悪乗りに決まってんだろ?」 耳のすぐ後ろでした愉しげな低音ボイスにぞくぞくと寒気なんだかむず痒いんだか分からないものが全身を走る。 明らかに、声音が違う。今までとえらく違う。 に、逃げ……!? すぐに腰を浮かせたけれど、ぐるりと太い腕が内臓を潰す気なんじゃないかと思うくらいの力で体に巻きつく。 単純な力勝負じゃこいつには絶対勝てない……! 「ぐ……!」 「どうせ乗るならいけるとこまでいってやる。現実の予行演習くらいにはなるんじゃねぇか?」 「なんのだ!ぅ……っ変なことすんなぁ!!」 み、耳噛んだ!耳噛んだ!! しかもそれだけじゃなくてべろって……!! ぶんぶんと首を振って上半身を反対側に反らす。これ以上悪戯されてたまるか! 腹を抑える腕をなんとか外そうと両手に力を込めるも、まったく堪えていない。 くそ〜……暗殺部隊リーダーの癖に変なことで本気を出すなよ……! 「ううっ……!」 「ふん。煽るのがうめぇじゃねえか、綱吉。もっと足掻け。」 「ばっ!!」 お前を喜ばす為にやってるんじゃないわ!!本気で嫌がってんだよ馬鹿ウサギ!! 振り返って耳でも引っ張ってやろうかと思ったんだけど哀しいかな……全然届かない。悔しいほどの体格差。 しかもあれだ。スペードは耳が垂れてる種類だったけどザンザスは山本と同じくピンと立ってる種類のウサギだ。 弱点が見えてるのに……!!うぐぐと歯噛みしてるとニターリと笑うザンザス。 「!」 ひんやりとした外気に触れる足。するすると捲れていく感触。 あわや、デッドゾーンがというところで慌ててスカートを抑えつける。 「おい!その手を離せえええ!!」 「断る。」 スカートの裾を掴んで大胆に捲り上げようとしてるザンザス。 ぐぐ、と抑えつけて意地でも離したくない俺。 普通なら布地が裂けてもおかしくない力なんだけどクロームの「危なくないようにする」で守られたエプロンドレスはまったくダメージを受けない。 けど! 「綱吉。」 「なんだよ!」 「トランクスじゃねえようだな。」 「んなことどうでもい……ってなんで知ってんだよ!!」 「カス鮫が。てめぇがパン一で戦ってたと。」 スクアーロおおおおおおおお!!なに人の黒歴史教えてんだああああ!! 今初めてスクアーロに殺意が湧いた。けどスクアーロよりも今この危機だ。 諸悪の根源だけど、クロームの服の強化措置は助かる。助かるんだけどかなり困ったことをしてくれたのを薄々感じてたんだ…… 下着が。明らかに違う。トランクスより布面積が無い。 歩いててスカートの擦れ具合で大体気づいてたんだけど。 多分、男物じゃない気がする。 怖いから確認はしてない。もちろんされたくもない。 特にこいつには!! 「ザンザス!離せっての!!なにがしたいんだお前は!!」 「今から教えてやる。」 「いや。いい!!やっぱいい!!聞きたくない!とにかく離せ!」 「てめえが離せ。進まねぇ。」 どこに進む気だ! ぐぐ、とスカートを引っ張る力が増す。負けじと両手でスカートを抑えつける。 「!」 すすすとザンザスの逆の手、腰に回っていた手がなにやら不穏な動きをし始める。 服の上を腰から腹を撫でて臍の上で止まり、そのまま下へと…… 「ザ……!!」 「人の領地で何をしてやがる。」 「「!」」 第三者の声に、妖しい空気が霧散する。 ザンザスの腕の力が緩んだ隙に転がるように距離をとる。 あ、危なかった……!! ぜはぜはと息をしてるとザク、と近くでする足音。さっきの声の人に違いない。 顔を上げると、カンテラの光が目に入った。薄暗い中にいたからちょっと眩しくて手で光を避ける。 「ん……?お前……」 ぐい、と相手が顔を近づける。 大きなシャベルにぶらさがったカンテラがその動きに合わせて揺れる。 明るさに慣れてきた視界にぼんやりと見える赤い色。 「まさか、デーチモ……?」 続く… |