24.穴の先には美術館





本当に虚を突かれた。

この人がいる可能性なんてこれっぽっちもまったく考えていなかった。

あっちも驚いてるけど俺はそれ以上だ。

落ちた裂け目の下に広がる洞穴のようなトンネル。そこで如何にも作業員といったような格好ででかいシャベルを肩に担ぐ人。

ぽかんとして相手を見上げていると二の腕を掴んで立たせてくれた。


「ったくこんなとこで転がんな。折角の服が汚れてるじゃねぇか。」


俺の全身を見て服の汚れを叩いて落としてくれる。

カンテラに照らされた顔をまじまじと見つめる。顔の半分に走る入れ墨。やっぱり、気のせいじゃない。


「えっと。Gさ」

「『さん』はつけるな。」


ギロリと睨まれて「ひっ」と声が出た。怖い。

獄寺くんも目つき鋭いから怖いしザンザスなんか顔の傷の凄みもあってもっと怖いけど。

この人二人合わせたくらいに怖い!


「ご、ご、ごめんなさ……」

「…………………………………悪い、つい癖でな。」


怖くて身を縮こまらせてたら、バツが悪そうな顔で頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

恐る恐る顔を上げるとGは困ったような表情で溜め息をつく。


「あ〜……似てんだか全然似てねぇんだが……どー扱やいいんだ、まったく……」


ぶつくさとぼやきながら頭を撫でる手は止まらない。赤ん坊の扱いに困ってる若い父親みたいだ。

物凄く、子ども扱いされてるのは分かるんだけどいつもみたいに反発する気が起きないから不思議。

Gが凛々しい眉毛を情けなくハの字にしてるせいかもしれない。だって本気で困ってるよ、この人。


「あのな、デーチモ。あれは本気で怒った訳じゃなくてな。あれだ。そう、条件反射。
ジョットの野郎がよくそれでからかってくるからついつい反射的にな。だからお前に悪気が無いことは分かってる。」

「………」


わあ。

俺は目の前であれやこれやと説明を始めた人を見上げて思った。

必死に弁解してる獄寺くんにそっくりだ。


「お前のような子どもに大人気ない態度をとった俺に非が有るのは」

「ふふっ」

「……デーチモ?」

「あ、ごめんなさい。」


大きくなった獄寺くんみたいでつい。雰囲気は似てるけど実際はそんなに似てないのにね。

Gは何かを言いかけて口を閉じた。ぽふぽふと俺の頭を撫でてカンテラのついたシャベルを担ぎ直す。


「さて……まずはこの辛気臭い場所から出るか。お前はどうする。」


Gの視線の先にはザンザスがいる。

奴はちら、とこちらを見ると興味なさげにそっぽを向いて腰から二丁拳銃を取り出す。

それを地面に向け憤怒の炎で跳び上がり、さっさと地上に戻る。

とりあえず、ザンザスは放っておいてもいいみたい。少なくとも俺みたいに無様に落っこちたわけじゃないのは分かった。


「綱吉。」

「なに。」

「忘れるなよ。」


穴の淵に立つウサギ耳の男を見上げる。

ザンザスはニヤ、と笑うと自分の耳を銃で示して踵を返す。

『ウカレウサギ』な。もーよく分かった。


「デーチモ、どうした。追わないのか。」

「え。」


なにが?

またもや虚を突かれて振り返ると、Gが当然と行った顔で穴から見える空を指差す。

……んん?


「ウサギを追わなくていいのか?」

「いえ、あいつは3月ウサギで……それ以前に出れません……」

「どうしてだ?飛べばいいだろ。」

「あ〜……のですね。それが……」


首を傾げているGに、今までの経緯を簡単に説明する。

説明していくうちに、端正な顔の中心に深い縦皺が増えて行くのが地味に怖い。

最後まで話すとGはとうとう額に手を宛ててがくりとうなだれた。


「あ〜と……G?」

「また霧か。連中は常になにかしでかさないといけないルールでもあるのか……?」

「はは。」


否定出来る要素がなさすぎて乾いた笑いも出る。

しかもGの時代の霧、あいつだし。心の底からお悔やみ申し上げたい。

俺、骸で良かった。ホントに良かった。クロームに関しては…………………まあ実害ないし。普段はいい子だし。紅一点だし、うん。可愛いし。

カンテラを掲げるGに促されて、並んで歩き出す。

そう言えばさっきから気になってたんだけど……


「あの、なんでカメラなんか持ってるんですか。」

「ん?ああ、借りた。」


誰に。

俺はGの首から下がるそれを半目で見やる。どう見てもこの人の時代のものでもこのメルヘンな世界のものでもない。

コンパクトサイズの超薄型。紛うことなきデジタルカメラだ。


「スペードの馬鹿が潜り込んだから同僚代表の抑止力で呼ばれたんだが、協力してもらった謝礼だと言われてな。」

「カメラがですか?」

「いや、なんだか愉快な格好させたからこれで撮ってみなさんの土産にどうぞと言われたんだ。」

「………」


あれはやはりクロームの嫌がらせチョイスだったのか。

そして『無様にもウサギにされて目の前で散々嘲笑って馬鹿にして精神ダメージを与えた挙げ句に写真のひとつでも撮って叩きつけてやろうと思っていた』のはどうやらお前だけじゃなさそうだぞ、スペード。

キュイ、と真剣な顔でデジカメを起動させてる人を盗み見る。

草色のジャケットに同色のズボン。ふくらはぎまであるブーツ。

鉱山かなにかの作業員の服装で驚いたけど、Gは比較的まともな格好………いや、作業ツナギで胡散臭すぎるオヤジを一人知ってるから格好じゃないな、きっと人柄だ。

あのオヤジはまともな格好したって胡散臭いし。見たことないけど。

彼はポケットから覗いた軍手ですらビシッとして見える。もーこれで「君も銅山で働かないか!」とかいうポスターのモデル出来る。

ただ、作業着のジャケットの下に着てるシャツとネクタイが緩まり過ぎて、鎖骨どころか胸の線まで見えてるのがね……

そんな男の色気を振り撒いてどうするんだ、羨ましい。


「大体の操作は分かったんだが当人が見当たらなくてな。知ってるか、デーチモ。」

「スペードなら城に居ましたけど。」

「城か……それでどんな恰好してやがるんだ?」

「聞くより見た方が面白いかと。」

「それもそうか。」


あの余裕ぶってるプライドの高いスペードが慌てふためく姿が目に浮かぶ。どうせなら直で見たかったな。

にやりと頬が緩むのも仕方がないことだと思う。

クロームも骸もいろいろ恨み辛みはあるだろうけど俺も奴にはある。

脇でGが「そんなとこは似なくていい」とぼやいてるけど。


カンテラの明かりを頼りに歩いていたぐねぐねと曲がりくねる洞窟。どこまでも続くかと思った暗闇にぽつんと浮かぶ光が見えた。

近づいていけばそれは四角い穴だった。大きさはドアくらいあるんだけど、変な高さがある。まるで窓のような位置だ。

ちらっと見えたのは、外ではなくどこかの建物の中で……ってここ?


「持ってろ。」

「あ、はい。」


縦穴、いや四角い枠の中を覗き込もうとしていると、手にシャベルを押し付けられる。

おお!?結構重いよ、これ!

俺が両手で抱え直してる間に、Gは片手を縁にかけてひょいとその穴を越えてしまう。その長い脚が羨ましい……

俺の胸の高さにある穴だ。そんな芸当は俺には無理。格好悪いけどよじ登るしかない。

枠の向こうにいるGにシャベルを渡そうと手を差し出す。


が。


「へ?」


枠から身を乗り出したGの手は、シャベルを素通りして俺の両脇へ。

本当に『ひょい』って感じで俺を抱え上げると四角い枠の向こう側に連れて行かれる。長さだけじゃなくて筋力まで羨ましい。


「ふん。なるほど。」


すぐ降ろしてくれればいいものを、何故かGは俺を抱え上げたまま感心した顔で凝視している。

ずっと近くに居たわけだけど明るいとやっぱ辛い。情けなくなるから見ないで欲しい。

居たたまれなくて視線を落とす。


「あ……」


視線を落とした先に目立つ刺繍。明るい場所で見れば、一番にそこに目がいく。

ワンダーランドでは有名過ぎる、現実ではもう存在しない鳥。

Gのジャケットの左側に澄ました横顔でいる赤い鳥。


「ドードー鳥?」

「ああ。」


すとんと床に降ろされて、くしゃりと頭を撫でた手が俺の目の前を通り過ぎる。

一瞬だけ塞がれた視界。

開けた目に入ったのは、草色の作業着ではなく灰汁色のダブルスーツ。

ワイルド系がインテリに。唖然として間抜けた感想しか浮かばない。


「お察し通り、ドードー鳥だ。そしてこの美術館の館長もやってる。……副業付きでな。」


そう言って、Gは手慣れた手つきで眼鏡を押し上げたのだった。









続く…





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