25.撮影者ドードー鳥





一瞬の早変わりだった。

山本たちがウサギに変身する時のような音もしなかった。

Gの手にはシャベルも無いし、首から掛けてたゴーグルも無い。

代わりのように細いフレームの眼鏡をかけて、手には白い手袋。

草色の作業着は灰汁色のふくらはぎまである長いジャケットスーツに代わる。

全体的にびしっとした感じなのに相変わらずシャツの襟元とネクタイは緩い。色しか変わってない。

ぽかんとした阿呆面をどれくらい晒していたのか。聞き慣れた機械音が響いてから慌てて正気に戻る。

目の前でGがカメラの背面を見て何か唸っている。


「全身がいいか……ズームを」

「何してんですかあああ!!!!」


慌てて飛びかかろうとするとGがカメラを持つ手を頭上に上げる。と、届かない……!!


「落ち着けデーチモ。フレームに入らない。」

「入れなくていいんです!!つか消してええぇ!!」


まだ撮る気か!!

ぴょっこぴょこ跳んでる間もGはカシャカシャとシャッターを切る。

それ、スペード撮るんじゃ無いのか!!なんか俺に恨みでも!?


「やつがお前がいたら撮って来いと。」

「居なかったことにして!今すぐ消してください!!」

「消すも何もリアルタイムでジョットんとこにデータ行ってるから意味ないぞ?」

「何て事を!」


こんな情けない姿をご先祖に晒す羽目に合うとは。これも夢だったりしないんだろうか。つか夢であって欲しいんだけど!

伸び上がってカメラのレンズを掴む。これ以上撮られるのは勘弁!


「これ、夢の中のですよね!?現実に影響しないですよね!?残らないですよね!?」

「ああ。それは大丈夫だろう。」

「良かった……」

「見るのは連中だけだ。デーチモの霧は気が利くと褒めていたな、歴代が。」

「ひ……いやあああああ!!!!!!」


頭を抱えて地面に突っ伏す。

歴代?今歴代って言った!?じゃあなにか、もしかしてリングの中の人達みんな見てると?世代越えてるじゃん、羞恥プレイ!!

俺の脳裏に継承の時の歴代の顔が浮かぶ。やだもう、涙出てきた。

俺は完全に床に倒れ込むと顔を両手で覆ってうずくまる。


「ボンゴレ脱退します……」

「まだ正式に入ってないだろう。」

「予約お願いします。」


継ぐ気無いけどもし万が一ボスになったらあの中に入るんだよね?いや無理無理。無理!!

クローム許さない、マジ許さないぞ、今回は!ゲーム禁止令出してやる……絶対出してやる……!

ぐすぐすと半泣き状態の俺の脇にGが屈み込む。


「どうした、デーチモ。本物と見紛うくらいに可愛いと全員に好評だ、安心しろ。」

「留めを刺さないでください……どうせなら初代が着ればいいんだ……」


やけっぱち気味にそう呟く。

似てるってみんなが言ってるんだから似合う筈だ。初代が自分で着ればいいんだ!

そうぼやく俺の頭上でカシャカシャとシャッターを切りながら、Gが口を開く。


「あいつが着たらガタイが良すぎて気持ち悪いだけだろう。骨格からして無い。そこは似なくて良かったな、デーチモ。」











――留めだった。











* * * *


ざわりと背筋をやすりでなぞられるような感覚。

手首から『得物』を抜き取り振り上げる。

途端、頭上から降る鮮やかな色と重い斬撃。耳障りな金属音と共にそれを『得物』で受け止める。


「やあ。」


まるで散歩の途中で会ったかのような気安さだ。けれど交わされるのはにこやかな挨拶ではなく殺意のこもった刃だ。

予測はしていたがこの男もいたか……しかし何故刃物を持たせたのか。

成長で威力は倍、刃物で三倍……どこの最終兵器だ。


「やっぱりいたね。のこのこ現れるなんて探す手間が省けたよ。」

「熱烈な歓迎ですね。わざわざこんな森の中までご苦労様です。」


森に彼の気配を感じたので出てきたというのに、厄介な男に見つかったものだ。

逆の手に持つもう一つの『得物』を相手――雲雀の胸目掛けて突き出す。

だが雲雀はそれを後ろに跳んで避け、くるりと回りながら長剣を低く横に凪ぐ。

足を狙う攻撃を奴の肩を蹴り、飛び上がることで回避する。

雲雀の次の手が来る前に足のホルダーから小振りの刃を数本抜き取り、急所目掛けて投じる。

案の定、高い音をさせて全て弾かれたがその隙に木の上へと移動できた。

彼と戦うのは現実なら悪くは無いですが今はそれより優先させなくてはならないことがある。

太い枝に足をかけ、下を覗けばむすりとした顔の『騎士』


「降りてきなよ。」

「折角のお誘いですが急ぎの用があるのでまたの機会にお願いしますよ。」

「急ぎねぇ……」


ふ、と笑う男に嫌な予感を覚え足場を蹴る。隣の木に降り立つと同時に豪快な音をさせて枝が落ちた。

振り返れば木の幹に突き刺さる剣。投げただけで人の腕ほどある枝を切り落とすとは……どんな腕力だ。


「その用ってあの子にあるんじゃないの?」

「そうですが。」


否定するだけ無駄なので頷いてみせた。

木に刺さる剣に手を掛け、引き抜く。それを放り投げれば雲雀が器用にも鞘でそれを受け止めた。


「どこにいるか心当たりでも?」

「いいや。でも見つける方法は分かる。」

「?」


地を蹴り垂直に走るように木の上まで迫る雲雀。

……なんでしょう、嫌な予感が。


「君探してるから君といれば見つかると思うんだよね。」

「そうですか?僕は二手に別れた方がいいんじゃないかと…………何故、剣を抜く。」

「待ってる間暇だよね。」

「いえ。そんなことはありませんよ。忙しいです。」


鼻歌を歌いそうな機嫌の良さだ。

雲雀はそれは楽しそうに抜き身の剣を構えている。

夢にも体力の限界ってあるんでしょうか……まったくもって厄介なのに捕まった。

増える頭痛の種を睨みながら、『得物』を構えた。



* * * *


ぽすんと頭の上に何かが乗る。それはもぞもぞ動きながらぼとりと膝に落ちてきた。

灰色のウサギ。しゃべらないし変身しない、正真正銘のウサギだった。


「そう気を落とすな。」

「誰のせいですか。」


また、頭にぼとりとウサギが乗っかる。

俺の周りにはふわふわもこもこのウサギがひしめいている。

どこから出て来たのかと言うと俺がやさぐれてる頭上にある絵。そこからわらわらと出て来ているのだ。

さすがは不思議の国の美術館だ。絵がただの絵じゃない。絵の中から動物が出てきたり逆に絵の中に入れたりするときた。

さっきの洞窟も実は窓じゃなくて絵画の中のものだったらしい。なんかよく分からないけど外と繋がる絵ってのがあるんだとか。

俺は膝でもぐもぐ口を動かすウサギの背を撫でる。触り心地も本物そのものだ。


「ジャッポーネと俺達じゃ国柄体格の差が出るのは仕方ないじゃねぇか。」

「そーですけど。」


俺のダメオヤジはデカい。多分ほぼ日本人なのにかなりデカい。

あれは例外なのか……いやでも初代って意外に背が低いしな。初代に骨格似てなくてオヤジがあれならよりデカくなる可能性があるかもしれない。

――ちょっと希望が出て来たかも。

母さんの身長はこの際考えない方向で。

俺は膝に乗り上がるウサギを降ろすと立ち上がった。

Gは覆いの掛かった絵から布をバサバサと落としながら埃を払っている。


「なに探してるんですか。」

「ん?ああ、近道をな……ここからだとお前の言う城に行けないんだ。」

「?」

「『国』が違う。森の中で異変に気付かなかったか?」

「あ〜……」


そういえば、風景が変わったとこが……明るい小道のある森から、薄暗い森になって穴から落ちたんだった。

Gが言うには今居るのはダイヤの国らしい。さっきまで居たのはハートの国。
森の中でごちゃ混ぜになってたのに巻き込まれて『国に無いはずの領地』に本当に来てしまったわけだ。


「ハートの城だか森だかを描いた絵から直接行ける筈だ。それが近道になる。お前が探してるヤツもこの領地にはいねぇようだ。多分森か別の国にいる。」

「無駄足だったってことですか……」


もしくは落ち損と言うのか。

なんでこうまで会わないんだろう。避けられてるのかとさえ思えてきた。

手伝いになるか分からないけど近くの覆いを捲り上げてみる。描かれていたのは滝の絵だった。これは違うな……


「無駄足、ではないと思うがな。そいつは恐らくお前の霧と近しい『役』についている。ならばクローバーにいる筈だ。」

「クローバー?クローバーの国ってことですか?なんで?」


クロームは夢の夢の中にしか出てこない。

近しいって言われてもな……夢なら、獏とか?骸が獏とかある意味見てみたいけど。

ふと脇を見ると、かなりの大きさの絵が壁に立てかけられていた。何故かこれだけ乱雑な扱いだ。


「霧の『役』がその国にいるからな。だったらもうひとりもそこにいるだろう。」

「なるほど。」


絵の表面は黒く汚れている。

Gの話に相槌をうちながら軽く表面を撫でるとポロポロと古いペンキのように黒が剥がれ落ちる。

その下にあるのは鮮やかな黄色と赤。何が描かれているんだろう?

パリパリと汚れを剥ぎ取ると、現れたのはカラフルなテントだった。


「!デーチモ、それは!」

「へ?」


慌てたようなGの声に振り向くと、絵にあてていた手がずぶりと沈む。

引き抜こうとしても止まるどころか、ずるずると絵の中に引きずり込まれていく。

なんだこれ!?


「うわっ……!?」








続く…





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