26.観客はいない





『……ス……て…』


遠くで微かに声がする。

キィンと響く声。頭が痛い。


『ボス……!』


クローム?なんだか必死な声……

浮上しかけた意識だったけど、また睡魔にずるずると引きずり寄せられる。
ごめん、眠いからあとにしてね。

俺は怠惰な欲求を優先させることにして、早々に起きることを放棄した。


『ボス、だめ!起きないと……れちゃう!』

「……へ?」


頭の中でわんわんと響くクロームの声と、ガンと耳の横でした音。眠さが遠のいて、意識が戻ってくる。

目を開くと辺りが暗い。俺の周りだけ、スポットでぽつんと明るくなっていた。


「ん…………あ!?」


自由の利かない両腕を、ぼんやりと確認しようとして、顔の横にあるものに気付く。

鈍く光る、深々と突き刺さったナイフ。それが顔のすぐ脇にある。なんでこんなものが!?

遠ざかろうと身じろいで、金属同士がこすれ合う音に阻まれる。頭上を見上げると俺は両手首を拘束され吊されている状態だった。


「なんだこれ!?」

「おや、起きましたか。」

「!」


この声……!

そちらを見ればスポットに照らされて、相手が淡く笑む。やっぱり、ずっと探していた骸だった。

ほっとして全身の力が抜ける。やっと見つけた。


「骸、良かった見つかって……」

「はい。」

「俺、この夢終わらせたくてずっと探してたんだ。」

「そうですか。」


緩く口角を上げた骸はナイフを縦に回転させながら放り投げてキャッチ、という器用な真似をしながら相槌をうつ。

――なんかちょっと変な感じがする。けど、悪い予感とかそういうのでもなく……説明できないんだけど。

骸はいつものグラスグリーンの学ラン姿でどこにもおかしな所は無い。無いはずだ。


「骸、これ外してくれよ。」

「外す?何を?」

「鎖!手枷ってのか?痛いんだよこれ!」

「それは大変ですね。」

「おわっ!?」


骸が指を鳴らすとじゃらりと鎖が伸びる。外れはしなかったけど腕は降ろせる。

良かったとほっとしたのもつかの間、何故か足に力が入らなくて硬い床に倒れ込んだ。


「痛てて………って、なんだこれ!?」


ピリピリと痺れたような感覚に、足をさすろうとして手におかしなものが触れた。

青と白のボーダーの長い靴下の上に、鉄の輪っかがくっついている。そこから細い鎖が暗闇に向かい伸びている。

吊されてる間はこんなもの付いてなかったのに。

鎖を掴もうと手を伸ばす。するとガン、と先程と同じ音が響く。


「っ……!!」

「動かないでくださいね。」


俺が今まで吊されていたのはダーツの的を大きくしたようなボードだったらしい。

そこに新たに突き立つナイフ。目の前で刺さったそれに冷や汗が吹き出す。

目線だけそちらに向ける。薄く笑んだままの骸が近寄ってきた。

顔を見上げる。笑っているけれど、能面のような顔。悪意も殺気もない。そし
て俺は気付いた。


「お前、誰だ……?」




* * * *


「ふう……」


あたりを伺い用心しながら小道に出る。

雲雀の土台が「騎士」で良かった……アレには厄介な「迷子」スキルが付いてくる。おかげでどうにか撒くことが出来た。

幻術を叩き斬って追ってくる雲雀はなかなか諦めなかった。力どころかスタミナも倍増してるとは……しかしこれでようやく当初の目的に戻れる。


「ん?」


森に敷かれたレンガの小道を歩いていると、なにやら茂みの向こうで騒いでいる連中がいた。

近付いて葉を掻き分けてのぞき込む。


「……何してるんですか、こんなとこで。」

「あれ、骸じゃねぇか。よっ!」


森に似合わぬ白いテーブルクロスが掛かった丸テーブル、磁器のティーセットに菓子の乗ったティースタンド。

それを囲むイカレた、いえケバケバしい帽子の男と白いウサギ耳の男。
野郎二人で森の中で優雅なお茶会ですか……実にワンダーワールドじみた光景だ。寒い。

まあ話を聞きたかったので今は雲雀でないならなんでもいいですがね。


「見ての通り茶を楽しんでるんだ。お前も飲むか?」

「いえ、結構です。」


跳ね馬に席を勧められるのを断り、テーブルに近付く。話を聞くだけで長居する気はない。雲雀も彷徨いてますし。


「なんか傷だらけだな、お前。」

「ちょっと野放しの野獣に襲われましてね……で、宰相殿はなぜここに?」

「うちの迷い騎士が森に入ったから回収して来いって陛下に言われてたんだけどディーノさんに誘われて自主休憩中だぜ。」

「クハハ、仕事しろ。」


君が優雅なティータイムをしてる間に僕はその騎士に散々追い回されてたんで
すよ、この野郎。


「ん〜?そうだな。そろそろ仕事すっか。ディーノさん、ごちそうさまでした。」

「ああ。付き合わせて悪かったな。」


山本はカップの中身を飲み干し、席を立つ。

跳ね馬も億劫そうに立ち上がると一つ、手を叩く。すると手品のようにテーブ
ルごと茶会セットが消え失せた。


「おお〜、マジでマジシャンみてぇ。」

「格好からしてマジシャンですよね。」

「好きでこんな格好してんじゃねぇよ!つか骸、お前んとこのせいだろ。」

「早く終わらせるよう努力しますよ。」


その為にも綱吉くんを見つけないといけないんですが……あの子予想外に活発に動いてるんですよね。面倒くさがりの癖になぜ……


「一応聞きますが綱吉くんの行方を知ってますか?」

「「いや。逃げられた。」」

「………………そうですか。」


何をして逃げられたのかは分からないが、身内に甘過ぎるあの子にはいい薬になっているといいんですが。

もうここに用はないと踵を返しかけて、草木を踏む足音に気付く。段々と近付いてくる音に武器を掌に掴む。雲雀だろうか。

身構えている僕に二人も不穏なものを感じ取ったのか、ステッキと時計をそれぞれの武器に変える。

しかし、茂みから出てきたのは予想外の人物だった。


「!あなたは……」

「はっ……」


走ってきたのだろう、息を切らしながら相手は張り付いた前髪を鬱陶しそうにかきあげる。

森の中では補色の際立つ髪、顔の半分を縦断するタトゥー。

まさか実物をこの目で見る日が来るとは。


「霧の片割れ、まずいことになった。」

「はい?」


呆気にとられている僕らに構わず、突然現れた初代嵐は言葉を止めない。


「デーチモが、収監される……!夢から出られなくなるぞ!!」








続く…





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