27.誰の『後悔』か





――なんで気付かなかったのか。

この世界で会った人はみんなおかしな格好をしていたのに。おかしいじゃん、骸だけいつも通りなんて。


それと、始めから感じてた異常。

こんな近くに骸がいたのに俺は何も『感じなかった』。そんなこと、今まで一度もなかった。

骸ならば、どんな残滓でも俺は感じとれる筈なのに。


何より骸はこんなに無表情じゃない。

あいつは初めて会った時から、笑った顔の裏で烈しく変わる感情があった。

どんなに冷酷な顔をしてもあの感情は隠せない。


――こんな作り物めいた人形が、骸である筈がない。


「お前、誰だ……?」


不気味な人型に向かい、険しい声で問う。

骸の姿をしたものが、不思議そうにゆっくりと瞬く。その動作で今まであいつが瞬きをしていなかった事にも気付く。

ぞわぞわと背筋を何かが這い上がる。『人』ではない。絶対に違う。なんだこれは……!


「骸じゃない!なんなんだ、お前!」

「警戒させる気は無かったんですが。」


カツン、と靴音が変わる。革の靴からブーツへと。柔らかい地面から石の冷たい床へと。

辺りの風景が揺れ、酔うような目眩にたまらず目を閉じる。

次に目に写ったのは暗闇ではなく――


「あ……!?」


ひんやりとした肌に刺さる空気。どこまでも続く冷たい石の通路。そしてその通路の両側に並ぶ鉄格子。

牢獄という二文字が脳裏に浮かぶ。本やテレビでしか知らない空間が広がっている。


「なにこれ……!?」

「君の望んだものですよ。」


かつりと靴音が響く。すぐ近くまで来た人型が屈み込む。

それを避けようと後退ると手足についた枷の鎖がジャラジャラと音を立てた。
鎖は通路の果てに伸びていて終わりが見えない。

骸の人型は制服から軍服……いや、看守のような服装へと変わっていた。暗い色の服だから腰についた金の鍵束と赤い薔薇、白い仮面が目を引く。


「俺の……?でもこれはクロームの夢だって」

「ええ。ですがこれは君の夢でもある。」


静まり返った空間に、骸の声が反響する。どこか面白がるような声だ。

今すぐ立ち上がって逃げ出したい。そう思うのに蛇に睨まれた蛙の気分だ。

骸の人型は薄く笑んで声だけは優しげに話しかけてくる。


「後悔しているのでしょう。綱吉。」

「後悔……?」

「僕には分かります。君は悔いている。『あの時』のことを。」

「そんなこと……」

「ねぇってか?」

「!?」


目線を落とすと相手の声が変わる。低く、地を揺らすような声。

手首を掴まれて無理矢理立たされる。見上げればすぐ傍に傷だらけの顔があった。

骸の姿をしていたものが、今度はザンザスへと変わる。何故によりによってこいつなのか。


「……なんなんだよ、ホントに。」

「てめぇが想像したんじゃねぇか。」

「は?俺が?」

「そうだ。」


看守姿のザンザスが俺の手首を掴んだまま歩き出す。

人型は体温は無く、冷たいゴムのようだ。見た目が知ってる人間だから人ではない感触に嫌悪感を覚える。

けれど振り払おうにも力が入らず足も勝手に動いていく。


「今、てめぇが思い浮かべた相手。俺が変わるんじゃねぇ。お前に『そう』見えるんだ。」

「…………」


後悔――そんなもの、ずっとしてる。

今更だ。今更そんなものを夢に見るなんて。

これはクロームの夢の延長じゃないんだろうか。そうであって欲しいんだけれど。

手を引かれるまま歩いていると、ザンザスが牢の前で立ち止まった。

中を見ても変わり映えはしない、ただの牢だ。どれも空っぽで同じ牢に見えたけれど、ここに用があるのだろうか。


「ここは?」

「…………」


人型は黙って数歩下がる。牢の前を空けるように。

何を求められてるのか分からず睨むと顎で見ろとばかりに牢屋内を示される。
見ろって言ったって何も――


「!」


空っぽだと思っていた鉄格子の向こう側。光の差さない暗がりから、人影が現れる。

小柄な体に合わない、大きすぎる帽子。深い青い瞳。幼げな表情はどこかぼんやりとしている。

なんでここに……!


「何が見えた?」


一歩下がりかけた俺を後ろから支える人型。

今度は高くなった声。見上げれば未来で戦った白い悪魔の姿。白蘭の人型が本物そっくりに笑う。似すぎていて気持ち悪い。


「君の後悔。何が見えたんだい?」

「……悪趣味過ぎる。」


吐き捨てるように言えば人型は声を上げて笑い出す。何がそんなに楽しいのか。

目線を正面に戻せば彼女と目が合った。寝返った騎士すら戸惑わせた、深い瞳。

「現代」にいるあの子じゃない、「あの時」手を離してしまった、二度と来ない「未来」に遺してしまった少女。

苦いものを噛み潰した気分だ。本物じゃないのは分かっているけれど、不快感が後から後から噴き出す。


「はぁ〜、ごめんごめん。怒んないでよ。やっぱり見えるんだと思って。」

「……なにがだ。」

「君の、誰にも言えない後悔。一番のね。」

「!」


背後の気配が掻き消える。次の瞬間、牢屋の中に人型が現れた。ぼんやりとしたままの、あの子の傍らに。


「待て!」


嫌な予感がする。とても嫌な予感が。

鉄格子の隙間から腕を突っ込んで、二人に向かい必死に伸ばす。届かなくても諦められない。

けれどそんな俺を嘲笑うように人型が腕を持ち上げる。その手には黒い拳銃があった。

冷たく光るそれを、人型が―――


























「ストップ。」

「!」


視界を覆う手。低いけれど、人の体温を感じる。人型ではない。

ほっとした直後、銃声が響いた。


「っ!!」

「駄目だよ〜、ここからはお子様は禁止だよ綱吉クン。」


この声……もしかして本物?

見上げれば白い悪魔『だった』男が悪戯っぽく笑っていた。



* * * *



「はい、おやすみ。」

「あ……」


生白い手が飴色の瞳を覆い隠す。格子の向こうで青い服が崩れ落ちるのを白髪が支えた。

それを横目で見やり、目の前の白髪の似姿に視線を戻す。


「悪趣味過ぎだぜ……」


そう吐き捨て、手にしていた小型の短銃を突きつける。

薄ら笑いの偽物の手には、硝煙が立ち上る黒い拳銃があった。その足元には、倒れ伏す未来の記憶にある少女。

――なんて胸糞悪ぃ光景だ。


「今回は僕も同意かな〜。笑えないよね。」


珍しく、苛立たしさの滲む声が格子の向こうから放たれる。まあ奴にしてみればこの状況が楽しい訳がねぇ。

だが偽物は二人分の殺気を向けられても能面のように同じ笑い顔のままだ。


「あははは!」

「なにがおかしい、このうらなりがぁ!」

「いや、ちょっとスクアーロクン。それ僕の見た目なんだけど……え、僕に言ってる?」

「うるせぇ!外野は黙ってろぉ!!」


気が散るからいちいち細かいことに反応すんじゃねぇ。睨みつければ格子の向こう側で白蘭が肩をすくめる。ったくこの道化が。

再び目の前の白髪の偽物に目を戻す。奴は応戦する気はないらしく、手にしていた拳銃の銃身を掴み両手を上げた。


「酷いなぁ。これは彼の為の夢なんでしょ?僕も君達と同じで彼の為にやっているだけなのに。」

「………………何の話だ。俺は巻き込まれただけだ。」

「ん、そういうことにしてあげてもいいけどね。」


本物まんまだな、こいつ……気に食わねぇ。

どうやらこいつもクローム髑髏の夢の一部ではあるようだ。「事情」を理解している。

――この馬鹿げた夢が、沢田の為に用意されたものだと言うことを。

だが制御できる管轄の夢ではないらしい。明らかに独自に動いている。これも土台のゲームに関係しているのだろうか。

銃を突きつけられたまま、偽物は鉄格子越しに沢田を見やる。


「彼は後悔してる。罰せられたいんだよ。でも誰にも言えない。だから叶えてあげようと思ったんだ。」

「はっ……今更だろ。」


後悔だ?それがなんだ。今更後戻りなんざ出来ねぇし、させるわけがねぇ。誰が許しても俺たちが許さねぇ。

背を向けるような真似をすれば即、斬り捨ててやる。奴らが進むのはそういう道だ。

だが冷ややかにそう言い捨てると偽物は首を振った。


「ちーがーうー。違うんだよ、時計屋。まあ、君には分かんないかな〜。」

「んだと?」

「彼はね。勝利に後悔はしないよ。後悔するのは……」


偽物が、床に転がる少女に視線を落とす。


「死なせたことさ。」


カタン、と格子の向こう側で音がした。だが俺は気付かない素振りで視線を動かさない。

偽物も反応しなかったが、単に興味が無かっただけかもしれない。


「今生きていても、死なせて戻ってきた記憶は消えない。記録されない、二度と来ない未来だとしても死の上にある今であることは変わらない。だから後悔する。
いやむしろ生きているから後悔が強くなるのかな。死んだ本人と死なせた原因が目の前に居るんだから当然」


銃声。俺ではない。

言葉半ばで白蘭の偽物がぐらりと傾ぐ。砂袋のような音を立て人の形をしたそれが床に倒れた。


「ごめんね、スクアーロくん。」


声の調子はいつも通りの飄々としたものだった。

だが視線を向ければ無表情で、眼差しにだけ殺意と怒りが滲んだ本物が硝煙の立ち上る銃を手にしていた。


「我慢出来なかったみたい。」

「……別にいい。結果はおなじだろ。」


俺の手にしていた銃が工具に形を変える。剣があれば俺も切り捨てただろう。

床に転がる2つの死体が淡く光りながら霧散する。後には白蘭の偽物が腰に付けていた白い仮面だけ残った。








続く…





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