28.突然始まる茶番





『ケケケケケケケ!』

「どわっ!?」


静けさの戻った牢屋に突然、哄笑が響く。

驚いて振り向けば白い仮面がカタカタと揺れている。これが原因か!


『ケケケケケ!ケーケケケケ!!』

「うるせえぇ!!」

「スクアーロクンには負けるよ。」


白蘭の冷静な指摘を無視して仮面を蹴りつける。

からりと音を立てて裏返った仮面はますます高く笑う。壊れた笑い袋のようだ。

耳障り過ぎる。足を上げて仮面を踏み潰す。板が割れるような音を立て、仮面が沈黙した。

ったく、気味悪ぃ……

早々に辛気くさい檻から出る。鍵は必要無い。入り口を蹴り閉めれば勝手に鍵のかかる音がする。


「ったく変なもんに見入られやがって。」


白蘭の腕の中でぐったりと動かないガキ。これは夢だ。実態じゃない。だがその顔色は青く見えた。

白い道化は沢田を膝に抱え上げるとにんまりと笑う。


「君のボスとかかな?」

「………否定はしねぇ。」


本当にこいつの妙なフェロモンだかなんだかはどうにかならねぇのかとは思う。

だがそういう話じゃなくてだな。


「!」


ふと、視線を感じて牢屋を振り返る。またあの人型かと身構える。

だがそこにいたのは――先刻消えた筈の大空のアルコバレーノ。黙ってじっと虚空を見つめている。

この世界で「牢獄」に誘い込まれるのは「後悔」――「罪を悔いる気持ち」がある者だけだという。「これ」が沢田が悔いている罪なのか。


「……甘い奴だぜ。」


檻の中の少女から沢田に視線を移す。

本物とは似ても似つかねぇ。どう見ても偽物だ。だがその偽物にすら動揺するのか。

奴が何に「後悔」しているのかは分かるが、理解はできねぇ。過ぎたことは事実でしかない。

他者を踏みつけ俺たちは立つ。この娘の死でしか未来からは戻って来れなかった。だからそうした。それだけだ。それを悔いる必要性などあるのか。


「甘いから綱吉クンなんじゃないか。」

「まあな。」


白蘭が触れると沢田を拘束していた鎖が脆く崩れた。壊れ物を扱うかのような道化の所作に、奇妙な感慨を覚える。

ついこの間、生死を賭けて殺し合った同士とは思えない。他人事のようだが俺らがやり合ったのも数ヶ月前の出来事だ。

それがこの短期間で夢でまでなれ合う関係になるとは。


「甘いのかデカいのかわかんねぇな……」

「なにぶつくさ言ってるんだい、スクアーロクン。早いとこ出ようよ、こんなとこ。」


沢田を横抱きにして白蘭が立ち上がった。一瞬だけ、格子の向こうを見やり口をへの字に引き結ぶ。

だがすぐにいつもの薄笑いになると歩き出す。奴はもう振り返らなかった。


* * * *


「ん……あれ!?」


一度開いた目を更に見開く。どこだここ!?

俺の目の前にはどこまでも続く草原が広がっていた。

青い空に羊の群、ぽっかり浮かぶ雲。メェメェと長閑すぎる風景にぽかりと口まで開いてしまう。


「なんじゃこりゃ!?」

「ボス。」

「うわ!」


頭上から降ってきた声に驚く。見上げればもこもこした雲に乗ったクロームがいた。


「クローム!って事はまた夢の夢?」

「そう。」

「なんかさっきと違うけど……」

「ボス疲れてるみたいだから和むかと思って。」

「ははは……」


その気遣い、ありがたいけどこの夢自体を終わらせてくれるともっとありがたい。

って夢の夢って事は俺またなんか気を失うような目にあったのか……散々だなと思いつつ、いまいちここに来る前のことが思い出せない。

Gに会って美術館に行って、絵を探して。で、なんかヤケに派手な色のデカいテントの絵を見つけて……そこから先があやふやだ。


「う〜ん。」

「ボス、どうしたの?乗る?」


倒れる前になにかを見たような気がするんだけど……

腕を組んで唸っているとクロームの乗った雲がふよふよと降りてきた。

雲はかなりの大きさがあるから俺が乗ってもまだ余裕がありそうだ。断る理由も無いし、雲に乗るなんてまず無い体験だし。お邪魔しようか。

どっちにしろ覚えてないこと悩んでも仕方ないし。起きたらどうせなにかしらあるんだからその時考えよう。


「よっと……おお、ふかふか!」

「気に入った?」

「うん。は〜……」


雲はよく干した布団のようだった。気持ちいい。うつ伏せに寝転んで感触を楽しむ。

クロームがぽんと手を叩くとするすると滑るように雲が高度をあげて動き出す。そよ風と日差しが心地よくて眠くなってくる。


「ってダメだ。」


睡眠欲に身を委ねている場合じゃない!

俺は眠気を振り切り起き上がるとクロームの両肩を掴んだ。


「クローム!もういい加減これ終わらせ」

「うっ………」

「?」


突然、クロームが口元を抑えて俯く。どうしたんだ?

下から顔をのぞき込むと青さを通り越して死人のような白い顔色をしている。仮病ではない。

夢なのに……まさか骸になにかあったとか!?

未来での出来事を思い出してこちらまで蒼白になりかけているとクロームが弱々しく首を振る。


「ちが……ボス、大丈……げほっ、ごふっ!」

「ぎゃああああ!?」


血!?口を抑えた指の隙間からたらりと垂れる赤い色。クロームが吐血した!!どこが大丈夫だ!!

わたわたと慌てるも雲は相変わらずふよふよ浮いてるしこれ夢だしどうしたらいいのやら。

出来ることと言えば咳き込むクロームの背中をさするくらいだ。


「げほ、ごほっ……はっ、はぁっ、けほっ!」

「ちょ、クローム!?」

「かはっ!」

「うわあああ!?」


また血!クローム死にそうなんだけど!そんなに無茶苦茶な力使ってるのか、まさか!そんな無茶してまで夢を持続させたいのか!

そこまで拘るならもう最後まで付き合う!でも出来たらその見上げた根性を別の方向に生かして欲しい。


「はあっ、はあ……も、大丈夫……」

「本当に!?」


ようやく呼吸が落ち着いてきた。顔色も少しマシになったような気がする。でもちっとも安心出来ないんだけど!

俺がおろおろしてるのにクロームは血を拭うとけろりとした顔で「治ったから」と居直る。そんなわけあるか!


「よくあることだから平気。」

「尚悪いよ!病院行きなよ!」

「嫌。」

「嫌じゃない!」


ふるふると首を振って嫌がるクロームだけどそうは行くか。起きたら即行で黒曜に電話して身柄確保だ!

だけどクロームは「そうじゃなくて」と前置きして乗ってる雲を指す。


「ボス、これ私の作った夢だから。私が具合悪いんじゃないの。」

「?吐血する夢が見たかったとでも?」

「違う。私、『芋虫』の役なの。知らない?きのこの上で煙草吸ってる……」

「ああ、あれか。」


小さい時に見た映画を思い出す。そういやそんなん居た。

でもクロームの格好はそんなイメージ全然無いんだけど。物凄く改造した礼服みたいな感じだし。

しげしげとクロームの服を見ているとクロームはとん、と金縁の眼帯を指差す。


「『芋虫』は『夢魔』なの。だからここ作るのにぴったりだと思って。でも忠実に再現しようって頑張ったら忠実に作り過ぎちゃったみたいで……それがみんなにも影響してて。」

「……あ〜、そうだね。」


獄寺くんとか中まで猫だし。ディーノさんなんか怖いし。

でも確かにすごい。元のゲーム知らないけど巻き込まれてる人達とか見てきた風景とか。あそこまで自由に夢って操作できるものなのか。

感心するとこじゃないんだけどそれでもすごいと素直に思える。


「全部自由に出来るわけじゃないの。大きすぎて余計なものが入って来ちゃったりしたんだけど。」

「ああ……」


スペードか。

でもちゃっかり報復準備してるあたりこの子黒曜の連中に感化されてきてると思う。


「他にも勝手に入ってきてる人がいる……助かったけど。牢獄は作った覚えないのに。」

「?」


ぽそりとクロームが呟いた言葉は聞こえなかった。けれどゾクリとした寒気に体を震わす。

なにか、記憶に引っかかったけれど結局思い出すまでに至らなかった。


「それで、クロームはそんな壮大な夢を作るためにまさか吐血するほど無茶したのかな?」

「ううん。ヴェルデ博士の装置とボンゴレギア使ってるから平気。」

「…………クローム。」


なんて無駄な最新技術とボンゴレの至宝の使用法だ。力いっぱい頷いて言う事じゃない。

ヴェルデとボンゴレが泣いて……いや、歴代ボンゴレは喜んでるな。


「これは違うの。装置で忠実に作りすぎて影響しちゃったの。『夢魔』の体調が。」

「体調って……吐血するの、それ。」

「そう。いつも具合悪くて主人公に病院に行くよう言われてる。」


そりゃ言うだろうよ、一般常識として。俺もそうする。

てか本当にそれ恋愛ゲームなの?恋愛成り立つの?いろんな意味で気になってきたんだけど……








続く…





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