29.白い道化と寸劇





起き上がってすぐ、額に拳を押し付けて唸る。


「…………また、誤魔化された……」


クロームの吐血で有耶無耶になって終わってしまった……自分の流され易さを呪う。

やっぱクローム説得するより骸を見つけた方が起きれる気がするな。


「あ。」


陽気な音楽と機械のような笑い声が聞こえてくる。座ったまま、首だけ捻って後ろを見ると、赤黄黒の派手なテント。

Gの美術館で見た絵に描かれてた風景まんまの状態だ。

巨大なテントは森の開けた空間に建っていた。その周囲に敷き詰められた芝の中に俺は横たわっていたわけだが……音源はあれか。


「まるでサーカスみたいだな。」

「ぴんぽーん!当たり。」

「!」


独り言に返答があった。

正面に向き直るとうつ伏せで頬杖をついた白蘭がそこに居た。パタパタと子供のように足を揺らしながらにこにこと笑っている。


「やほ〜、綱吉クン!いい夜だね!」

「なにしてんの、お前。」


冷静な声でそう聞く。現実は確かに夜だろうけど今の空は快晴の青さだ。

ここまで来ればもう白蘭程度が出てこようが驚かない。けど相変わらず神出鬼没だな、こいつ……いつ来たんだろうか。


「綱吉クンが起きるの待ってたんじゃないか。折角招待したのに寝てるんだもん〜。」

「招待……ってあれお前がやったのか!! 」


美術館の絵から引き込まれてその後の記憶があやふやだ。けど確かに、白蘭の声を聞いたような……

ズキリと頭が痛む。一瞬、どこか別の場所を思い出しかけたけれど、すぐに痛みは引いていった。

なんだったんだ……


「可愛い格好で可愛い寝顔してたからじっくりしか……観察しちゃったよ。」

「悪趣味過ぎるぞ……」


じりじりと匍匐前進で寄ってくる白蘭に同じくじりじりと後ずさる。目がシャレにならないから、お前。

警戒して睨みつけると「冗談冗談」と笑いながら白蘭が仰向けに寝返りを打った。ホントかな……

刈り込まれた芝の上で気持ちよさそうに伸びをする白蘭は猫みたいだ。気紛れで神出鬼没でニヤニヤ笑うなんて獄寺くんよりよっぽどチェシャ猫っぽいのに。

改めて寝転がる元強敵を見下ろす。

金縁の冠を潰したような黒い帽子に左目を覆う仮面、赤と黒の道化の服。どこからどう見てもピエロの格好だ。

ベルトに着いた薔薇に囲まれた小さな仮面が目を……――


「っ!!」


耳鳴りがした。くらりと回る視界に慌てて芝に手をついて体を支える。頭の中でケタケタと何かが笑う声が聞こえる。

何故か慌てたように白蘭が起き上がるのが見えたけれど、テレビ画面の向こうの出来事のように感じた。

道化服の男に別の格好が重なる。

――そうだあの仮面、どこかで見たような


「綱吉クン!」

「!な、なに?」


呼び声に引き戻される。気付けば至近距離に白蘭の顔があって思わず仰け反った。

瞬けば白蘭がホッとしたような表情をする。


「もー、そんなに隙だらけだと食べられちゃうよ?」

「んな悪食は滅多にいないよ。つか離れろ。」


近すぎる白い顔をべしりと叩く。白蘭は大袈裟に痛がるフリをしながら離れていく。

横目でその腰のあたりを盗み見る。白い仮面はついていなかった。気のせいだったのか?


「まだ寝ぼけてるのかな?仕方ないね、綱吉クンは。」

「寝ぼけるもなにも夢だろ、ここ。」

「まあそうなんだけど……ああ、眠気覚ましにいいとこに案内するからおいでよ。」


そういうと白蘭はさっさと立ち上がり、俺の腕を掴む。俺は引っ張られるようにして立ち上がった。

腕を引かれながら白蘭の全身を見やる。やっぱりピエロにしか見えない。けどそんな登場人物居たっけ?


「なあ、白蘭てなんの『役』なわけ?」

「ん〜?僕はみんなを楽しませる役だよ。」

「なんだそりゃ。」

「だから、お察しの通りの『道化』だよ。で、ここの座長でもある。」


白蘭が指すのはカラフルなテント。サーカスだ。

入り口の幕を跳ね上げれば中には円形のステージとそれをぐるりと囲む観客席。ステージの上は今の今まで誰かが練習していたのかいろんな道具が散乱していた。中は外から見るよりも大きく感じる。

――何故か、初めて見た気がしない。既視感を覚える。

白蘭は俺の腕を離すとひらりとステージに上がり大きなボールに近寄っていく。


「よっと。」

「わ……!」


そのまま、直径が白蘭の胸までありそうなボールに飛び乗る。あまりに無造作だったので落ちるかと思ったらそのままゴロゴロと玉乗りの要領で動き出した。

それどころか、ボールの上で逆立ちしたり宙返りしたり逆回転、挙げ句にどこから出したのか小さなボールでジャグリングまでし始める。本当にピエロみたいだ。


「はい、おしまい〜。」


ジャグリングボールを放り投げ、それが鳩に変わる。最後にくるりと宙返りしてボールから降りると芝居がかった仕草でお辞儀をする。

凄すぎて言葉が出ない。ただただ拍手を送るしかない。


「どう?目、覚めた?」

「寝てないし!なんか分かんないけどとにかく凄いとしか!他にも出来るの?」

「そりゃピエロだからね。なんでも出来るよ。剣飲んだりとか……」

「それはヤメロ。」

「後は定番のとこで空中ブランコとか綱渡りとか……ナイフ投げも得意かな。でも見てるだけってつまんないし綱吉クンもやろうよ。」

「は!?」


何を突然言い出した!?タダでさえダメダメな俺にそれは自殺行為だろ!

けれど拒否の言葉を吐く前に白蘭は猛獣用の鞭を振るって俺をステージに引っ張り上げる。早技過ぎて避ける間もなかった。


「無理!!無理無理無理!!」

「まーまー。僕がサポートしてあげるし。安心して身を委ねていいんだよ!」

「絶対やだ!!」


暴れる俺のエプロンの結び目を掴んで白蘭は「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」とやりだした。

その中に物騒な物品も含まれてるから血の気が引く。剣とかナイフは外せよ!


「せめて安全なの!安全なのにして!ジャグリングとか!」

「え、ジャグリングがいいの?まあそれでもいいけど……」


白蘭は意外そうに言うとごそごそと樽から短い木の棒を数本引っ張り出した。片端に布を巻きつけてあり、湿っている。ボールを使うとばかり思っていた俺は首を傾げる。

だが次に白蘭が取り出したものに慌ててストップをかけた。


「待て!!」

「ん?どうしたの、綱吉クン。」

「マッチはしまえ、マッチは。それで何する気だ。」

「松明でファイヤージャグリングを……」

「出来るか!!ボールだろ、普通そこは!」

「さっきので最後だったんだよね〜、鳩にしちゃったし。」


その鳩たちはというとテントの支柱のロープに並んで止まってクルッポと鳴いている。降りてくる気は無さそうだ。

仕方ない……なにかしないと白蘭諦めそうにないし。

俺はステージを見回し、転がるそれに目を止めた。


「白蘭。」

「ん?」

「あれならやってもいいかなって。」


俺が指したのは、白蘭が乗っていたのを三分の一の大きさにしたボールだった。









「わとっ!とと……」

「いい感じだよ、綱吉クン。」

「そうは思えないけど……」


白蘭に両手を支えてもらい、やっとこさボールの上に立ち上がる。もうかれこれ一時間以上経ってる気がする。

ここに乗るまでも大変だった。足もふらふらしてるしもうそろそろ勘弁して欲しいんだけど。


「よし、じゃ手を離すよー」

「は!?」


白蘭は俺の訴えをまるっと無視すると俺の手を離してしまう。

こうなると直立したまま動けなくなる。降りようにも少しでも動けばバランスが崩れて落下してしまう。


「びゃ、白蘭!?」

「じゃ、そのまま歩いてみよっか。」

「へ!?わっ……」

「!」


叫んだら、バランスを崩した。まさに自滅。

ずるりと前に滑り、体が傾ぐ。足の下にあった球体が後ろにころがる。寄りによって目の前にはステージの縁。地面が遠い。

落ちる、と思って目を閉じると斜め横に体が引っ張られた。落下しながら抱き込まれる。


「ぐっ!」

「!」


どさりと地面に落ちる。俺を庇った白蘭が短く呻く。

ステージの高さはそれなりにあった。庇われた俺にすらそれなりの衝撃が来たんだから下敷きになった白蘭は相当だろう。


「っ、大丈夫かな?綱吉クン。」

「白蘭、こそ……」


直接打ったところはないけど、骨と脳がまだ揺れてるみたいだ。くらくらする頭を抑えて目を開くとクスクス笑う声が降ってくる。

俺より先に復活した白蘭がやけに上機嫌に笑ってる。


「いやぁ、役得ってやつかな。凄い絶景。」

「………?」

「可〜愛いの履いてるね綱吉クン。この脱がせやすそうなデザインが最高だね。」

「!!」


するりと尻を撫でられて後ろを見る。

うつ伏せで上半身は白蘭に抱き込まれて膝を立てた状態。腰だけ上がっててスカートが捲れ上がった状態ということは。


起き上がった白蘭の眼前に、クロームチョイスの水色の可愛らしいレースのサイドリボンの下着が丸見えと言うことになる。


「っっっっ!!!!見るなあぁ!!」


慌ててスカートを引き下ろす。顔から文字通り火が出そうだ。

白蘭の上から退こうと上半身を起こしたところでトンと肩を押された。気付いた時にはニマニマ笑ってる白蘭を見上げる形になっていた。


「びゃ、白蘭!?おい!?」

「ダメだ、ごめんね〜綱吉クン。君を楽しませるというか僕が楽しみたくなってきちゃった。ここは美味しそうな綱吉クンのせいってことで。」

「は!?」

「大丈夫、ヨロコばせる自信はあるから!」

「おい!?ちょっ……」


目が本気なんだけど、この人!!








続く…





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