31.真打ちは遅れてくる





「さて、白蘭。」


柔らかい眼差しで宝物のように腕に抱いた子を撫でていた骸クンだったけど。

こっちを見た時には絶対零度の笑顔に変わってるんだな、これが。痛い痛い、肌に刺さるよ殺気が。見た目が成人だから威圧感も増してるんだよ、この保護者。


「この子を間際に『あそこ』に行くのを引き止めてくれた事には感謝しますがこれは何の真似でしょうか?」

「『役』に引きずられたって事で。」

「クロームの管轄外だから影響を受けないと聞きましたが。」

「あれ。そうだったっけな。」


あんまり綱吉クンが可愛いからつい本能のスイッチが入っちゃったんだよねぇ。僕、本物志向なんだけど夢でもいいかな〜って。

その綱吉クンはと言うと骸クンの首にしがみついて動かない。う〜んなかなかイラッとする構図だね。


「油断も隙もない男ですね。」

「ちょっとした冗談じゃない。」

「ご丁寧に森からサーカスの空間まで切り離してクロームも干渉出来ないようにしてませんでしたか。」


なんのことだかさっぱり分からないなー。

骸クンのナイフをお手玉のように放り投げては受け止めながら道化の笑顔で鋭い視線を受け流す。

やー、確かに誰も入ってこないようにして楽しむつもりではあったけれど。


「でも入って来てるよね、骸クン。」

「チェシャ猫に『繋いで』貰いました。」

「あー、そっかそれがあったか……ちっ。」


チェシャっていうと獄寺クンだったかな。どこでもドア機能とか未来の猫型ロボットじゃないんだから。

ぬるりとした感じと痛みにさっきナイフが掠った頬を拭うと結構すっぱりいってたらしくてぴちゃりと血が付いた。容赦ないよなぁ、骸クン。これ多分、現実にも影響してない?


「今、舌打ちしませんでしたか。」

「してないしてない。パパ怖いな。」

「誰がパパか。」


君だよ、君。他にいないじゃないか。それにしても骸クンの乱入で見事に興が醒めたなぁ。

綱吉クンはしっかりと骸クンに引っ付いたままこっちを睨んでる。離れる気は無さそう。夢とはいえまたとないチャンスだったんだけどお預けか。残念。

立ち上がって地面に縫い止められてしまっていたクラウンの帽子から、ナイフを引き抜くと穴の空いたそれを被り直す。


「返すよー。」

「おわっ!?」


手にしていたナイフを3本同時に投げ返すと綱吉クンが叫んだ。けど投げられた当の本人は表情を変えずに片手で全てを止めると足に巻いたホルダーに収める。


「あ、危ないだろ!!」

「やだなぁ、当てるわけないじゃないか。僕も彼も。」


笑いながら近付いて、綱吉クンの顔を覗き込む。警戒してる顔してるけど、飴色の瞳にはもう来ない未来に見た敵意はどこにも無い。

この瞳が好きだ。あの炎の色の瞳は綺麗だけど、あれよりこの色がいい。後悔も苦悩も無いこの色が。


「白蘭?」

「……さて、じゃ公演準備に入ろうかな。」


パンパンと手を叩くとパラパラと団員達が出て来る。

夢だけど、なかなか凝ってる内容だからそれに沿った役割をこなさないと。ここでの僕は道化でサーカスの団長で、みんなを楽しませる立場だ。そして――


「白蘭。」

「ん?困るな、骸クン。部外者はほら、行った行った!舞台裏は見ちゃ駄目だよ。」

「分かってます。……今回は、助かりました。」


通り過ぎ様にそう言う骸クンにひらひらと手を振る。

――クロームちゃんが僕を呼ばなかった理由は分かっている。僕は綱吉クンの後悔に『近すぎる』と思ったんだろう。

それは合っていたけれど、間違ってもいた。記憶はあっても僕らは『違う』んだ。彼の後悔の対象ではない。


「なのにこの『役』とか皮肉が過ぎるけど。」


テントから二人が居なくなったのを見て、ベルトに手を当てるとさっきまで無かった薔薇が四方に付いた白い仮面の飾りが現れる。あの監獄に居た『僕』にも似たものが付いていた。

人を楽しませる存在であり、後悔を目の前に突きつけ鉄格子へ誘う存在。それが『道化』で『看守』の役割。

でも完全に忠実になる必要はないから。僕は単純に僕が楽しめて、綱吉クンも楽しめるようにするだけだ。

だって見るならいい夢のがいいよね。


* * * *


サーカスのテントを出たあと。骸は俺をコートでくるんだまま森を抜けてどこかへと走る。

ようやく探し人を見つけたのといろいろ酷い目にあった疲れもあって特に会話もなく運ばれるがままにじっとしてたんだけど、ふと見下ろした骸の首に変なものを見つけてしまった。

なにか、黒い……痣?いや入れ墨かな?それが首の左側にある。シャツの襟でよく見えないけれど、動物のような。


「綱吉くん。ちゃんと捕まっててください。」

「あ、ごめん。」


ちょっと離れて見ようとしたら一層抱き込まれてしまった。

しっかしがっしりしてるなぁ、大人の骸。あんまじっくり見る暇なんてあっちじゃなかったけど山本と骸ってまだデカくなるんだよなぁ。今もデカいのに。羨ましい。

あ、でも雲雀さんとか獄寺くんもすっごくデカくなってたし俺も期待出来るかも。うん。

――未来で山本が言ってた『今よりちょっとだけ大きくなったお前』という発言は俺の中では無かったことになっている。

骸は走りつづけて、国全体が見渡せる丘の上まで来たところでようやく足を止めた。地面に降ろしてもらえてほっとする。


「むく、」

「酷い有り様ですね。」

「あー……だね。」


骸の長いコートの合わせから見える俺の服も髪もぐちゃぐちゃだ。直したいとこだけど、クロームの補正は俺にも生きてて身ごろのボタンが触れない。指が素通りしてしまう。

しまった、白蘭に直させるんだった。素直にやってくれるかは分からないけど。


「失礼。」

「え。」


どうしようかと困ってると骸が服に触れる。骸には補正は無効らしくて普通に服を直してくれた。

ボタンにエプロンに頭のリボンまで結び直すと俺の肩からコートを取り去る。


「あ、ありがと。」

「いいえ。しかしあの男本当にやる気だったのか冗談だったのか……」

「怖いこと言うな。」


コートに袖を通す骸を見上げる。黒いスーツに黒いネクタイに黒いコートと比較的普通の格好をしている骸はなんのキャラクターなのかさっぱり分からない。

変なのは大人なことと、右の太股周りに一周してる細いナイフのベルトとコートの袖に縫いつけられた二本の大きなナイフホルダーか。あれ羽織ってるだけなのに相当な重さだった。

でもアリスにそんな猟奇的な登場人物なんていたっけ。


「どうかしましたか?」

「あ……」


骸が首にかかっていた長い髪を後ろに払うとその右側にある入れ墨が見えるようになる。そこに刻まれていたのは上を向いている黒いトカゲだった。


「ビル?」

「ああ。これですか。」


俺が何を見ているのか気付いた骸が入れ墨をなぞるように手をやる。


「そうです、ここでの僕は『トカゲ』です。本来はこの国の住人では無いらしいのですが……クロームチョイスなので。」


そう言って苦笑する骸に、俺は「絶対贔屓だ」と思った。だって一人だけまともな格好だもん……!!クロームずるいぞ!!








続く…





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