32.今更発覚した原因 トカゲのビル。不思議の国のアリスにはそんなキャラクターがいた、確かに。 でも俺の記憶ではこんな格好いい扱いでは無かったような気がするんだけど。いや、確実に違う。 他の登場人物はこう、美形だから許される格好って感じの色やデザインが多いのに骸の『役』だけ明らかに。明らかに、まともだ。俺とのこの差はなんだ。 「あ……」 やさぐれた気分で歩きだそうとしてその違和感にピタリと動きを止める。 中途半端に下肢に絡む布地。ドタバタでうっかりしてたけどそういや下も脱がされかけたままだった。 さっきまでは自分で立ってなかったからな。元々心許なかったのに布地がずり落ちそうで気になって仕方ない。 「ううっ。」 「?どうかしましたか。」 こんなとこで直す訳にもいかなくて、もじもじしているとそれに気付いた骸が目の前に膝をつく。 いつもはもうちょっと読めない顔してるのに、今は心配げな表情を隠さずに覗き込んでくるからいたたまれない。 エプロンをいじりながらもごもごと言いよどんでいる間も黙ってじっと待っている。気を使ってくれてるのかもしれないけど逆に、なんか言い辛い。 「あのな……その。白蘭に……」 「はい。」 「ひ、ひもを、」 「紐?」 「…………」 「綱吉くん?」 「っ、だから!白蘭にっ……パンツの紐、片方解かれてて……な、直したいから、あっち向いてて!」 俯いて、骸の顔を見ないように目を瞑ってそう叫ぶ。目を見ながらなんて無理だ。 すんごい恥ずかしいのは格好のせいだけじゃないと思う。同じ男だろとかそんな問題じゃない。ってか同性だから恥ずかしいんだ! 「…………?」 無言。しばらく待ったけど骸からの反応が何もない。呆れてんのかな。 恐々と目を開くとさっきと同じポーズのまま俯く骸。長い前髪の影で顔は見えない。 膝を突いてる骸は俺より低い位置に頭がある。様子がおかしいからと肩を掴もうとするとその手を避けるように立ち上がった。 「む、骸?」 カチリ、と小さな音が鳴ったと思うと表情の無い骸がずいと距離を詰める。雰囲気に圧されて後ずさると背後の木にぶつかった。一瞬そちらに気を取られていると、がつりと凄い音がした。 見れば、俺の頭からそう遠くない位置に突き立つ大きなナイフ。骸のコートの袖に付いてたヤツだ。 さっきの音はこれの留め具を外すものだったのか。 「な……」 「動かないでください。傷つけるつもりはありません。」 刃から身を遠ざけようと右側に体をずらすと、骸が幹に手をついて動きを阻む。 何をする気なんだと身を縮こまらせているとややあってから骸が深く深く息を吐き出した。なんか、心底疲れた感じで。 見上げると珍しく眉をハの字にした美丈夫が熱っぽい目を俺に向けてもう一度溜め息をつく。 「あーと、骸さん?」 「すみませんがもうちょっと待ってください、今僕の中で大戦勃発中なんで。」 「は?」 何言ってんだ、この人。 よく分からないけど骸は話す気は無いらしく体勢はそのままで眉間に皺を寄せて目を閉じてしまった。動けないから俺もそのまま待つしかない。 静かな場にピチピチと鳥の鳴く声だけが響くのがなんかこう……リアルっぽくて虚しい。 そうして待って、数分くらい経ったころ。 「はあ……」 「骸?大丈夫か?」 「まあ、なんとか。」 ようやく目を開いた骸はいつも通りに見えた。注意深く観察してみても熱っぽい感じはない。 骸がナイフを引き抜いて袖の鞘に収める。近すぎた体が離れて体の緊張が解ける。 骸自体こんな近くにいること滅多に無いのに成人体だから余計力が入っちゃってたみたいだ。 「なんだったんだよ、今の。」 「僕も侵入組なんですがクロームと近すぎるらしくて白蘭と違って大分理性が土台に引きずられてしまってるんですよね。」 「え。そうなの!?」 「なので『役』が暴走しかけました。どうやら僕の土台は随分と理性の沸点が低い人物らしい。」 「あー……」 ザンザスが言ってたヤツか。理性が緩むっていう。なぜ俺にそれをぶつけようとするのかが謎だけど。 額に浮かんだ汗を拭う骸を見る限りなんか相当頑張ったみたいだ。……誰かさん達に見習って貰いたい。物凄く。 そう愚痴ると「原因は君にあるんですけどね。」と唸るように骸が言った。 「そんな可愛らしい格好で無防備に出歩くなんて危険だと思いませんか。 似合わないとは言いませんがもっと君は人がどういう目で自分を見ているか自覚した方がいい。」 「この際可愛いか可愛くないかは人それぞれとしてこの格好はお宅のクロームさんの仕業だよ!!誰が好き好んで着るか!俺じゃない!」 びらびらとスカートを両手で持ち上げて振りながら叫ぶ。なぜ被害者筆頭の俺が責められるのか。 そう主張すると骸が不思議そうに首を傾げた。本当に意外そうな顔で。 「君の趣味なんじゃないんですか。」 「はあ!?そんな訳ないじゃん!どこからそんな誤解が!?」 「んん?クロームが、綱吉くんは一番不思議の国のアリスが好きだと言っていたと。」 「…………」 ぴたりと俺は口を閉じた。その誤解が始まった理由に心当たりがあったからだ。 最近、我が家ではイーピンが童話に興味を持ち始めていて、しきりに絵本を読んでもらいたがる。 普段は母さんやビアンキが読んであげてるんだけど、クロームもイーピンと仲がいいから遊びに来ては読んでくれている。 一昨日もクロームが来ていて、俺もそこに居合わせた。そしたらイーピンが俺の前に絵本を並べて、「選んで」という仕草をした。 キラキラした目で見上げてくるイーピンが可愛いから、俺はイーピンの密かなお気に入りである「不思議の国のアリス」を手にとって言ったのだ。 『じゃあ、これにしようか。俺も一番好きなおはなしで』と。 ――まさかそれがこんな悪夢に繋がるとは知らずに。 「と、言うことは?君はこの話が本当は好きではないと?」 「いや、別に嫌いではないけど。」 「ですよね。同じ格好をしたがるくらいですから。」 「は?」 「こないだお邪魔したときお母様にアルバム見せてもらいました。お人形みたいに可愛い格好して喜んでる君の写真。」 「……んなあああああ!?」 あれほど、今の知り合いには!見せないでと!お願いしたのに母さああああん! あと喜んでない!喜んでないぞ、それ!俺は小さいときにカメラを向けられたら笑うものと思ってたから反射でやってただけで! しかしそう今更言っても遅い。俺の格好は夢に出た連中どころか歴代ボンゴレボスにまでお披露目されてしまったわけで。 出来たら起きたときに記憶を消すとかそういう救済措置を取って貰えないだろうか。 俺はまた完全に地面に倒れ込むと顔を両手で覆ってうずくまった。 「俺、クロームに女装癖あるとずっと思われてたのか、それ……ホントに純粋な行為だったんだこれ……こんな気遣いいらない……」 「綱吉くん、そんなとこで寝ると服が汚れます。」 「るせー、知るか……」 「あと下着見えてます。水色のレース。」 「…………」 スカートの裾に手を突っ込んでパンツの紐を適当に結ぶ。無言で裾を伸ばしてまたやさぐれポーズに戻る。 もう恥もなにも無いわ。まだトランクス一丁で走り回ってたのバレた方がマシだ。 続く… |