6.笑う三月ウサギ





ゴリ、と銃口が頭にめり込みそうなほど押し付けられる。

こんなに接近されるまで全然気付かなかったなんて。


「……このまま逝きてぇのか?」


面白がるような声。

いや、面白がってるんだろうな実際。

振り返ろうとしたら容赦なく撃たれる気がするから動けないんだけど。

迂闊だった……そうだよなぁ、大体このメンバーはセットだ。

一人いれば他の連中もいる可能性が高い。

最初に会った人物が比較的まともだったからうっかり忘れてた……

それにしてもなぜこいつも呼んだんだ、クローム。


「ふん。」


いろいろぐるぐる考えていたら銃口が外される。

散々脅しつけて気が済んだのか無反応だったのがつまらなかったのかは分からないけどちょっと安心した……

けどほっとしたのも束の間、肩を乱暴に掴まれてぐるりと反転させられる。


「!!」


ガシャン、とよろめいて門に背中を打ち付ける。この馬鹿力……っ!!!!

痛みで涙が滲む。相手を睨みあげると意外な事に目を見開いて驚いたような顔……………って


「なんだそれえええええええええ!!!!!!!!」

「るせぇ。」

「むぐっ!」


デカい手に口を抑えられた。

抑えられたから声は出ないけど視界は自由だから嫌でも相手の姿が目に入る。

……姿と言っても俺の視線は相手の頭上に釘付けなんだけど。


「「……………………」」


山本も似合わないと思ったけど、こっちはもっと無い。

ガタいのいい、いかつい男の頭にぴょこりとある茶色のウサギ耳。

なんつー視界の暴力だ……!!クローム、なぜこのチョイスをした!!!!

見たくないのに視線が反らせないのがまた困る!


「……はっ!」


耳を食い入るように見つめていると、短い笑い声。

俺の口を抑えていた手が降りて強い力で顎を掴まれ上向かされる。


「痛っ……」

「なかなかいい格好じゃねえか、綱吉。まさかてめぇが『それ』だとはな。」

「お互い様だろ……」

「これはてめぇの霧の仕業だ、ドカス。」


俺のもそーだよ。

くそう、見られたくないヤツに見られた……!!

でも「見られたら死ぬ」と思ってたのに相手の格好に意表を突かれて逆に冷静になってしまう。

どうしても目が行ってしまう、ひょこっと奴の頭の上で動くもふもふしたウサギ耳。

……そういや、白ウサギの他にもう一匹出て来てたなウサギ……

なんだっけ?ウカレウサギだったっけ?イカレウサギだったっけ?まさかそれなのか、こいつが。

俺、自分の格好のがマシに思えてきた。今すぐ脱ぎたいのは変わらないけど。


「っ、いい加減離せ、ザンザス!!」


掴まれた顎と首が痛い。

手を振り払うとあっさり離れた。ニヤニヤ笑ってるのが嫌な感じだけど。

門に背中を押し付けたまま距離を取る。

ザンザスはヴァリアーの隊服じゃないせいか、前髪を下ろしてるせいか、それともウサギ耳のせいか(多分これだ)いつもとかなり印象が違う。

紺の縁取りの黒い軍服のコート、紫色のスカーフを巻いて金のガンベルトを下げ、羽根飾りの代わりにスカーフの隙間から麦(?)が生えてる。

抑え目な色合いとはいえ普段黒いだけだからかなり印象が違う。


「……………」


なんていうか…………若い。

近くで見て気付いたんだけどこのザンザス今のじゃない、未来のザンザスだ。中身はわかんないけど外見は。

なのに若く見える。かなり。

ザンザスって普段大分実年齢より老けて見せてるんだな〜と思う。

そんなことを考えながらそろそろと後退する。出来たらこいつとは関わりたくない……

けどザンザスの赤い目は俺から離れない。完全ロックオンされてる……今は困るんだよ、今は。

ザンザスの手には「X」の付いた愛銃がある。さっき俺の頭に押しつけてたヤツだ。

片や俺は丸腰だ。グローブも死ぬ気丸も無い。

この状態で挑まれたら俺「カッ消され」て終わる。夢とはいえそれは嫌だ。


「おい。」

「!」


カツン、と踏み出された一歩で折角開けた距離がなくなる。というか近すぎる!

仰け反るようにして後ずさると伸びてきた手に左手首を持ち上げられる。


「痛っ……!」


そのまま宙づり状態にされてしまう。肩が、痛い!!


「この……っ!!離せ!!」

「ふん。」


じろじろと間近で俺を見下ろしてニヤリと笑うザンザス。ムカつくことに耳もひょこひょこ楽しげに動いてる。

空いている手でザンザスの胸を押すが全く応えた様子は無い。


「ザンザス!痛いって……っ!!」

「あの女ならすぐにこのふざけた空間をぶち壊してやろうと思ってたんだがな。これはこれで面白ぇ。
……気が変わった。思う存分に付き合ってやる。」

「!!」


掴まれてた手首を突然離されて、構えてなかった俺は踏ん張れずに崩れ落ちる。

けど膝が地面に着く前に、腰に回された腕が体を支える。……物騒なことに銃を持った手だったけど。


「まだなんもしてねぇのに腰砕けてんじゃねえよ。」

「誰のせいだ……っ!?」


文句を言おうとして固まる。

ザンザスの顔が近かったのもあるけど、それ以上にザンザスの行動に驚いてしまった。



あのザンザスが。

掴んだ俺の髪にキスしてる。

女の人にするみたいに。



な、なにしてんだ!?

なにしてんだこの男は!!!!

顔が一気に熱くなる。金魚みたいにぱくぱくと口を開いたり閉じたりしてると赤い眼が嗤う形に歪む。


「……阿呆面晒してんじゃねぇよ。」

「な、な……!?なにしてんだよ!?」

「ああ?そういう『趣向』にノってやってんだろ。」


感謝しろ、と訳の分からない恩を売られて頭の中は疑問符だらけだ。

流石はイカレウサギ、なにがなんだか俺には理解出来ない……

取り敢えず、『流されるな』という危機感知の指示に従ってそれ以上近付かれないようにザンザスの肩を押し返しておく。


「乗らなくていいから!!ぶち壊す方に尽力してろ!」

「気分じゃねぇ。」

「なんでだ!!ウサギ耳じゃん!!いいのかそれで!!」

「俺には見えねぇ。それよりこっちのが傑作じゃねぇか。」

「うっ……」


グイ、と体を引き寄せられた。

ザンザスはそれはもう楽しそうに眼を細めている。


「後ろから見た時は完全に女だと思ってたぜ?正面でも変わらねぇけどな。
至近距離で見ても違和感がねぇ。もやしで良かったな?綱吉。」

「うぐっ……」


痛い。

痛すぎる。

肩より痛いんだけど精神ダメージ………!

固まる俺に構わず、すす、と妖しい動きをする腕を掴んで相手を睨み上げる。


「んの……っ!何がしたいんだか分かんないけどは・な・れ・ろ!!」


思い切り肩を突き飛ばすとあっさりとザンザスは離れた。

ったく……悪乗りが過ぎる……!

ニヤニヤと笑うザンザスを無視してぱたぱたとこれ見よがしに服を払う。


「よし。じゃ。」

「……ここに用があるんじゃねぇのか?」


―――ある。

歩きだそうとした背にかかる声にそう心の中で返事をする。

山本がこっちに来たのは間違いないんだけど今はザンザスから離れたい……近くにいたら碌なことにならない気がする。

ここにいるって確証はないし、他探して骸が先に見つかったらそれはそれでいいし。


「……急ぎじゃないから後にする。」

「白ウサギの行き先が知りてぇんだろ。」

「そうだけど門も閉まって……!?」


なんだって!?

慌てて振り返るとザンザスがニヤリと笑って右手を上げる。

パチンと指を鳴らすと二つ並んだ門がガコン、と音をたてながらひとりでに開いていく。


「…………!!」

「知りてぇなら教えてやるぜ?」


門に気を取られてたせいで、間近に声がするまでザンザスの動きに気付かなかった。

体が浮いたと思えば目の前には紫のスカーフ。気がついた時は肩の上だ。


「っザンザス!!」

「急がねえんならゆっくりしてけや。」

「ちょ、おい!!」


暴れようにもがっちりと両腕で体を抑えられてびくともしない。

歩き出したイカレウサギの後ろで、無情にも閉じていく門扉。



…………………なんか、まずい状況……だよな?これ………








続く…





←back■next→