7.「ウカレウサギ」の忠告





ごろりと寝返りを打つ。

窓から見える空は快晴。絶好の散歩日和だ。

外に出ないなんて勿体無いくらいいの天気だ。

だがなんだか空模様とは反対に俺はだるくて仕方がない。

だるいし、眠い。

おかしい……俺は夜型人間って訳じゃねぇはずなんだが。


「う〜……この世界のせいかぁ……?」


なんっかもうやる気が出ねぇ。微塵も起きねぇ。

こうなってくると日の光が恨めしく思えてくるくらいに。

吸血鬼かってくらいの無気力加減。


「……………ん?」


さわり、と項のあたりの毛が逆立つ。

眠気を振り払って体を起こす。

『何か』が俺の『領地』に入ってきた。

―――と、言うことは。


「や〜っとゲーム開始か……?」


一つ伸びをしてベッドから降りる。

だるいけど……俺が出ないことには進まないしな。

それに放っといてあいつが暴走しない保証もねぇし。

椅子に掛けてた上着に袖を通して『トレードマーク』のそれを手にする。


「………さて。」


行くとするか。


* * * *


ウサギ耳の元強敵(現在進行形かも)に担がれてどれくらい経ったか。

何をしようとビクともしない相手に俺は早々に逃走を諦めていた。

どこ行くんだか分からないけどクロームの「なるべく危なくないようにする」を信じよう……というか信じるしかない。


「ドカス。」

「………なんだよ。」


返事したくないけど無反応だと何されるか分かったもんじゃない。

厭々返事をすれば視界の端でひょこりと耳が動く。

…………気にしたくなんかないけどやっぱ滅茶苦茶気になる……


「『三月ウサギ』の意味を知っているか?」

「………へ?」


三月ウサギ……?

耳に気を取られてて少し反応が遅れた。

けどザンザスは気にした風もなくざかざか歩きながら勝手に話を続ける。


「三月ウサギがウカレウサギ、イカレウサギと言われる所以だ。
『Mad as a March hare』、和訳で『三月のウサギのように気が狂っている』という句がある。それを皮肉って創作したキャラクターとされている。」

「……三月のウサギがなんで狂ってるんだよ?」


なんで突然ウサギ講座が始まったんだ……担がれてるだけで手持ち無沙汰だったからいいけど。

不思議に思いながらもふと感じた疑問を口にする。


「当時はウサギの繁殖期は三月だとされていたからだ。繁殖期の雄ウサギが落ち着かなくなる様からそう言われていた。」

「……それで、ウカレウサギ?」

「実際にはウサギの繁殖期はもっと長い。一説では『沼』 と『三月』の誤訳だったとも言われているがな。」

「へぇ〜…………………………で、なんでその話?」


何時になく饒舌だな、と思いながらそう尋ねればくつくつと笑う声。

なんっか嫌な笑いだな……リングを巡る戦いを思い出す。


「ザン、」

「着いた。」


問う声を遮り短くそう告げられた。

地面に降ろされた俺が後ろを振り返る。


「……どわぁ……」


すごい。

当に開いた口が塞がらない。

門から見た馬鹿でかい屋敷。それが目の前にある。

近くで見ると更にでかく見える。なんだ、これ。


「デカい……」

「ここの領主の屋敷だから当然だ。」

「城並みじゃん……」


見上げる首が痛い。そんくらいの高さがある。

スクアーロの居た塔と同じくらいありそうだ。


「……教えておいてやる。」


屋敷を見上げていると、すぐ背後に立つザンザスの気配。また気付かなかった。

薄ら寒いものを感じて離れようとする俺より早く、ザンザスにエプロンの胸元を捕まえられた。

踏ん張る間もなく引き寄せられる。

間近に迫る赤い、不穏な光が宿る瞳とにぃ、と持ち上がった口角。

今更ながら頭の中で鳴り出した警報。でももう遅い。


「……!!」


避けようが無い。目を見開くしか無かった。

だって、文句を言おうにも口を塞がれてしまったから。

『近い』どころじゃない。『0』距離だ。目の前に、ザンザスの閉じられた瞼があった。




口を、同じ熱いもので覆われてる。


「んっ……!」

「……はっ……」


起こったことに呆然としていると、唇の隙間にぬるりと『侵入』しようとする『なにか』。


咄嗟に顎に力を入れてそれを阻止するとザンザスが閉じていた目を開く。
む、無理っ……!!!!

逆に俺がぎゅっと目を閉じる。と、ザンザスが笑う気配。

侵入を諦めた舌がペロリと俺の口角を這う。


「っ!」

「………ガキ。」


ビクリと肩が震える。

嘲笑うような声と同時に突き放されてそのままかくり、と座り込む。

な……何された!?何された俺!?

手の甲を口に押し当てて相手を見る。

顔が熱い。絶対赤い。火が出そうって表現のまんま熱い。つか何した、こいつ……!!!!


「……ここじゃ現実より本能が強ぇ。個体差はあるがな。」


獲物を前にした肉食獣のようにペロ、と自身の唇を舐めてザンザスはまた唐突に話し始める。

言葉を継げない俺のことはお構いなしだ。


「夢なせいもあるが、てめぇの霧が使った土台が原因になってやがる。
本来の願望と欲、土台の『役』が混ざって理性が緩んでやがる。全員漏れなく、だ。例外もいるがな。」

「……………」


なにが言いたいんだろうか。

熱を持ったままの顔を隠して悩んでいるとザンザスがニヤ、と笑う。


「三月ウサギだ。」

「なに、が……?」

「ここにいやがる全員が、だ。会う野郎はウカレウサギだと思うんだな。」

「…………………お前が言うな。」


今一番イカレてるのは目の前にいるこの男だと思う。

起きた時に是非消してもらいたい記憶だ……

やっと引いてきた熱。ふつふつと沸く怒りに睨みつけるとしれっと「授業料だ」と宣うウサギ野郎。

こいつ、次に現実で会ったら絶対殴る………!!!!


「っと。」

「!」


立ち上がろうとしてよろめいた体を伸びてきた腕が支える。

ザンザスは目の前にいる。いつの間にかもう一人、背後に立っていたらしい。


「大丈夫か?…………お前はなーにこんな小さいの虐めてんだ、また。」

「るせぇ。」


ザンザスが目に見えて不機嫌になった。

………っていうか、この声もしかして……?

俺が背後を振り向こうとすると右手を持ち上げられた。さっきのザンザスの動向を思い出して体に力が入る。

けど手は軽く添えられる程度。すぐ振り払えるくらいだ。

少し、持ち上げられた手に柔らかい感触。


「……っ!」


手の甲に、相手の唇が触れてる。

紳士がするような動作。さっきとは違った熱が頬に登る。

見知った相手の筈なのに、格好と映画で見るようなシチュエーションに体が固まる。


「ようこそ。」


帽子の下から覗くキラキラした髪。

そのキラキラにも負けない眩しいくらいの笑顔。

他の人間なら胡散臭いこと間違いなしな格好もこの人なら様になってしまうから不思議だ。


「帽子屋領へ。」









続く…





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