8.お茶会にご招待





「………ん?」


ぽかんとしたまま口付けられた手を見ていると、訝しげな声が落ちてきた。

右手を引かれてくるりと踊るように体を反転させられる。

正面に向き直され、俺は今更ながらに自分の格好を思い出して俯く。

この人にはザンザスと違った意味で見られたく無かったのに………!!!!


「…………………………………………………………………………………ツナ?」


名前を呼ばれて体が揺れる。

その反応は「YES」と答えたようなものだった。

伺うように下から覗き込んでいた相手の手が無遠慮に長い髪をかき分ける。


「……やっぱツナか!クロームじゃねえのは分かったが誰かと……まさかツナが来るとは思ってなかったぜ!」

「わ……!?」


両脇に手を差し込まれて、相手の頭上より上に体を持ち上げられた。「高い高い」されたような状態だ。


「ツナ……!!な〜んて格好してんだよ……!!」

「あはははは、クロームにやられました。」


下にある顔はさっきまでの「余所行き」のキラキラ笑顔から、子どもがなにか面白いものか気に入ったものに向けるようなキラキラ笑顔に変わっていた。

乾いた笑いも出ると言うものだ。

………う〜ん、これはあまり嬉しくない予感………


「可愛い……!!可愛い可愛い可愛い!!!!可愛すぎるぜツナぁ〜!!!!」

「うぐ……っ」


やっぱり!!!!

高い高いの次は圧死させられるかというほどぎゅうぎゅうと締め上げられ、いや抱き締められる。

ちょ、真面目に苦しい!

ホント死ぬ!!


「すっげー可愛い!!ホント、なんでこんな可愛いんだ、お前は〜!!!!!!」

「うっ……ディ……!!」

「おい。」


本当に骨がミシミシ言い始めた頃。

地を這うどころか潜りそうなほど不機嫌な低い声が飛んできた。


「種馬。」

「誰がだ。なんだよ。」

「死にかけてるぞ。ドカスが。」

「あ。」


* * * *


カラフルな花があちこちに咲いている大きな庭園。そのきれいな風景がよく見えるように配置されたテーブル。

白いクロスの上にはケーキやサンドイッチが並べられている。

コポコポとカップに注がれる紅茶を見ながらふう、と息を吐き出す。


「……だから言っただろ。」

「うん?」


右隣に座っているザンザスが行儀悪くテーブルに肘をついてぼそりと呟く。


「『ウカレウサギ』」

「ああ……」


よ〜く分かった……

まだ痛む肋骨に手をあてながら頷く。

ホント、手加減無しだった。ザンザスが止めてなきゃ骨が折れてたかもってくらいに。


「だから悪かったって!ツナがあんまり可愛い格好してたからつい。」

「ディーノさんにロリコン趣味があったなんて……」

「んな趣味ねぇから。」


左から「ほら」と差し出されたカップを受け取る。

紅茶に詳しくない俺でもわかるくらいにこれは美味しい。

「無茶したお詫び」に用意されたお茶会の席でようやく人心地つけた感じだ。

視線を感じて顔を上げるとにこにこしてるディーノさんと目が合う。


「……なんですか?」

「いや、ツナが『アリス』とはなぁ、って思ってな。こりゃやる気も出るな。」

「?」


なんのやる気?

気にはなったけどディーノさんはご機嫌に笑ってるだけだしザンザスはやる気なさげに欠伸してるしで答えてくれそうには見えない。


「そういやツナ。」

「……え?」


本人はやる気なさげなのにひょこりひょこりと動くザンザスの耳に見入ってしまっていた。

すんごい気になるんだよなぁ……あれ。

呼ばれてディーノさんの方を見るとニヤニヤと笑っている。


「な、なんですか?」

「いや……やっぱ気になるよな、それ。」

「そりゃあ気になりますよ……」

「るせぇ。見んな。勝手に動くんだ。」


あ、聞いてた。

苛立たしげにびこびこと耳も動いている。

……そういえばザンザスが三月ウサギならディーノさんはなんなんだろう?
改めてカップを傾けているディーノさんを見やる。

ザンザスと同じくディーノさんも「今」の姿じゃない。ちょっと老けてると思う。

白いタキシードに大きな緑の蝶ネクタイを絞めていて、頭にはゴテゴテと飾りのついたシルクハットを被っている。

バラやら羽根やらカードやらのついた帽子と、セットのステッキまで持ってるから今すぐマジックでもやりだしそうな感じだ。

服にも帽子にもカラフルなトランプマークがついている。

………………う〜ん。なんか、いた気がする。

お茶会で、茶色いウサギに帽子………


「…………帽子屋?」

「ん?ああ、そうだぜ?」


ちょい、と帽子を押し上げるディーノさん。

すんごい胡散臭い格好の筈なのに、やっぱり格好良く見えるから不思議だ……


「一応、ここの領主もしてる。」

「へ〜……ああ、でも確かに似合ってます。」

「?」


いつもはもっと軽い格好で、物騒な部下の人達連れてるディーノさん。

マフィアっぽくないマフィア。でもやっぱり血の匂いがする人。


「マフィアより、貴族の方が似合いますもん。」


くすくす笑いながらそう告げる。

同じように笑ってくれるかと思ったら、呆気に取られたような顔をされる。


「ぶはっ!!」


そして何故か突然笑い出したザンザス。

なんだなんだ?なんなんだこの反応?


「ぶわっはっはっはっはっ!!き、貴族……っ!!こいつが!!貴族!!!!あっはっはっはっはっ!!!!」

「…………?」

「笑い過ぎだろ、ザンザス。」

「え〜っと……あの?」


テーブルに突っ伏して笑うウサギ耳。

なんか俺変なこと言った?

訝しみながらディーノさんを見るとそろ〜と視線を外される。


「ディーノさん?」

「…………違うんだ、ツナ。」

「はい?」

「貴族じゃねえんだ。……期待裏切って悪いんだが。」

「ここはマフィアの領地だ。そいつがボスで領主。」

「…………………」


夢でまで物騒な。

つうか夢くらいそれから離れさせてくれてもいいんじゃないの。

和やかなお茶会の筈が、マフィアの本拠地にいるのかと思うとなんか空気も重く感じる。


「……どんなゲームなんだよ、これ……」

「あれ、聞いてないのか?」

「誰か選んでたくさん会いに行ってエンディング迎えれば終わるってことだけは……」

「………へ〜……そういう説明なのか……」

「?」


ディーノさんの顔は帽子の影で見えない。

なんか、含みがあるような言い方だったような……?


「……種馬。」

「跳ね馬だっつの。なんだよ。」

「こいつは白ウサギの行き先が知りてぇんだとよ。」

「……白ウサギ?」


また唐突だな……

でも確かにそれが目的だったからいいんだけど。

にやけているザンザスにあんまりいい感じはしないんだけどそこは頷いておく。


「俺、山本にここ連れてこられたんですけど置いてかれちゃって……
地理も分かんないから取り敢えず追っかけて来たんです。
そしたら門でザンザスに捕まって。」

「あ〜……なるほど。…………つか白ウサギって山本なのか……」


ぐ、と顔をしかめるディーノさん。

「似合わねぇな」って顔に書いてある……俺も同意するけど。


「山本がどこ行ったか分かんなくても、せめて地図があれば助かるんですけど。」

「そんなことならお安い御用だ。」


カタン、とディーノさんが席を立った。


「あの……?」

「来いよ。部屋に地図あっから。

「あ、はい。」


………………………。

なんだろ。なんか一瞬変な感じがしたんだけど……

ニカッと笑うディーノさんに腕を引かれるまま歩き出す。

カタン、という音に振り返ると席を立つザンザスと目が合った。


「………」

「………」


ニヤ、と笑う三月ウサギ。

なんか、また企んでるんじゃないだろうな……









続く…





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