9.帽子屋は帽子屋だった





部屋に入って最初の感想。

ここはどこの図書室だ……


「すご……」


仕事用のデスク、休憩用のソファーセットとローテーブル。

で、壁一面に並ぶ本、本、本。


「適当に寛いでていいぜ?」

「はい……」


「確かここに」とデスクの引き出しを漁るディーノさん。

座ってても落ち着かないので俺は本棚に近づき並んだ色とりどりの背表紙を眺める。

当然だけどどれも横文字。手にとって開こうとは思わない。読めないし。

ただ知ってる英単語を探すだけでも暇潰しになる。

偶に「なんであるんだ」って本もあるんだけど。

「peach boy」とか「Kachikachi mountain」とか……思わず取り出して中身を確認しちゃったよ。

なんで日本昔話が混じってるんだ。明らかに違うだろ。


「あ。」


見上げた先に碧い、他よりも大きな本があった。

背表紙には金字で「Alice in Wonderland」とある。この夢の元になってる話。


「よっ、と。」


俺の背より高い位置にあるそれに手を伸ばす。

小さい時に絵本で読んだ程度だから結構うろ覚えなんだよな、内容。

挿し絵だけでも見て少しでも思い出しておきたいところだ。


「ん……」


背伸びして思い切り伸ばした指先を、本棚から少し飛び出している背表紙の下の縁に引っ掛ける。

ず、ず、と本を引き出す。……あとちょっと。


「これが欲しいのか、ツナ?」

「わっ……」


少し視界が陰ったと思ったら、後ろから伸びてきた手が碧い本を棚から引き抜く。

よろけた背中が後ろに立つディーノさんにぶつかった。


「お前が興味持つような内容じゃないと思うけどなぁ……」

「ちょっと気になったんです。

「読めないのにか?」

「……絵だけでも見れたらなぁ、って。」

「ふ〜ん。」


………………………。

本持ってるのと逆の手が、俺のお腹あたりに巻き付いてる。

……いつものスキンシップ、だよね?

本棚とディーノさんに挟まれてるせいで圧迫感があるからなんか変な感じするけど。

ディーノさん見てもパラパラと興味なさげに本を見てるだけだし。


「……地図、見つかりました?」

「ん?ああ。」


ディーノさんの視線の先、ローテーブルに広げられた黄ばんだ色の紙。

そっちに向かおうとするとあっさり腕が緩む。

やっぱ気のせいか……ザンザスが意味深なこと言うからどうも気になっちゃって仕方ない。


「見てみろ、面白ぇだろ。」

「……わ〜……」


地図を挟んでソファーに向かい合う。

こんな感じの地図、見たことある。あれだ、『夢の国』と世界的に有名な遊園地。あれの地図そっくりだ。

あれもテーマ事に「〜ランド」って分かれてるけど、この地図もなんとなくそうなってる。

ただ真ん中にあるのが城じゃなくて塔だけど。


「今お前がいるのはここだ。」


白い手袋に覆われた長い指がトン、と地図の南(?)側を示す。

「hatter」と書かれた領地だ。地図上で見てもこの屋敷は大きい。

つつ、とディーノさんの指が紙面を滑り、塔と森を通り過ぎて左斜め上にある別の「領地」を指す。


「で、『白ウサギ』がいんのがここ。」

「………城?」

「ああ、ハートの城だ。」


ここと、塔の周りとはまた違う街並み。

そして少し高い場所に広がる迷路のような庭園、その先にあるハートだらけのお城。


「なんか……可愛い城ですね。」

「だよな。ま、『女王』が治めてるからな。」

「……『女王』?」


そういえば、いた。

ハートの女王。確か「首はねろ」とかなんとか言いまくる物騒なキャラクターが。

………………………誰がやってんだろ。

物騒って点ならビアンキとか……ラルもあり得る。


「残念だが俺らも『誰が』ここに居て『なにを』してるかは知らねぇんだ。
プレイヤーのお前が来るまでは領地外にも出れなかったしな。」

「そうだったんですか。あれ、でもザンザスと山本……?」

「あいつらはそういう「登場」って決まってるからな。」

「……へぇ。」


登場……山本は分からないでもないけどザンザスのはどこまでが「決まり」でどこからが素だったのか。

できたら全てが演技であって欲しい。特にアレされたあたりが。

また顔が熱くなりかけるのを扇いで誤魔化す。


「……ふわぁ……、と失礼。」


ディーノさんが大きな欠伸をしかけ、俺の視線に気付きぱふんと口を覆う。

……珍しい。

どんなに疲れててもそういうの、ディーノさん人に見せないのに。


「……………………………こっちに来てから昼間はすんげぇだるいし、眠くてな。
多分そういうのが土台になってるせいだろう。」


沈黙に耐えられなくなったのか、気恥ずかしそうに言うディーノさん。

土台がどうのってのはザンザスも言ってた。それに釣られるとかなんとか……

確かに、みんななんか少しづつ変だ。

ディーノさんはいっつも「跳ね馬」って通り名そのものの溌剌とした感じなのに、さっきからなんか気怠げだ。動きも話し方もなんか……


「なんか、疲れてる時にすみません。」

「ん?そういうのじゃねぇからお前が気にすんなって。」

「でも、あの……ディーノさん忙しいのにこんなことに巻き込んでますし…………うちの守護者が。」

「………………………だな。」


否定の言葉が見つからなかったらしい。でもその通りだし。

睡眠時間がちゃんと取れてるのかも分からない人たちまで夢に巻き込むクローム……

ちょっと今回は怒ろう、うん。ちゃんと。

その為にも早くこれ終わらせないと。


「じゃ、俺行きます。」

「!もうか?まだゆっくりして行けよ。」

「俺がいたら休めないじゃないですか。
ディーノさんは寝てください。夢じゃどのくらい効果があるか分かんないですけど……」


ソファーから立ち上がる。

プレイヤーの俺が動かないと終わらない。早いとこ骸の手掛かりが欲しいし。


「そっか。そうだな。じゃ、そうするぜ。」

「はい。」


立ち上がって伸びをする人にそう笑って、扉のノブに手をかける。

そういえば、あの本結局見れなかったな。

そんな事を考えながら。







パタン。







「……………………」


扉の閉まる音がした。

いや、したというか目の前で閉まった。

部屋から出ようと開きかけた扉を、閉められた。

視界が陰っている。人の形の影が俺に落ちる。

視線を上げれば扉を後ろから抑える大きな手。そして腰にぐるりと回された腕。

さっきの本棚の時と似たような状況。

違うのは俺の頭の中で何かが鳴っていることだ。


「えっと……あの、ディーノ、さん?」

「ん〜?」

「……寝るんじゃないんですか。」


耳の後ろにかかる息。なんか近すぎる気がしなくもない。

ノブを掴んだままの手を引いても扉はビクともしない。


「寝るぜ?眠くて仕方ねぇしな。」

「だったら」

「だから、必要だろ?」

「はい?」


扉を抑えていた手が降りて、ノブを掴んでいた俺の手に重なる。

ゆっくりと手首を掴み、体を扉に押し付けるように抱き込まれた。

…………………なんだろう。

なんだろう、これ。なんか違う。なんか、おかしい。


「枕が欲しいな。な、ツナ。」

「んっ………」


耳の後ろに、濡れた感触。

眠そうだと思ってた声が、気怠げな、妖しい響きになっていることに気付く。

腰に回されてた手が徐々に上に這い上がってくる。

濡れた音が首の後ろにも落ちて、ぞくりと体が揺れた。


「抱き枕が欲しい。これ、夢なんだし。」

「そ、ですけど……」

「じゃ、いいよな。抱き枕。」


なにがいいんだ。

そう言い返す余裕もない。

手首を掴んでいた手が離れたと思うと、服の上から太ももをなぞられる。

それが徐々に降りてくる感触に慌てる。


「ディ、ディーノさんっ!ちょっ、」

「ん〜…?」


降りた手がスカートの裾に到達する。

頭の中の「なにか」は今やはっきりとした警鐘を鳴らしている。

なんでだ。今の今まで普通に会話してた筈なのに!!

慌てる俺を余所に、背後にいる人は俺の服の衿ギリギリに吸い付き、歯を立てる。

ホント、何やってんだ!!ていうか正気に戻って、ディーノさん!!

抵抗したいけどいつの間にか両手を抑え込まれてるし後ろ向きだしで手段が無い。


「だ、ダメ……!!」


ディーノさんの左手がスカートの裾を捲り上げてくる。ただでさえ心許ない足が外気に晒される。

手袋越しでも分かる体温がすす、と地肌を這い上ってくる。

や、ヤバい。なんかヤバい。夢だとしてもこれはダメだ!!


「ディ、」


名前を呼ぼうとして顎を掬われ上向かされる。

上から見下ろす「兄弟子」と視線がかち合う。


「…………」


ニィ、と愉悦に浸るような嗤い。

――――こんな顔知らない。

これ、誰だ………?

呆然と見上げる俺の脳裏に、ザンザスが告げた言葉が浮かぶ。




――――ここにいやがる全員が、だ

会う野郎はウカレウサギだと思うんだな。――




「…………っ。」


ウサギというよりオオカミじゃないのか。

どこかで冷静にそんなことを考えている自分がいた。


























ガシャン!!




「「!!」」


なに……!?

ガラスが割れるような音。

扉に押さえ込まれていた俺には何が起こったのかまでは分からない。

場の空気が変わる。その変化で、俺を拘束していた力が緩んだ。

折角のチャンスなんだけど、体がすぐに動かない。もたもたしている間にパンっという破裂音と視界を塞ぐような白い煙が広がる。

完全に俺を抑えていた体が離れた。


「!」

「こっちだ!」


ぐい、と手首を掴まれた。

一瞬身構えたけど、ディーノさんの手より小さい。と、いうかこれどこかで……

考えられたのは数秒。

パン、パンという音の応酬が始まり、俺を掴んだ相手の舌打ちが聞こえたと思うと膝裏を掬われる。


「わっ……」

「捕まってろ!!」


乱暴に肩に担がれる。

その時、相手の姿がぼんやりと見えた。


「……………………………」


――――ピンクだ。

失礼ながら「恩人」に抱いた感想はそれだった。


担がれた俺の視界で、濃過ぎるピンク色の猫の耳がぴくりと動いた。









続く…





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