第三話






「うわああ!!」

「暴れないでください。落としちゃいますよ。」

「怖いこと言うなあああ!!」


なんで移動手段が穴なんだよ!!アリスだからか!?アリスだからなのか!?

草むらに隠れた領域の出口を見て俺が躊躇していたら骸に担がれて穴に飛び込まれてしまった。

俺、絶叫マシーンとかマジで無理なのに!!


「はい、終点。」

「し、死ぬかと思った…ホント死ぬかと思った…」


音もなく地面に着地した骸は俺を降ろすと辺りを見回す。

心無しか楽しそうだ。遊園地に来た子どものよう。


「どこの世界でしょうか。」

「う〜ん…分かんないよ…」


どの世界にも必ず「入り口」と「出口」がある。

移動可能なキャラクターは自分の領域には望んで行き来できるけど違う領域にはランダムで飛ばされてしまうらしい。

キャラクターではない俺達は戻る世界はない。

狼が見つかるまで領域を飛び回るしかない。

俺は兎に渡された金色の懐中時計を開いた。

短針は大体、3時くらいを指している。

この時計はその領域の話の進み具合を示す。短針が一周したら話は終わり。

終わった時点で俺たちは出口まで飛ばされるようになっている。


「話の序盤は終わってるな。」

「綱吉くん、あれ。」

「ん?」


湖…白鳥がたくさん浮いて…あれ。

そんな話、あった気がする…なんだっけ?

もう一度時計を見る。秒針は12を指したまま動かない。

分針がゆらゆらと6と7の間を揺れている。

秒針は狼のいる方角を示す。動いていないからこの領域にはいない。

分針は…その領域の歪みを表す。

狼がいないと世界が歪む。その歪みを訂正して回るのも俺たちの役目だ。

分針が一周した場合は、考えたくもない。


「…揺れてますね。」

「うん…」

「さて、ではサクサク行きますよ。」

「なんかウキウキしてないか、お前…」


なんにしてもここがなんの話か分かんないと進みようがないよ〜…

ん〜…と。

白鳥、湖…


「ああ、白鳥の湖ですね。」

「!そか。とすると…今は湖のシーン…?」


まだ、月は出てない。王子が来るまで時間はある。

キョロキョロと湖を見渡す。

ここにいる白鳥達は女の人の筈。そして…


「居た!」


冠をつけた白鳥。優雅に泳ぐ姿は気品がある。


「オデット姫!」


俺が呼び掛けると白鳥がこちらを向く。

金の時計を翳して見せるとこちらに泳ぎ寄ってくれる。

アリスから聞いた話によれば、主人公同士は何かテレパスのようなもので繋がっているらしい。

それでアリスも狼不在の知らせを受けたのだという。

俺たちの存在と目的もその連絡網で伝わっているらしい。

だからまず世界が変わったら主人公に協力を求めるようにと言われていたのだ。


「こんばんは、お姫様。」

「こんばんは。どうぞ、そんな堅苦しい呼び方をなさらず、オデットとお呼びください。

あなた方の事は伺っております。巻き込んでしまったこと、申し訳なく…」

「いいえ、お気になさらず。」


改めて見ると…白鳥って本当に綺麗だなぁ…

それとも幻想の世界だから?

オデットはふと空を見上げた。月が上がる。

カアッと強烈な光を放ち白鳥達が女性に変化していく。

オデットもその姿を変える。

焦げ茶の髪に、琥珀色の瞳。骸と同じ年くらいの女の人がそこにいた。


って。


「…王子、は?」


ここのシーンにいなくてはならない王子がいない。

つか話進まないし!!どこいんだ!?

俺がキョロキョロしていると骸が腕をくんでぽつりと呟いた。


「これが…歪み、なのでは?」

「え?」

「相手と主人公が出会わないという事こそ物語の最大のタブーでしょう。」

「えええ!?」


それを俺たちにどうしろと言うんだ!

もう白鳥変身しちゃってるし!!


「私たちは白鳥のまま一生人間に戻れないんだわ…!!」


オデットが両手で顔を覆って泣き出す。悲しみが移るように他の白鳥だった人達も泣き出した。

やめて!なんかこっちが悪いことしたみたいな気分だよ!!

と、金時計を取られた。

そちらを向くと時計を見やり何か考えている骸。


「…そうか、だから時計なのか。」

「骸?」

「皆さん、またしばらく鳥になっててくださいね。」

「ちょ、何する気だお前!」

「こうするんです。」


骸が時計のネジをつまみ、キリキリと回し出す。

止める間もなく光が起こり、湖にはまた白鳥が戻る。


「よし。」

「よしではな〜い!何やってんだお前ぇ!!」


勝手に時間を戻して!!

俺が文句を言おうとするのを無視し、骸が草むらに膝を突く。

不安げな瞳のオデットがこちらを見上げている。


「少し待っていてください。王子を狩っ…連れてきます。」


何を言おうとした、お前…

俺はようやく骸のしようとしている事に気がついた。

時計を見れば短針は12。話の冒頭だ。

辺りはかなり明るい。今頃は城で王子の16の誕生日を祝っているはず。


「さて、では行きますよ。」

「分かった。」


骸の差し出した時計の上に手を重ねる。


「「王子のいる城へ!」」


パスンと音をたて周りの風景が変わる。

便利だな、この時計。領域内なら瞬間移動も出来るんだから。

骸が先に立って歩き出す。俺は慌ててそれを追いかけた。


「なあ、どうやって王子を誘い出すんだ?」

「ご心配なく、手間はとらせません。」


ズンズンと進んでいく長身を追いかける。

なんでこいつこんな迷いなく歩いてるんだろ…

というより、どこに向かってるんだろ…なんか嫌な予感しかしない。

大きな扉の前に着く。ここ何?

ギギと音をさせて扉を開く。


「クフフ…御伽の世界とはいえこういう物はあるのですね。」


骸がニヤリと笑う。

槍に剣に弓に…所謂、武器庫と言われるものだ。

俺が唖然としている間に骸はボーガンを一つとロープを持って出てきた。


「さて、行きますか。」

「待て待て待て。お前何する気だ。」


上着の端を掴んで骸を引き止める。

骸はゆっくりと振り返り、とてもいい、キラキラとした笑顔を浮かべる。


「決まってるじゃないですか。王子を狩りに行くんです。」








続く…





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