第五話






「うう…っ」


地面に降りたと同時にへたり込む。

酔った…!そして腰が痛い!

乗馬がスポーツって言われる理由が物凄く分かった…

吐き気を堪える俺を余所に骸はテキパキと装備を下ろして手近な木に馬を繋ぐ。


「ちょいとボス。これくらいでへばられちゃ困るんですよ。王子捕まえたら湖まで駆けなきゃ行けないんですから。」

「もう俺のことは構わず先に行け…」

「なにちょっと格好つけたこと言ってるんですか。」


酔ってぐらぐらしてるってのに骸は構わず俺を肩に担ぐと「サクサク行きますよ〜」と歩き出す。

だから揺らすな…っ!


「ううっ……どこ向かってんだ…」

「取り敢えずは邪魔者の排除からですね。綱吉くん、狼は?」

「ちょっと待って。……うん、いない。」


金時計の秒針は12を指したままだ。

冒頭に戻った時は居たみたいだったけど。代わりに分針が7と8の間を指している。


「思ったより進みが早いな…」

「っていうか、さっきより進んでないか?」

「時間を戻しても歪みは戻らないのでしょう。」


それってつまり時計戻してもやり直しが効かないってことか。

…………いや、っていうか。

もしかして………


「更に何か起きますね、多分。これで勉強になりましたね!次から気を付けましょう、次から。」

「お〜ま〜え〜なああああ!!」


きらきらしい笑顔で言うな!お前だろ、時間戻したの!

ったく…尚更王子しょっぴいて行かないと。

骸の背中を叩いて地面に降ろしてもらう。

この森にいるのは確かなんだ。新しい蹄の跡が城の方角からたくさんついてる。


「作戦は?」

「馬の足を矢で掠めて暴走させて落馬して気絶したところを馬に縄で括り付けて湖まで運ぶ作戦でした。」

「…………………………」


物騒過ぎる。

そしてそれは作戦というのか。

一歩間違えたら王子が死なないか。間違えなくても王子死なないか。

もっと平和な童話的な作戦にしないか。

そういうと骸はぶすりと不貞腐れた顔で腕を組む。


「ではどんなのがいいんですか。」

「そうだなぁ…」


* * * *


「どうだ?」

「居ますね、東の方角に。二人余計なオマケついてますが。」


木の葉を掻き分けて下を覗けば屈伸しながらそうかと答える少年。

木の枝々を蹴り地面に降りる。


「……ほんっっとうに大丈夫なんですか。」

「多分駄目。」

「……………」


でしょうね。君見るからにもやしだし。

役目交換してもいいんですけど彼、馬乗れないからな…

まあ、見た目これですが一応鍛えてますしなんとかなる……か。


「それよりこれ本当にちゃんと『見えて』るんだろうな?」


アキレス腱を伸ばしながらフサフサとそれを振る。

もちろんと頷いているのにまだ不満なのかブツブツと文句を並べる綱吉くん。


「気分から入れていいじゃないですか。別に着ぐるみにしても良かったんですよ。」

「いいわけあるか!お前変わんないのになんで俺だけ!」

「おや、変えてもいいんですよ、お望みとあらば」

「やっぱいいです……」


残念。遠慮しなくていいのに。


「さて……準備はいいですか?」

「うん。」


腕の筋を伸ばしながら答える綱吉くんに馬を繋いだ方角を指差す。


「最終的にあちらで僕は待ちます。作戦に変更があったら即座に時計で飛んでください。」

「骸になにかあったら?」

「万に一つもないでしょうがその時は空に花火でも打ちますよ…」


槍を取り出し剣先を外す。

頭に生えた耳を引っ張り気にする綱吉くんにそれを差し出す。


「では、幸運を。『人喰い狼』さん?」


* * * *


………よし。

意を決して木の陰から躍り出る。

三人が動きを止めたのは一瞬で、透かさず武器を構える。

それを目の端に捕らえながら俺は一目散に走り出す。

…実はちょっと骸にまた騙されて獣耳と尻尾生やした痛い人とかになってないか不安だったんだけど…

ちゃんと「狼」に見えてるみたい。


「待て!」


うわと!

頬を掠めた矢に背筋がひやりとする。これが待てるか!

馬では走りにくい木の間を縫うように走る。

でも見失われたら意味ないからちらちらと尾を見せながら森の暗い方へ誘い込む。


「くっ…すばしっこいですね…」

「挟み込もうにもこの木じゃな。」

「犬を連れてくるべきだったか。」


かなり深いところまで誘導したところで茂みに隠れる。

耳をそばだてていると三人が馬を止めて話しているのが聞こえてくる。

……さ〜て。

のさのさと馬が草を踏み進む音が近づく。王子はしんがりにいる。

骸に借りた三又の剣を逆手に持ち、構える。

最後の馬が通り過ぎたのを見計らい茂みから飛び出す。


「うわっ!」


三人が矢をつがえる前に次の茂みに飛び込む。

すれ違い様に馬に浅く傷をつけて。

その勢いのままごろごろ転がり距離をとる。矢が飛んでくるかもしれないし。

案の定、ビシュビシュと俺が飛び込んだ地点に矢が刺さる。

ちょっと背筋に冷や汗が浮かんだ…


「やったか!?」

「いや逃げられた。」


怖いな…まったく。

そろりと手を伸ばして石を拾う。それをできる限り遠くに投げつける。


「!?」

「いつの間にあんなところまで…」

「本当にすばしっこいな!」


ザザッと揺れる葉音に三人の注意がこちらから逸れる。

続いて矢が空気が裂く音。俺はその後ろでまた石を投げる。

今度は真逆の方向に。


「逃げ足の早い…」

「追いましょう!」


しなる鞭の音と走り去る気配。

しばらく動かず息を潜めて、三人と距離が離れた頃にようやく立ち上がる。

手にしていた三又の短剣を放り投げると中空で藍色の靄を残し霧散する。

今のを合図に骸に王子の馬が操れるようになったことが伝わったはず。

狼を追っているうちに王子だけはぐれさせてオデットの幻覚を被った骸と遭遇、って作戦だ。

あとは骸がうまく湖まで誘導してくれるだろう。


「……さ〜て。」


その場に落ちている石をいくつか拾い上げてポケットに入れる。

俺は骸達が湖に向かうまで他のメンバーを攪乱しないと。

金時計の鎖を指に引っ掛けてくるりと回す。


「もうちょっと頑張るか…」









続く…





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