第十話 「!?」 廃墟内に馴染んだ波動を二つ感じる。 どこから!? ガラスの欠片の散る入り口でどちらに行こうかと悩んでいるとぐらりとクロームの体が傾いだ。 「クローム!?」 「大丈夫…」 顔色が悪い。腹を抑えて…まさか。 「骸に何か!?」 「ううん、なんか違う。骸様なのに骸様じゃないみたいな気配…それでちょっと幻覚が揺らぐみたい…」 あっちの力だ。六道スキルじゃない方の… 動けないクロームに促されて俺は二人を探すために走り出す。 一階には…いない。二階にも見当たらない。ってことは。 梯子!!あれどこだっけ!? ったく!!骸が階段壊すから上に上がるのも一苦労だよ!! 「骸!!命さん!?」 映画館の扉を押し開ける。 扉の近くで倒れ伏している命さんと…槍に縋り膝をつく骸。 命さん!? 俺はまず彼女に走り寄った。 …良かった、生きてる…傷もなさそうだ。 命さんの上半身を起こして肩で息をする骸に声をかける。 「骸…大丈夫?」 「はい…なんとか…」 骸はゆっくりと立ち上がり、また崩おれる。 「骸!?」 「情けないですね…少し、肩を貸して貰えますか?」 「いいけど…」 俺とお前じゃ身長差有りすぎると思うんだけどなぁ… 骸が差し出した手を掴もうとしてふと思う。ここで骸と戦ったあの時みたいだ、と。 槍と俺を支えに骸が立ち上がる。 「重い…」 「それは、すみませんね。」 「命さんどうしよう…あとクロームも…」 「クロームですか?」 「一緒に来たんだよ…でも倒れちゃって…」 救急車呼ぶか。 パカリと携帯を開く。操作しながらスッと軽くなった肩を不審に思い骸を振り返る。 骸は一人で立っていた。 「骸?」 「そうですか…それは困りましたね。」 そう呟きながら命さんを抱えてステージに寝かせる。 全然、体もなんともなさそうだ。 俺に骸が向き直る。 「なら急ぎましょう。」 「…どうしたんだ?骸。」 「あいつのつけた刻印を剥がします。」 「今?」 「時間が無いんです。」 何か慌ててる?体大丈夫なのか、こいつ。 俺がそう思っていると腕を引かれた。 促されるがままソファに座る。 「今じゃなくても…」 「今でなくては、駄目なんです。」 骸が背もたれに両肘をつくから顔の距離が近くなる… 少し恥ずかしくて視線を反らすと顎に軽く指を当てられ正面に顔を戻される。 「骸…近い…」 「恥ずかしいんですか…?首まで真っ赤ですよ…」 クスクス笑いながらブレザーのボタンとネクタイを外す。 包帯を巻いていなかったのでワイシャツの前を開くと素肌が晒される。 なんか…手つきがいやらしいのは気のせい…? 「いつ見ても綺麗な肌ですね…羨ましいくらいですよ。」 「あんま嬉しく無いよ…」 「そうですか?」 「わ!」 トサリとソファに押し倒される。 こいついつも唐突だからな… スス、と指が肌を滑る。変な触り方すんな… 「本当に…どうやったらこんなになるんですか…?教えてほしいです。」 「痣消すなら早くしろっ!!恥ずかしいんだよ!」 「おや。すみません。」 骸が鴉に口付けると胸に熱の線が走る。茨の痣が浮かび上がった。 それを一本指でなぞり出すと、スウと熱さが消えていく。 「むく、ろ?」 「何ですか?」 もう一本、消えた。 「昨日つけたのに…なんで消すんだ?」 「これがあると本体に届かないもので。」 まどろっこしいですね。 骸はそう呟くと俺の胸に顔を寄せる。 ピチャリ… また!! 舌が、胸を這い回る。 「止めろよっ…!!んっ…」 「もう少しで終わります…」 最後の茨が消える。 顔を上げた骸がニィ、と笑った。ぞくりとしたものが体を走る。 起き上がろうとしたが鉛を積まれたかの様に体が重くて動けない。 「…気付きましたか?でももう遅い。」 「離せ!!嫌だ!!」 骸じゃない!!なんで気づかなかったんだ!? 両手首を掴まれてひとまとめに固定される。 骸は自身の指先を咬みきり溢れた血を俺の胸に落とす。 じわりとそれが肌に染み込むのが分かる。 気持ち悪い…!! 「ふふ…男の体なんて冗談でもお断りと思っていましたが…こんなに容易く姫が組み敷けるなら悪くはないですね…」 「命さん!?なんで…」 「刻印は刻んだ者にしか消せないのですよ。死んでもそれは変わらない。」 骸の血が、氷のように熱を奪う。 心臓にまでそれが達するような不快感。 消える。 鴉が…骸の加護が。 残滓に至るまで馴染んだ力の片割れが消えていく。 「これと僕では僕の方が魂のレベルで勝っているのです。 だからあいつを一時的に抑え込むことができるのですよ。 あまり長くはこの体に留まれないのですが。」 「命さん…っ!」 骸の顔で、骸ならしない幸せそうな笑みを命さんは浮かべる。 頬を両手で包み込んで額を合わせる。 もう俺は、指の一本も自分の意志では動かせない。 「この心臓より欲しいものなんて無かったのに… 僕らを惑わした、貴方が悪いのですよ姫。だから…大人しく奪われて?」 「う…あ…っ」 痣じゃない。 心臓が発火するように熱い。 意識が蝕まれていく。 目を閉じたら、駄目なのに… * * * * 「くっ…」 酷い頭痛がする。 やはり、命の方が力は上か…魂に打撃は与えましたが… 頭を振って立ち上がる。あの女の姿はない。 ……何故僕はソファにいるんだ? あちらにいた筈なのに… ふらふらとしながらなんとか立ち上がり、足元に落ちている物を見る。 見慣れた、並盛中指定のネクタイ。 ……あいつのか? 裏を返せば「沢田綱吉」の文字。 「何故、これが…」 ビリ、と体を何かが貫く様な感触。 今し方までこの空間で起こっていたことを目に見えぬものが伝えてくる。 僕の意識を無視して動く体。 消える刻印。 最後に小さな体を抱えて歪な笑みを浮かべる女。 「…なる程、それが目的か…」 く、と口唇に笑いが上る。 あの子の支配権を、それで得たつもりか? 「箱入りのお姫様に負けてやるほど、僕は大人しくはありませんよ…」 続く… |