第十一話









頭が回らない。

今、俺はどこにいるんだろう…

広い、どこかのお屋敷みたい…

体を動かそうとする。緩慢にだけど、動けない事はなさそうだ。

ただシャラシャラという音がする。

音の元は…両手首と足首。繊細な銀細工のブレスレットとアンクレット。

その間を長い銀の鎖が走る。

なんとか起き上がる。なんだか、寒い。

着ている物は浴衣?着物?よく分からないけどそれ一枚だけだった。

なんでこんな所に?なんで俺こんな格好…

何か考えた訳じゃないけれど、ここに居てはいけない気がする。

俺は寝かされていた寝台を抜け出すと大きな扉を押し開けて外に出た。

長い廊下を歩く。そうしているうちに意識がはっきりしてきた。

そうだ、痣消されて意識無くして…命さんがここに俺を連れてきたのか?

骸は大丈夫だったかな…

いくつか扉を開けてみるけれどどれも似たような部屋で。出口は見つからない。

次の扉を開こうとした時、背後から伸びてきた腕に抱きすくめられた。

抵抗しようとすると耳を噛まれる。


「ん!」

「悪い子…どうして大人しくして居られないんですか?」

「い、いや…!」


つつ、と舌が耳からうなじまで降る。ゾクリとして肩が揺れた。

骸の加護を無くした体はそれだけでもう自由が効かなくなる。カク、と膝の力が抜けた。

命さんはそんな俺を抱え上げ、また元の部屋へと連れ戻す。


「命さん…ここ…」

「私の家です。骸もここで育ったんですよ。」


部屋に戻った途端、体が重くなって、頭に靄がかかったようになる。

寝台に下ろされると動く気力も無くなる。

緩く髪を梳かれるのが気持ち良くて目を閉じる。

コンコンと扉をノックする音がした。でも俺は目を開くのも億劫で。


「姫…宜しいですか?」

「入れ。」


弱々しい男の声。命さんは冷たい高圧的な声でそれに答える。

カチャリと扉が開く音。俺は首だけ動かしてそちらを向く。

入ってきたのは30代くらいの牧師さんみたいな格好の男の人だった。

彼はチラチラと俺を見ながら命さんの前に膝をつく。

今、気がついたけど命さん、中華風の長い赤のワンピース着てる…女の人の格好してるの初めて見た。


「巫女姫…Crowを見つけたと聞きました。」

「ええ。日本にいたわ。」

「では直ぐに…」

「無駄。お前たち如きがこの私の片割れに敵う筈がない。」

「ですが、神に捧ぐ贄なのですよ!?」

「あれは私のだ。お前たちが触れるのも腹立たしい。私がやる。お前たちは邪魔よ。」


Crow…ああ、きっと骸の事だ。

また、いつかのように頭に激痛が走る。

目を閉じると何かが入り込む不快感。


暗い窓の無い部屋。ろうそくが何本も立っている。

家具も立派だし部屋も俺の家なんかとじゃ比べものにならないくらい豪華だ。

でも、部屋の一角にある鉄格子がここが牢屋であることを物語っている。

その部屋の安楽椅子にうずくまって座る小さな男の子。

彼の周りにはたくさんのおもちゃが散乱している。瞳はガラスのようだ。


パチンとそこで意識が浮上した。

髪を梳く手は相変わらずで固い声で話す二人は俺の異変には気付いていない。

今のは…幼い骸?また同調したのか…何故だろう…悲しい。涙が頬を伝う。


「どうしました、姫…何故、泣いているの…?」

「わかりませ…っ」


骸、小さかった…きっと、今のランボより。

元気に走り回るチビたちを思い浮かべる。

全身から遊びたいって気持ちが弾け出てて目はいつも面白いものを求めてキラキラしてて。

どうしたらあんなガラスのような瞳になってしまうの。

あんな空気に溶けてしまいそうな顔をするの。


「姫、その少年は…?」


牧師みたいな人が突然泣き出した俺を不審げな目で見る。

でも、涙止めらんない…


「この子?」


指先で俺の涙を拭うと命さんはペロリとそれを舐める。

男はそれを見てなんだか不快な物を見たように顔をしかめる。


「私の可愛いお姫様。骸がお気に入りのお人形さんよ。でもこの子は私の物だから。

誰にも渡さないし手放す気もないわ。勝手な事をすれば…分かっているわね。」


綺麗な笑顔。でも瞳は射殺すような鋭さ。

男は蛇を前にしたねずみのように震える。

命さんの視線が逸れると男は頭を下げ慌ただしく部屋から出ていった。


「…嫌な匂いですね。」


命さんは男が去るとバルコニーに繋がる窓を開け放った。

分厚いカーテンで気付かなかったけれど今は夕暮れ時のようだ。


「同じ空間で男が同じ空気を吸っていると思うと気分が悪いです…」


窓から外を見たまま命さんがそう呟いた。

後れ髪とスカートが翻る。夕日の色と緋の衣の対比はとても絵になる。

彼女は振り返ると初めて会ったときのような爽やかな笑顔を浮かべた。


「綱吉は別です。不快じゃない。触れたい、欲しい。そう思ったのは貴方だけ。」


彼女は俺に近付くと額に唇を落とす。

俺の両手首を頭上に上げるとシャランと鎖を何かに引っ掛けた。


「骸には感謝しないと…あれのお陰で姫を見つけることが出来たのだから。」


覆い被さる赤い色。瑠璃の瞳が愛おしげに瞬く。

浴衣の帯を解かれた。

分かる…今度は助けは来ない。


「ああ…そういえば…」

「?」

「以前、姫は何故、「姫」と呼ぶかと聞いていましたね…」


ふふと笑い、命さんが耳元で囁く。


「一つは、綱吉がとても可愛いから。こうやって無理やりにでも手に入れたくなるくらいに貴方が愛くるしいから。」


つう、と長い指が足をなぞりあげる。

くすぐったくてヒクリと膝が揺れた。


「もう一つはそっくりだからですよ、今の綱吉が伝承の百合姫にね。

私と骸が欲しがっているのに貴方は揺れるだけでどちらの手もとれない。

最後も伝承通りになるのでしょうか…?」

「最後…?」

「それはそれで楽しみですけれどね。」


冷たい手が浴衣の袷を割って侵入してくる。

もう、拒否する気力も、理由もない…

俺は自分の意思で目を閉じ力を抜いた。









続く…





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