第九話









「!?」


命さんが跳び退いた。すると俺の体からシュルシュルと何かが伸びる。

これは…茨?

棘のついた蔓は俺を取り巻くように幾重にも円を描く。


「…考えましたね…骸。」


命さんはイライラしたように俺の体を見下ろす。

はだけられた服の下に昨日骸につけられた新しい印。首から肩に胸縦横無尽に走る茨。

鴉を守るように、百合を戒めるようにそれは俺の体に描かれている。


「また…姫の体に醜い痕を…!!」


命さんは腹立たしげに茨を睨む。

手を伸ばして茨を掴み、それを引きちぎった。手から血が流れ出す。


「!!命さん、手が…!!」


ブチリ、ブチリと茨を引きちぎる。

でもそれは際限なく伸びてきて命さんの腕に絡みつく。

命さんは恐ろしい目でそれを見る。


「…茨は鴉の配下。

あの醜い鳥が姫を攫った時もこうやって女神の行く手を阻んだといいます。」


ブチブチっと蔓を千切る。少し茨の勢いが弱まった。

命さんは血が流れる手を俺の胸にビタリと当てる。

茨は消えはしなかったが大人しくなった。

命さんは怒りの籠もった目でそれを見ていたがふいと顔を逸らした。


「…どうやら今日は姫に触れられないようですね…仕方がない。」


命さんは扉を開ける。部屋を出る前に振り向いて呟く。


「あの男、邪魔ですね。早く消さなくては。では、また。姫。」


パタン…


命さんが去ってしばらくすると茨が消える。茨の痣もすうっと消えた。


『貴方に他人が触れるとその痣は浮かび上がりますのでご注意を。

あの女が何かしようとしたら其れが守ってくれますよ。』


楽しげな骸を思い出す。

こういうことか…助かったけど、命さんに怪我させてしまった。あれはやりすぎだ。

俺は包帯を手に取る。

ん…?そういえば、俺包帯なんて巻けないぞ…


「困った…」


どーしよ…


* * * *


…来ましたね。

閉じていた目を開ける。


「面白い隠れ家だ、骸…」

「住んでみればなかなかいい場所ですよ。」


最も今は捨てた場所ですが。

廃墟と化したこの黒曜ランドは心地が良い。

一人になりたいときに利用するくらいか。

現れた命は怒りを露わにした顔でこちらを睨みつけている。

両手に巻かれた包帯…なる程、早速罠にかかりましたか。


「おや、どうしたのですか姉上?ご機嫌斜めのようですね。」

「白々しい。」


手に特殊な型の双剣。瞳が銀色に変わる。

どうやらかなり怒らせてしまったようだ。


「お前はここで殺す。早くその心臓を捧げなさい。姫は私のものだ。」

「生憎と…またあちらに戻る気はありませんので。それにあの子は僕の獲物ですので姉上にも譲れませんね。」

「そう…なら、虫の息のお前の前であの子を手に入れてあげる。それからその心臓をえぐり出してあげるわ!!」


突き出された剣を弾く。槍を使い間合いを取る。次の剣が来る前に飛び上がる。


「僕の心臓を食らいますか。あまりお勧めしませんが…姉上の口にあうかどうか…」

「いいえ、きっと美味しい筈。その時を思うとぞくぞくしますよっ!!」

「はっ!謹んで辞退させて貰いますよっ…食卓に並べるのなら貴方の心臓の方がいいのでは!?」

「愉快な発想だ。しかし私に勝てますか?」

「少なくとも負ける気はしませんね!!」


ガィン!!キン!ギィン!!


耳障りな金属音。

面倒な事にこの女には幻覚は効かない。

久々で使い方など忘れかけていましたが…

どうやらあちらの力を使うしか無さそうだ。


* * * *


…なんだろう、嫌な胸騒ぎがする。

俺は学校が終わると直ぐに校舎を飛び出した。

校門を出たところで黒曜の制服の少女を見つける。


「クローム!」

「ボス!」


彼女は俺を見つけると駆け寄ってきた。

なんだか顔色が悪い。


「どうしたの?こんなところで…」

「ボス、骸様がいないの!どこにも…いつもは何処にいるかなんとなく分かるのに、今は何処にも骸様を感じられないの!」

「骸、が…」


さっきの命さんの言葉を思い出す。

まさか…!?

いや、あの骸がそう簡単に負けるわけがない。

俺は自分にそう言い聞かせると不安気な顔のクロームに向き直った。


「最後に骸を感じた場所は何処?」

「黒曜ランド…でも、居なくて…!」

「とにかく、もう一回行こう!!手掛かりがあるかも!」

「…分かった。」


こくりと頷いたクロームを連れて黒曜に向かう。

無事でいてくれよ…骸…!!









続く…





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