第八話









花がない筈のアジトに百合の芳香が漂う。

何処から?

ベッドに座らせたボンゴレに目を向ける。

香りが強い。

シーツにくるまりまだほんのりと赤い顔をしている少年の髪に顔を埋める。

――これだ。百合の香りはこの子からしている。


「骸?何…?」

「嫌な匂いがします…あの女の匂いだ。」

「命、さんの?」

「ええ。」


するりと腕を回し細い肢体を閉じ込める。

シーツ越しに彼の体温を感じられる。

心地いい。


「?骸?」

「あの女に会ったから…体調が良くないんです。言ったでしょう、君に触れれば治ると。」

「うん…ごめん、俺のせいで…」


何を謝るのか。

君があいつに狙われるようになった原因は僕だと言うのに。

彼の胸に指を這わせる。

百合の痣は深く刻み込まれてしまった。僕の力を注いでも淡い光は消えない。


苛立たしい。僕の獲物に刻まれた汚れた刻印。


「ん…むく、ろ…あんまりそこに触らないで…っ」

「…何故です?」

「火みたいに熱くなるから…っ」

「…ほう。」


百合にとん、と人差し指をあてる。

じゅわりと広がる痛み。見れば軽い火傷が出来ていた。

なるほどあれ以外が触れるとこうなる訳か。


「お前、指っ!」

「これくらいなんともありません。」


しかし、面白くない。

勝手にこの子の体を作り替えるなどそんなことはさせない。

これは僕のものだ。

肩にかかっていたシーツを落とす。


「…骸?」

「体、綺麗ですね。傷一つ無い。」

「え、ちょっ…骸!?」

「黙って。」


さて。

どうするのが一番効果的でしょう?


* * * *


「おはようございます、10代目!!」

「はよ、ツナ。」

「おはよ…」

「ん?ツナ、マフラーなんかして…寒いのか?」

「あは、いやあんま気にしないで…」


今は桜が見頃だ。いくら肌寒くてもマフラーしてんのなんてきっと俺ぐらいだ。

でもこうでもしなきゃ…!!

俺は顎下までぐるぐるに巻き付けたマフラーが落ちないように布を摺り上げた。


「…まあ、ツナがそういうなら。」

「ごめん、山本。」


ホント、いい親友。

俺達はいつものようにどうでもいいような取り留めもない話をしながら校門を目指した。

あ、風紀委員だ。今日は抜き打ちで持ち物検査の日なのかな?


「げ。すいません、10代目!俺裏から入ります!」


ダイナマイトやらシルバーアクセやら持っている獄寺くんはそそくさと逃げていく。

一度諸々没収されてキレて校門爆破したときこっぴどく叱ったから激突は避けるようにしたみたい。

少しは成長してくれてるようだ。よかったよかった。


「…君。」


…と思ってたら呼び止められた。振り向けば雲雀さん。

なんでせう…俺違反はなんもしてない…


「今日、マフラーするほど寒いかい?」

「え、あ、その…」

「風邪気味なんだよな、ツナ!」

「そ、そうなんです!!」


ナイス、山本!!

雲雀さんは「ふ〜ん」と納得したんだかしてないんだかよくわからない反応を返す。


「まあ、いいけど。それより君、なんかつけてる?」

「へ?」


ぐいと後頭部を捕まれ顔を雲雀さんの胸に押し付けられる。

ひええええ!?


「…香水では無さそうだね。花臭いよ、君。」

「あはは…」


あの二人のせいだ…


「ん?なんだいこれ…」


げ!

雲雀さんの指がマフラーの下に差し込まれた。

真上から見下ろされたから布の下が見えたらしい。

強引にマフラーをはぎ取られた。


「あ!」

「これ、どうしたの?」


首から胸にかけて巻かれた包帯。

追及されたくなくて逃げようとしたら二の腕を掴まれた。


「ツナ、それ…!」

「誰にやられたの?正直に言いなよ。」


言えるわけないっ!!

俺は腕をふりほどくと校舎の方向に逃げる。


「ツナ!!」


山本の声が追ってきたけれど俺は構わず走る。

裏庭に入り部室棟を通り越して鍵の壊れたプールの更衣室に飛び込む。


「はあっ…はあっ…」


シャツの上から胸に手を当てる。

昨日の骸の声が聞こえた。


* * * *


「これは、御守りですよ…」

「御守り?」


俺をベッドに縫い止めて骸は笑う。

今まで何の反応もしなかった鴉の痣が熱を持つのが分かる。


「はい。」

「んっ!」


つつーっと妖しい手つきで骸の指が首や胸を這い回る。

やつが触った箇所が熱い。縦横無尽な熱の線が走ったようだ。

骸はしばらくすると満足したように笑った。


「このくらいでいいですかね?」


そういうと骸はまた鴉に唇を落とす。

なんだか決まり事になってるみたいだなこれ、と呑気に思っていたら…


ピチャリ…


「!!骸!!何して…!!」

「仕上げです。動くな。」


熱の線をなぞるように舌が蠢く。

首や胸を濡れたそれがいやらしく横切れば体が無意識に揺れる。


「んぅ…っ!骸ホントやめて…!!」

「もう終わりますよ。」


最後に鴉に口付けると骸が離れた。

ちょっとショックで動けないでいたら鏡を差し出された。


「!!これ…」

「君は僕のですから。あれに渡す気はありませんよ。」


耳元で骸がくすりと笑う。


「当然の主張でしょう?ねぇ、『百合姫』?」


* * * *


「その包帯…骸に着けられたのでしょう?」

「!!」


ぼうっとしてたから気付かなかった!

慌てて振り返ればゆったりと入り口にもたれ掛かる命さん。


「一人きりになるなんて…昨日の今日なのに。」


す、と扉を閉められた。

背後にはロッカー、逃げる場所なんて、ない…

命さんは優しい顔で微笑んでいる。

けれど目は…昨日と同じで、怖い。


「お馬鹿さんですね、姫は。」

「来ないでください!!」

「そんなに怯えないで。」


ぎゅう、と抱き締められた。

はじめは緩く。でも徐々に、絞め殺されるんじゃないかってくらいに、強い…!


「うあっ…!」

「昨日の続きをしましょうか。綱吉君?」









続く…





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