第四話









「はあ〜…」


気が重い…学校行きたくない…

制服の上から胸の真ん中を抑える。

ここにあの痣があるんだ…嘘みたいだ。


『また、明日。』


昨日、命さんと別れる間際にトンと何気ない動作でここを突かれた。

あの時につけられたのか。

トボトボ歩きながらまた溜め息が漏れる。

と、なんか遠くから金属同士がぶつかり合う音が…?


「…………」


すんごいヤな予感がする。行きたくない…

でも足は通い慣れた道を進んでいく。

校門が見えた。

やっぱり、予想通りの光景…


ガキィン!ジャキィッ!ガン!


「二ノ宮命!!君何度言えば分かるんだい!?服装違反なんだよ!」

「だから、何が悪いんです!?ちゃんとここの制服でしょう!!」

「男子のね!君は女子だろう!!」

「似合わないんですよ、スカート!!貴方、見たいんですか、僕のスカート姿!」」

「そういう問題じゃないだろ!?まああいつと同じ顔のスカート姿なんか見たくないけどね!」


命さんと雲雀さんが戦ってる…

朝も早よから近所迷惑な人達だ…

命さんは十手を一周り大きくしたみたいな剣を二本持って戦ってる。

変わった武器〜、って感心してる場合じゃない。


「何してんですかーっ!!」

「やあ、草食動物。」

「おはようございます、姫。」

「……おはようございます……」


マイペース過ぎる…そして姫って俺か…?

俺ががっくりしてるのも全然気付いてないのか雲雀さんは何時ものようにぐしゃぐしゃとおれの髪を撫でると気が済んだとばかりに校舎に去っていった。


「…なんなんだ…」

「ひ〜め。」


惚けてたら命さんに抱きつかれた。

スキンシップ激しい、この人…昨日骸から聞いた人と同一人物に感じられないんだけど。

って胸!胸当たってます!


「うふ、真っ赤ですね。可愛い。」

「せ、せせせ先輩!!は、離して!」

「名前で呼ばなきゃ返事しないと言ったでしょう?」


離れるどころか頬摺りされた!

よ、喜んでいいのやら、怖がっていいのやら!

あわあわしてたら命さんの手が痣の上をなぞるようにシャツを滑った。


「わあっ!?」


突然。

肩に担ぎ上げられた。

急に黙り込んだ命さんは俺を担いだまま歩き出す。


「命さ…」

「黙って。」


連れて行かれたのは裏庭。

植え込みの影になるところに降ろされる。
この人、よく分からない。

本当に女の人なの?力強くて放たれる雰囲気は雲雀さんや骸と同じに感じる。

でも仕草の端々に京子ちゃんみたいな女の子の可愛らしさやビアンキ見たいな色気を感じる。


よく、分からない。


シュルリとネクタイを解かれた。上からボタンを外される。


「命さん。」

「ああ、やっぱり…」


つう、と長い指が俺の剥き出しになった肌を滑る。そうして痣の上で止まった。

銀色の百合と……それをくわえる紫の鴉の上に。

鴉は昨日は無かったのに、増えてる…?


「なんで…?」

「あの男に会いましたね。」

「…はい。」

「全く…何処までも邪魔な男。」


指は痣を通り過ぎて更に下に下がる。逃げようとすると腰を捕らえられた。

喉に熱い吐息がかかる。

そのまま食らいつかれるように感じて体が震えた。


分からない、だから、怖い…!!


「百合の話は聞きましたか…?」

「は、い…」


綺麗な、でもひんやりとした手がYシャツの下を這う。

何をされてるのか分からなくて、俺は動くことができない。

命さんは俺の首筋に顔を近付けて話し始めた。


「百合が女神の寵愛の証と言われるのは女神が最も愛した花だから。

そうして女神が唯一愛した姫が百合に例えられる程可憐だったから。

鴉はね…忌み嫌われるものなのです。

あれは同じ神の系列でありながら女神を裏切って姫を奪い取った。

その罪で神から堕とされ美しかった声を失い白い優雅な姿を忘れた。

愚かな鳥です…あの男にぴったりね…」


ぴちゃりと濡れた感触。

それがそのまま胸まで降りていく。


「綺麗な肌に…こんな汚れた印を刻むとは。」

「や…!やめてくださ…っ!」


骸と同じ顔。錯覚しそうになる。

違う、骸じゃない…今俺を捕らえてるのは…いや、何思ってるんだ、俺…!!


「やだ!!やめて!!」


命さんを突き飛ばす。

そのまま、立ち上がって逃げれば…

でも、なんで?体に全然力が入らない!!息も…するのがつらい…!

俺は支えを失ってその場に倒れ込んだ。


「はっ…はあっ…!!」

「……………」


ゆらりと、命さんが体を起こした。

無表情で俺を見下ろす。


やだ…怖い…怖い!!!!


腕が伸びてくる。

俺はもう恐ろしくて固く目を瞑るしか出来なかった。

でも。




ふわっ


柔らかい感触に恐る恐る目を開ける。

困ったように笑いながら頭を撫でてくれる、手。


「ごめんなさい。びっくりさせてしましましたね。」


命さんは俺を起こすと近くの木に寄りかからせる。

優しい動作だけどやっぱりさっきの怖い雰囲気が離れない。

びくつく俺を見てふ、と彼女は肩を竦める。

シャツのボタンをかけてネクタイを絞めると俺を支えて立ち上がった。


「僕が怖いですか?」

「……」


こくりと頷く。

命さんは儚く笑い、俺の頬を撫でる。


「姫はまだ子どもだものね。性急過ぎましたか。本当は今すぐ欲しいけど…もう少し、待ってあげる。」


さらりと髪を撫でる。その指がそのままスルリと唇まで流れる。

その優美な動きに惹きつけられる。


「君は僕のものですよ…逃がさない、百合姫…」


目が、反らせない。

何故か無性に骸に会いたかった。









続く…





←backnext→