第五話









「フ…クフフフ…」


愉快だ。

あれが静かに怒りをたたえているのが分かる。

昨日、沢田綱吉に刻印を残した。

使うまいと忌々しく思っていた力だが…


「僕の獲物に手を出すからだ…命。」


最大の皮肉を込めて鴉を描いた。百合をくわえる鴉。

それが意味することをあれはよく知っている筈。

あの子は気に入っているんだ。そう簡単に渡すものか。


* * * *


「10代目、顔色悪いですよ。」

「え、そう?」


屋上で弁当を食べていたら獄寺くんが心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。

「ちょっと失礼します。」と言って額に手を当てられる。


「熱っぽいですね。」

「大丈夫か、ツナ。」

「ん…そういえばちょっとだるいかも…」


朝のあの出来事から体がおかしい。

なんだかずっと熱い…

昼までなんとか過ごしたけど全然食欲も湧かないし…

今も獄寺くんの手が冷たくて気持ちよく感じる。

風邪ひいたかな…


「ツナ。調子悪いなら保健室行くか?体育見学するより横になってた方がいいぜ。」

「うん…」


ぽんぽんと頭を軽く叩いて山本が立ち上がる。

俺も続いて立ち上がろうとしたけれどカクンと膝から力が抜けてしまった。


「ツナ!」

「大丈夫ですか?」

「う、うん…」


突差に獄寺くんが腕を掴んでくれたから床に崩おれるのは免れた。

でも、本当、おかしい…立ってるのも辛い…

と、膝の裏を掬われる感覚。急に体が浮き上がった。


「俺が保健室にお連れする。」

「んじゃ、頼む。俺ここ片付けとく。」


ああ、俺獄寺くんに抱えられてるんだ。

今日二回目だよ…一回目なんか女の人だし。発育不良の体が恨めしい。

でも体だるいから降りる気もしない。


「ごめん、二人とも…」

「いいって!ツナの為ならこんくらい。それより外にいる方が良くない。獄寺。」

「ああ。」


ゾクッ…


獄寺くんが屋上の扉を蹴り開けた。ギィと軋んだ音をたてて扉が閉まる。

慎重に一歩一歩階段を降りる彼を見上げて俺は口を開いた。


「…骸。あの鴉の痣、お前が付けたのか?」

「ええ。なかなか美しい構図だったでしょう。君の肌にも映える…」

「なんの、為に!」

「あの女と同じです。所有印ですよ。」


獄寺くんならしない暗い笑みを浮かべ骸は目を細めた。


「君は僕が手に入れるのですから。」

「…………俺は物じゃ、ない。」

「そうです。だから、欲しい。」

「?」


保健室に入ると先客がいた。

骸は空いているベッドに俺を乗せるとそのままドサリと床に倒れ込む。


「獄寺く…!」

「眠ってもらっただけです。」


シャッ


隣のベッドのカーテンが開く。本体の骸がいた。


「お前…!」

「まあ落ち着きなさい。君の為ですよ。」

「?」

「痣を見せなさい。」

「なんで…」

「早く。それとも脱がせて欲しいのですか?朝のように。」

「!!」


こいつ…!!なんで知って…

そこでふと俺は昨日の話を思い出した。

そうだ骸と命さんは繋がっているんだ。

命さんが骸を通じて俺を知っていたようにこいつも命さんが何をしていたのか探ることが出来るのだろう。

俺は渋々上着の前を開いた。

なんか脱がされてばっかだ俺…


「!!な、何これ…!!」


痣が、光ってる。百合が銀色に淡い光を放っている。

鴉は消える寸前だ。

骸はそれを見るとふ、と笑った。


「体が熱くて仕方がないでしょう?それ、風邪なんかじゃないですよ。君は今あれの術中にいるんです。」

「術?」

「はい。…さて、少しじっとしていて下さいね。」


骸は俺の両肩を掴んで動けなくすると痣に顔を近づけた。

何をする気か見ていると…ベロリとそこを嘗められた。


「ひぅっ…!!」


何やってんだ、骸ーっ!!

体を引くと肩を引き寄せられる。今度はそこに唇を付けられた。何か熱い物がそこから入ってくる。

うわ、何これ…!なんか、凄い…!!

数秒だったのか数分だったのか分からないけれど、解放された時俺は起き上がる気力もないくらい体が熱くなっていた。


「ふう。まあこんなものですかね。」

「なんなんだ!説明しろ!一人で納得すんな!」


起き上がれないままぎゃあぎゃあ騒ぐ。

もう昨日から訳分かんないんだよ!

抱きつかれるわ伴侶がどうのとか女の人に襲われかけたりとか!

骸は呆れた顔をしながら俺の胸を指した。

百合は光のをやめて鴉が元の色合いを取り戻している。


「今のは術を相殺したんです。あれは光で僕は闇ですからね。

僕の痣が消えかけていたでしょう。あの女が強硬手段に出ようとした証しです。

君の体がおかしかったのは無理矢理発情させられていたからです。」

「はつっ…!?」

「まあ一度犯してしまえば君の体と魂を捕らえることなどあれには容易いことですから。

因みに。」


体の上に骸がのし掛かってきた。

…何する気だこいつ…


「逆も然りなので。

僕の痣が消えれば君はあれが欲しくて溜まらなくなるでしょうが百合が消えれば…」

「むく、ろ。何する気だ…」


ガチガチに固まる俺を見て骸はにやっと笑うと体を起こした。

こ、こいつ、なんか怖いっつうか危険だ…


「冗談ですよ…まだ、ね。」


まだっつった。まだって。

なんだまだって。

俺はクフクフ笑う男から距離をとろうと起き上がった。

あ…体軽い。元に戻ってる。


「…よく分かんないけど治った…?」

「良かったですねぇ。」

「取り敢えずありがと。でも獄寺くんに憑依すんの止めろよ!」

「クフ、小さい生き物で遊ぶのは楽しいです。」

「…それ、俺のことか。嫌みか!!」


ったくこいつ…

俺はシャツのボタンを止めようと前をかき合わせる。

でも骸の手がそれを阻む。


「………………なんだよ。」

「いえ…君は白磁と例えるほど白くはないですが触り心地の良い皮膚をしていますよね…」

「急に、何。」

「その時が楽しみだな、と思いまして。」


こいつ…やっぱすんごい危険だ。









続く…





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