第十一話 再びの目覚め。 確かめるように腕を持ち上げる。肌が引き連れる感覚も痛みも無い。 ようやく、完了か… ザバァ… 「気分はどうだ?リヴァイ。」 「…一番に見る顔があなたじゃなかったら最高だったよ。」 「ほう?」 水の滴る髪を払い、棺のようなそれから出る。 全く、二度も入ることになるなんてね。 立ち上がれば視点の変化に違和感を覚える。早く慣れないと… 「どこに行く?」 「決まってる、あの子のところだよ。」 あの子と同じ顔の嫌な笑いを見てたら気分が悪い。 手渡されたローブを羽織り扉に向かう。 けれど数歩歩いた所で視界が揺れた。 「っ…」 「リヴァイ?」 手近な柱に手を突いて倒れることは防いだ。 くっ…またか…!! 「無理をするな。本当にお前はこれと相性が悪いな。」 「っ…頭が割れる…」 忌々しい装置。今すぐ破壊してやりたいけれどそうもいかない… 手を貸そうと近寄ってくる部下の手を払いのける。 苛々する…やっと『卵』から出れたのに…! 「そいつらに八つ当たるな。しばらくは大人しくしてろ。」 「冗談…っ」 「俺の決定に逆らうか?リヴァイ。」 「…………ちっ。」 「分かったらしばらくは休んでいろ。」 苛立たしさを込めて柱を殴りつける。 一部が砕け散るのを見て男の眉間に皺が寄った。 それを背に踵を返す。 ほんの少し気が晴れた。ざまあみろ。 慌てて追ってくる部下を余所に自室に向かう。 目覚めたら何よりも先にあの子の元に行こうと決めていたのに…予定が狂ってしまった。 「綱吉…」 早く、君に会いたい…―― * * * * 「ふむ…」 白い足の甲に浮かぶ蒼い呪印。 禍々しいものだと分かっているのにそのコントラストが美しい。 スパナと名乗る男がその呪印に触れ眉根を寄せる。 「…ダメだ。ウチにもこれはどうにも出来ない。呪いをせめて和らげるかと思ってたけどこれはそんなレベルじゃない。」 「そっか〜…」 「同じ七大悪魔でもどうにも出来ないのですか…」 「うん。難しい。体を構成していた物質を丸ごと入れ替えてもこの呪いは付いてきてる。 代々のリヴァイアサンの執着心は強力だから同じ七大悪魔のウチでも無理。」 …だろうな。 俺も10代目の足をどうにか出来ないかとあの女悪魔に方法を聞いてみた。 けれど同じ七大悪魔といっても力の強さはまちまちらしく、中でも10代目の保護者は最強の部類。勿論、呪いも同等の強さ。 更に奴は『嫉妬』という大罪をそのまま体現していると聞く。 悪魔は罪を体現する者ほど強い。 あの女悪魔もこのスパナも大罪より美徳が強い為、到底保護者には敵わないのだそうだ。 ソファーの上で解放された足を抱え俯く10代目。 分かっていても諦められない自身を恥じているのか。 尾鰭を奪われ新たな足も使えない。 主には罪などない。罪深いのは… 「ぷひ!」 「?」 「ぷひひっ!」 10代目の足に前足をかけてチビブタが後ろ足で立ち上がる。 懸命に鳴いているが…? 俺と10代目が目を瞬かせていると骸がくすりと笑いブタを抱き上げる。 「『元気出して』、だそうです。」 「!お前、ブタの言葉分かんのか?」 「くふ。」 「ぷひ。」 骸に頭を撫でられてブタは満足そうに鼻を鳴らす。 「ぷ、ひ。」 「なあに?」 「ぷひ。ぷひひっぷひっ」 「『相棒は優秀だから大丈夫』だそうです。」 「誉めたって何にも出ないぞ、プゥ。」 って言いながら棒付き飴をブタの口に突っ込んでちゃ説得力ねぇだろ… ブタはご機嫌でバリボリとそれを噛み砕く。 「さて…と。」 バキリと肩を鳴らしツナギの悪魔は再び10代目の前に座り込む。 小さな足を手に乗せ足の裏を撫でる。 「これは痛いのか?」 「ううん。平気。」 「そうか…じゃあこれは?」 「…普通、だと思う。」 スパナは10代目の足を軽く叩いてみたり抓ってみたりしながら痛みの有無を尋ねる。 …なにをしているんだ? 「これはどうだ?」 「いっ…!!痛たっ!!痛いよ、それは普通に!」 「胃腸が弱ってる。」 …足ツボマッサージかよ。 俺が呆れて見ているとスパナは空中から取り出したボードに何かを書き付け始めた。 なんだかしきりに頷いているが… 「今ので何か分かったんですか?」 「うん。10世の呪印は『足』を呪ってるんじゃない。10世そのものについたものだ。 だからいくら構成物質を新しくしても無駄なんだ。それが10世の一部である限り呪いは付いてくる。 でも体の部位を呪っているわけでもない。 今試したけれど歩く時程の痛みは全く感じなかっただろ。 歩く、走るといった行為にのみ効力を発揮するらしい。」 「…え〜っと?つまり…」 「つまり、地面を歩かなければいいだけの話なんだ。 ウチに任せれば呪いはどうにもできないけど動けるようにはなる。」 「本当にっ!?」 「ああ。相棒と友達の期待を裏切るわけにはいかない。」 スパナが頷くのを見て10代目が顔を輝かせる。 久しぶりに見る明るい表情に目を細める。 懐かしいな…まだこんな顔が出来たのか。 「聞いた!?聞いた、獄寺くん!」 「ええ。聞いてましたよ…良かったですね、10代目。」 十年前と同じ無邪気な笑顔。 その表情が眩しくて嬉しい。 けれどそれと同時に胸の奥で微かに燃える怒り。 名しか知らぬ保護者。奴だけは許せねぇ… 「…獄寺くん?どうしたの?怖い顔。」 「いえ。これで骸だけでなく10代目も迷子要員になってしまうな、と思いまして。」 「俺は骸じゃないから迷子になったりしないもん!」 「僕だってまだ迷子になったことはありません!」 お子様二人がぎゃんぎゃんと喚いている。 ああ…こいつが来てから一気に賑やかになったなこの家… 「さて、それじゃあ怪しまれないうちに帰る。プゥ、行くぞ。」 「ぷき。」 骸に抱かれて微睡んでいたブタがパチリと目を開ける。 走り寄るブタを肩に乗せスパナは壁に円を描く。 するとそこにぽっかりと穴が開く。向こう側は…なんだか黒やら紫やらの絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたみたいな空間が広がっている。 「ウチは今受けてる仕事があるからあまりこっちには来れない。 だからアイテムが完成したらプゥに届けさせる。」 「ぷひ?」 「ブタくんにですか…?」 「だ、大丈夫なの?ビアンキに頼むとか…」 「………不安なのはウチも同じ。でもアスモデウスもしばらくこっちには来れないと思うからな。」 「なんで?」 異空間に体をねじ込みスパナは聞いてないのかと顔をしかめる。 「リヴァイアサンがついさっき『卵』から出たらしい。 アンタの不在に気付くのも時間の問題だからだ。」 * * * * まずいわね… 表情は変えずに、爪を噛み虚空を睨む。 今すぐツナに知らせたいけれど、今私が動けば怪しまれる… 「どうした、アス。嬉しくないのか?」 「…当たり前じゃない。あの人はいつもあの男のことばかり…私が愉快だと思うの?」 「なるほど、恋敵と言うわけか。」 愉しげにからかいを含めて笑う『高慢』。 折角スパナが協力すると約束してくれたのにその矢先に『嫉妬』が目覚めるなんて… 「どこまでも邪魔な男…」 「アス、ビアンキ。嫉妬に狂う顔も美しいがそれでは皺になってしまうぞ。」 「…それは困るわね。」 「リヴァイならばしばらく安静にするように言い渡しておいた。まだ本調子ではないようなのでな。 当分は目覚めたことを公表せずにおく。 心配するな。お前の男の耳にはそれまで入るまい。」 「そう。なら安心だわ。」 …どれくらいか分からないけれど猶予はあるようね…でもどうやって知らせれば… 心配するようにすり寄ってきた蠍を撫でる。 「用はそれだけかしら?」 「ああ。一応知らせておかなくてはならないからな。 だが召集応じたのがアスとベルだけとは…他の連中は何をしているのやら。」 「ウチもいる。」 頭上から聞こえた声に振り返る。 背後に立つ長身の金髪。いつの間に… 「あらスパナ。…どこへ行っていたの?」 「10世に会ってきた。」 「!」 研究所にいないと思ったら…まあ。 行く前に声くらいかけてくれれば良かったのに。 声を潜めて話していると『高慢』がわざとらしい咳払いをする。 「内緒話は感心しないな…お前たち。」 「あらごめんなさい。」 「まったく…お前もいるならば何故すぐ来ない。」 「キリがいいとこまでやりたいことがあったから。次から気をつける。」 あっけらかんと…よく言うわ。 笑いたいのを堪えてスパナの足元にいるプゥを撫でる。 「リヴァイが目覚めたのは…知っているな、お前ならば。」 「『卵』を直したのはウチだから。作動すれば分かる。」 「…だろうな。悪いが今の研究を中断し、お前にはやってもらいたいことがある。」 「………なに。」 研究を…? スパナも意外だったらしく加えていた飴を取り出しぽかんとしている。 あれほど熱心に力を注いでいたのに…それより優先させたいものって…? 「人魚の僕を探して欲しい。 どうやら一人あの子と契約の切れていない者がいるようだ… 見つけ次第どうすればいいかは……分かるだろう?バアル・ゼブル。いやスパナよ。」 続く… |